因果関係や自然法則が明確に分かっているものは信じることができます。この時の「信じる」という言葉の意味は「理解する」に等しい。
しかし、あなたがどんな自己イメージを持つのかは、誰が見ても納得するような絶対的な正解などありません。
あなたが今現在持っている自己イメージも、絶対的に正しいとは言えません。
あなたが過去に経験したことや、過去に身につけた知識から、「自分とはこのような人間だ」と信じているだけです。
もしもあなたが、全く違う時代に、全く違う文化を持つ国に生まれていたなら、あなたは全く違う自己イメージを持っていたはずです。
今のあなたが持っている自己イメージは、たまたま偶然の出来事が重なって身につけてきたと言えるでしょう。
その自己イメージが劣等感を強くしたり、無能力感を強くしていたとしたら、あなたは自分で自分を傷つけていることになります。
あなたの持つ自己イメージは、あなたの人生を支配していると言えるほど大切なものです。
人間は自己イメージと合致するように現実世界をとらえ、自己イメージと合致するように思考し、感じ、行動するからです。
自己イメージは私たちがどのようにして現実世界と関わるかの根本的な指針になっているのです。
誰でも自己イメージを持っています。自己イメージが無いという人はいません。
その自己イメージにあなたが無頓着だとしたら、あなたは過去に偶然経験した出来事や、他人から言われたことを、そのまま無意識に自己イメージにしてしまうのです。
それがあなたを苦しめるのです。
あなたが本当に望む自分の姿、自分のイメージと違っているからです。
そして、今までのあなたの生き方、つまり日々考えること、感じること、行動は、あなたが信じてきた自己イメージによって決められてきました。
どんな自己イメージであろうと、あなたが「私とはこのような人間だ」と信じてきた通りに現実と関わり、今のあなたの環境を作り出してきたのです。
いいですか?
今あなたがどんな環境にいて、どんな生活を送っているとしても関係ありません。
過去になにがあったかも関係ありません。
未来にどんなことが予想されようとも関係ありません。
あなたの自己イメージは、あなたが完全に自由に決めてよいのです。
正解などないのですから、あなたがどんな自己イメージを信じようと、間違ってもいないのです。
あなたにとって正しい自己イメージとは、あなた自身が望み、あなたの生活の質を向上させ、あなたが幸福を感じる自己イメージのことです。
それがあなたにとっての正解となります。
もちろん、他人が見るあなたのイメージとは違いますから、それはあなただけの正解になります。
あなたの正解と、他人の正解は違う。これを受け入れれば、あなたがどんなことを信じようと自由ですし、他人があなたと違ったものを信じることも自由だと分かるでしょう。
では、そのあなたが正しいと思う自己イメージを、どうしたら信じることができるのでしょうか?
それは簡単です。
「私はこのような人間だ」とあなた自身が決めればいいのです。
自分が望む、自分の為になる人間像を「これが正しい」とあなたが決めるだけです。
それが正しいと決めるとは、それ以上の議論や検証を必要としないということです。
私が正しいと決めたのだから正しい。
それだけなのです。
信じるとは「決断する」ことなのです。
実際に、自分が正しいと決めた自己イメージどおりに、あなたは現実世界を見て、考え、感じ、行動するわけですから、あなたが決めた自己イメージが正しいのです。
厳密に言えば、あなたが正しいと決めた自己イメージがその通りの現実を作り出していくわけですから、正しさは後になって証明されるわけです。
あなたがどんなに弱く情けない、あらゆるものを恐れる苦痛に満ちた自己イメージを持っていたとしても、あなたがそれを信じている、つまりそれが正しいと決めいているなら正しいのです。その通りの結果をもたらすからです。
逆にあなたが強く、たくましく、恐れず、自分を誇れる勇気ある人間だという自己イメージが正しいと決めて信じても、それも正しいことになります。
あなたが決めたものが正しいのです。
過去の経験も、今いる環境も、他人の意見も関係ありません。それらを基準にして自己イメージを決めるのが正しいと思えば、それが正しくなりますが、それらとは関係無く、あなたが望み、あなたの人生をより豊かにする自己イメージを持つことが正しいと決めれば、それがあなたにとって正しいものとなるのです。
あなたが決めるのです。
これ以上の議論も検討も必要ない。本当に正しいのだろうか?と疑う必要も無い。もっと良い、違うものがあるのでは無いかと探す必要もありません。
今のあなたがベストだと思えるものが正しいと決め、それ以上迷わないことです。
それが信じるということなのです。