人間は誰でも常になにかを信じて生きています。
もしも、私は何も信じないという人がいたとしても、それは何も信じないということを信じています。

信じるという私たちの脳の機能がなければ私たちは日常生活を送ることが出来ません。
私たちは常に何を信じるかで人生を定義し、人生を決めています。

信じるとは、私たちに備わる脳の機能であると理解することです。
私たちは生きている数十年の間、なにかを信じ、それに従って日々を送るのです。

その信じるものが自分がいる環境と調和するものであれば調和を経験しますし、環境と反発するものなら反発を経験します。

私たちは自分の人生で起きる様々な出来事に反応しますが、起きている事実そのものに反応している分けではなく、自分が信じている解釈というフィルターを通して現実を認識し反応しています。

起きている出来事に自分の信じる解釈という意味づけをして、それを現実世界だと認識して生きているのです。

信じるという脳の機能の世界の中で、信じているものを絶対的なものとしてただ従うのでなく、もっと高い視野から眺め、信じるというのは脳の機能の一つに過ぎないと理解し、もっと気楽に、もっと自由に、何を信じるかを、あなたの意思によって選んでいいのだと気づくことです。

あなたがたまたま経験してきた過去は、世界全体から見ればごく狭い一つの道にしか過ぎません。人間の数だけ違った道があるのです。あなたの過去が唯一の正解ではないのです。

あなたの肉体的、精神的な幸福につながるのであれば、過去の経験に囚われずに、何を信じるかを自由に決めていいのです。

例えば、生まれ変わり、輪廻転生という考え方があります。
それとは逆の、人間は死んで脳の神経活動が止まれば無になるという考え方もあります。

どちらも信じている人がいます。

生まれ変わりを信じている人は、死に対する恐れが少ないという調査結果があるそうです。
死んだら無になるのではなく、生まれ変わってまた新しい人生が始まるわけですから、死は経過に過ぎず、恐れることはないというわけです。

事実は誰にもわかりません。
現代科学で解明されていないだけなのか、それとも脳の活動が止まれば無になるのか。
どちらの可能性もあるわけです。

なら、生まれ変わりがあると信じたほうが、死ぬことへの恐れや不安が少なく人生を生きられるわけですから、幸福に繋がるのではないでしょうか?

どちらを信じてもあなたの自由なのです。
正解は分からないのですから。

私たちはたかだか数十年の間、なにかを信じて、それに沿った人生を認識し経験します。
死んで生まれ変わるとしても、現世で信じているものとは違ったものを信じるでしょう。
なら、幸福に繋がるものを積極的に選択して信じればいいのです。

信じるとは、単なる脳の機能に過ぎないのですから。

ただし、スピリチュアルや宗教を信じる場合、それらを利用してあなたから不当にお金を奪おうとしたり、あなたを精神的に支配して不当に利用してやろうと考える悪人もいます。
そのような人や、言う事を信じれば、あなたの肉体的、精神的な幸福は他人に奪われてしまうかもしれません。
そのことには気をつけるべきでしょう。

これらの私の見解も、私が個人的に信じているだけのものです。