入試期間の真っ最中である。
就活も事実上スタートしている。
若い人たちにとっては
人生での大きな岐路に立たされている
と感じている人も多いだろう。
自分にとってはもう遠い昔となったが、
もしあの時別の道を歩んでいたら
どうなっていただろうと思うことはある。
人生に「もし」は無いので、
すべては頭の中の遊びに過ぎないが、
今の人生を見つめ直すために
考えてみる価値はあるかもしれない。
もし就職でその後数十年勤める会社に
入社していなかったら
どんな人生だったのだろう。
考えられることは二つだ。
一つは全く違う人生を歩み、
今とは違った人格、社会的状況
になっていたということ。
もう一つは、入り口は異なっても
結局今と似たようなところにたどり
着いていること。
自分はどちらかというと
後者を信じる方である。
人生は偶然の連続で
成り立っていることは認めるが、
ただ自分自身のデフォルトは
あまり状況に左右されない
のではないかと思う。
一卵性双生児の研究で
面白い報告結果がある。
幼い時にある理由から
生き別れになった双子の兄弟が、
大人になってから偶然出会った。
その時驚くべきことに
二人は同じような服装をし、
同じ腕時計をはめ、
同じ車種の車に乗っていたという。
別々の人生を歩んだにも関わらず
そんなことが起きた。
一卵性双生児は、
遺伝子的には全く同一なので
いわばデフォルトは同じである。
となればデフォルトが同じであると
途中で別々の人生を歩んだとしても
行き着く先に大差は無かった
ということになる。
だから仮説として人生の岐路で
違う道に進んだとしても
ゴールでは大差がないともいえる
のではあるまいか。
眼の前の岐路や試練は
もちろん大切なことではあるが、
それ以上に重要なことは
デフォルトとしての自分ではないか。
結局のところ
人は現状に不満を持ったとしても
選ぶべき道を選び
進むべき道を進むように
出来ているのではないか。
眼の前の転換点で起きたことは
それがどんな結果であったとしても
それが自分やその人の人生にとって
必要だから起きたと考えたい。