意識は進むべき方向を決めるための地図とコンパスに過ぎない。


意識自体に、実際に人生を前に進める力はない。
人生を拡大発展に向かって前に進める推進力は、無意識や体の自律神経機能や細胞の振動など、総合的な機能によって得られるのである。
意識は、具体的な方向や方法を決める機能しか持っていない。


しかし現代の私たち人間はその思考に頼り過ぎている。思考によって人生が推進できると勘違いしている。
確かに目的地までのルートと計画がしっかりと立てられなければ、正しく進むことはできない。しかし、地図とコンパスを持ったからといって、目的地に着くわけでもない。
正しい地図と前に進むパワーの両方が必要なのである。
私たちが心がけるべきは、思考という機能を本来の目的にのみ使い、別の機能まで要求しないことだ。

なぜ思考に頼ってしまうのか?
それは思考が明らかに認識できるものだからだ。
行動する推進力となる無意識や自律神経や波動、本能によるプログラムなどは明確に認識できるものではない。


私たちが自覚できる意識、思考には無意識を認識する機能は元々存在していない。
思考はあくまで外側の世界を認識し、環境や法則を理解して具体的な方向や行動を決めるという「外側に対して働く機能」でしかない。己の内側を見るための機能ではないのだ。
その「理解できる」思考のみしか存在しないと「思考が」思っていれば、思考のみに頼るしかないのも当然である。

行動の推進力となるものは、感じるものなのだ。
その感覚、感情、本能は意識よりも前から私たちに備わっており、意識はその元からある機能をより効率的に外側の世界と融合させるために補完する機能として、後から追加されたものに過ぎないのである。
それは脳の進化の歴史を見ても明らかだ。
原始の脳(大脳辺縁系)が中心にあり、それを包むように、後付けされた新しい意識の脳(大脳新皮質)が外側にある。

意識で本能や感情や感覚を抑え込むのではない。
それは本来の脳の使い方ではない。
本能や感情、感覚をより高度に、より効率よく外側の環境と調和させるために意識があるのである。
そして私たちの本質、本体は無意識や感覚や感情、本能の側にある。
意識の側ではない。

私たちが「私とは意識だ」と勘違いすれは、意識だけを頼り、意識で本質を抑え込んでおろそかにしてしまうのである。