死んだ後、どうなるかはいくら考えても分かりません。
ただ、私たちは自分の経験から、死は怖くないということは理解できます。
死を恐れているのは誰か?
それは自分自身の「自我」です。
自我が死を恐れるのです。
しかし、よく考えてみれば、私たちの自我が自己認識できるようになったのは、生まれてから数年たった後のことです。
生まれてから自我が認識されるまでの数年間は、肉体は存在していても私たちはそれを認識していませんでした。
肉体が滅ぶ「死」。
肉体は存在していても自我が認識できていなかった赤子時代。
どちらも死を認識できない、つまり死への恐れは無い状態です。
私たちは生きていて自我があるから死を恐れるのです。
死後と赤児、どちらの状態も自我がないので死を恐れることはできません。
つまり肉体の有無は死への恐怖とは関係ないものだと分かります。肉体があっても自我がなければ死は怖れる対象にはなり得ないのですから。
そう考えると、死とは自我が認識できるようになる以前の状態に戻ることだとも言えます。
私達の自我というものが、無いところから生まれてきて、また無に戻るのです。
自我のない状態を私たちはすでに経験していますし、たとえその時のことを覚えていなくても、その時が不幸だったり怖かったりしたということはなかったはずです。
死は終わるのではなく、己が自我を認識できるようになる前の状態に戻るだけのこと。
そう考えれば死は恐れるものではなくなります。
もうすでにその時の状態を、私たちはこの世で経験しているのですから。