他人からよく思われたい。
他人から嫌われたくない。悪く思われたくない。
と自分を抑圧して他人に合わせる人がいます。
過去の私もそうでした。
特に仕事関係では、他人からの評価が自分の生活に影響を与えることもあるので、
他人から好かれる、よく思われる→良いこと
他人から嫌われる、悪く思われる→悪いこと
という価値判断の基準を持ってしまい、自分よりも他人を優先するような行動に陥りがちです。
そのような人は、他人に対してそもそも間違った認識を持っています。
その認識とは「他人は自分のことをよく思ってくれる、高い評価をしてくれる」という期待です。
残念ながら現実の社会ではそのようなことはありません。
そもそも人間は、他人を否定的に見るものなのです。
あなたが何をしても批判する人はいますし、だからといってあなたが何かをしなくてもそれを批判する人は必ずいます。
そもそも、他人によく思われたい、悪く思われたくないと願い、そのように他人に期待すること自体が間違っているのです。
他人はあなたの都合のいいように思考したり行動してくれません。
あくまで自分の損得を基準にして考え、行動しているのです。
あなたの保護者でも母親でもないのてすから、自分の都合のいいように他人に期待するのはやめましょう。
ましてや、自分の表面だけの行動で、他人の思考や行動をコントロールしようとする行為は相手に対しての侮辱になります。
こうしたら喜んでもらえる、という単純な善意なら良いですが、「私のことをよく思ってもらいたい」という動機から相手をコントロールしようとすることはとても身勝手なことなのです。
同じ行動をしたとしても、動機が違えば苦しむのはあなたです。
行動が同じなだけに混同しがちですが、動機の違いは明確に区別しなければなりません。
なぜなら、外側から見れば同じ行動であっても、あなた自身にとっては全く違う行動だからです。
ただし、仕事上、おだてやゴマすりを喜ぶような人間は多いですから、仕事を円滑に進めるためにあえてすることは処世術と言えるでしょう。
期待をするから、それを欲しくなるのです。
初めから存在し得ないものだと理解していれば、期待することもありません。
好かれた!嫌われた!と感情のジェットコースターの刺激を欲しているのであれば、他人への期待を持つことも手段になり得ますが、結果的にはあなたの精神を不安定なものにし、現実社会との関わり方に不調和を起こすことになるでしょう。
現実の他人に存在しないものを期待しているからです。
あなたが心を安定させて生きるためには、他人に好いてもらいたい、嫌ってほしくないと期待することをやめ、自分が正しいと思うことを信じ、自分のするべき義務を果たし、社会のルールから外れたことをしないこと。
それだけを守っていれば充分なのです。
その上で文句を言ってくる他人がいれば、それは難癖です。
堂々と、それは違うと反論していいのです。
そのようなあなたの権利を侵害する輩は、法律を用いて戦って痛い目をみせてやればいいのです。道理はあなたの側にあるのですから。
そのように堂々と生きることが、あなた自身を大事にするということ繋がります。