あなたの思考、感情、肉体はあなたではありません。
あなたという存在が、具体的な形を持つ現実世界と繋がり、関わるためにあなたが用いている道具なのです。
でも私が考えているじゃないか
私が感じているじゃないか
私のこの肉体があるじゃないか
それか私でないというなら、私は存在しないじゃないか!
と思いますよね?
「私」という言葉の概念は非常に難しいものです。
その定義の仕方が人生の捉え方を大きく変えてしまいます。
思考、感情、肉体と「私そのもの」を一体化していると、思考、感情、肉体をコントロールする事が出来ません。
過去の経験から無意識に身に着けてきた思考や感情反応のパターンの癖に縛られて、その呪縛から逃れることができません。
その無意識に身に着けた反応のパターンの癖が、自分自身だと思い込んでしまうのです。
本当のあなたとは、思考、感情、肉体を道具として用いて、この現実世界を楽しむ存在なのです。
道具として用いるからこそ、あなたは望む目的に向けて、思考、感情、肉体を適切に使うことができるのです。
そして、それらを道具として用いている時、あなたそのものはこの現実世界においては「無」であることにも気づきます。
私とは形として存在していないのですから。
私は思考ではない。
私は感情ではない。
私は肉体ではない。
「私」とは、この現実世界とは別の次元にいて、思考、感情、肉体という道具を用いて、形のある現実世界と繋がっている存在だということです。
だから形ある全てのものは「私」という存在価値を毀損することができません。形という概念では定義できないのが「私」なのです。
つまり、「私」は完璧な存在なのです。
否定することも肯定することもできない、ただ「在る」としか言葉では説明しようがないものなのです。
肉体という道具の寿命が終わるまで、この現実世界というフィールドで楽しむことが私たちの目的です。
その目的のために、適切に思考、感情、肉体を用いることこそが、人生を楽しむことそのものに繋がるのです。
思考、感情、肉体という道具を「私」という概念と同一化せずに切り離し、「私」の意思の支配下に置くことで私たちはこの世界での人生という旅を楽しむことができるのです。