本当は凄い普通の人に贈る言葉

本当は凄い普通の人に贈る言葉

「普通の人の本当は凄いを発掘する」をテーマに、日々情報発信をしていきます。

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結構難易度の高い質問だが、
これは性格や個性の時と同じで
長所の裏返しが短所である。


製品や経営方針がユニークであれば
絶対的得意分野を持っていることが強みだが、
一方で多くからの支持は得にくい。


歴史ある会社の場合は、
堅実で安定した信頼感が強みだが、
新しい分野への進出には過度に慎重だ


新興の会社の場合はこの逆だ。


ただし言い方はある。


強みは際立っているほど
弱みも相対的に際立つ。


一番困るのはどこといって特徴の無い
尖った所の無い会社の場合である。


そんな時は
偏りのないバランスが取れていることが強み、
これだけはどこにも負けない一番が無いが弱み
とでも答えるしかないだろう。



知名度の高い商品を扱っている
会社での採用面接ではよく出る質問だ。


様々な答え方はあるだろうが、
「競合品と比較しても
何度も使いたくなる商品」
などとおべっか的なことは言わない方がいい。


当然だが相手は自社の製品のいいところも
残念なところもよく知っているわけで、
そんな相手に上っ面の知識で褒めても
本心は見透かされている。


異論はあろうが自分は
その商品に対しての感想を素直に
述べる方がいいと思う。


面接担当者は、面接の場で
自社商品を褒められたいのではなく、
求職者の態度や人間性を見ている。


あえて辛辣なことを言う必要はないが
正直な感想は逆に好感を持てる。


そして勉強してきたにも関わらず、
その商品について知識が少ない時は、
正直にそれを言った方がよい。


どんな会社の商品やサービスも
外に見えている部分は氷山の一角で
調べて判ることなどごく僅かである。



全国組織の企業における採用面接で
「転勤についての意思」は
総合職採用なら必ず聞かれる質問である。


これについては、
全国組織の総合職ということであれば
基本的にNOの答えはない。


日本の伝統的企業では
職務内容や勤務地域を明確にして
雇用契約を結ぶことはあまり一般的でない。


日本企業への就職が就業ではなく、
就社だと言われる所以である。


契約条件を曖昧にしておいて
後でいかようにも配置できる代償として


正社員の場合は堅牢な
地位を保証する。
(ブラック企業はその保証をせずに
曖昧というメリットだけを享受)


だからその意味で
その全国企業に就職したいという
時点でもう答えは決まっている。


したがってこんな問いには
「全く問題ありません。
むしろ新しい環境で自分を試してみたい
気持ちです」
くらいに答える方がいいのだ。


しかし家庭の事情や本人の抗しえない状況
などで転勤が不可能である時は、
それを明言しなければならない。


それは自分のためで、
そんな事情を隠して採用されてしまうと
後で大変なトラブルを抱えることになる。


就活はこの点でもお見合いに似ている。




ブラック企業蔓延の背景には
日本的な雇用慣習を逆手に取った
経営側にとっての「いいとこ取り」
があるという。


日本企業の正社員雇用は、
「配属先、職務内容、勤務地を定めず
労働時間も社命で、
いかようにも応じる」ことを
前提としている。


その代償として被雇用側は、
長期間の安定した雇用と
年功による賃金上昇が保証され、


正社員労働者は先を見据えた
人生設計が可能になるという
メリットを享受してきた。


しかしブラック企業は、
正社員への義務だけを課し、
メリットは巧妙に誤魔化し、
与えない。


それは「正社員は経営幹部候補」
という幻想を社員に与えること
で可能にしてきた


ワタミの一件でも
一連の騒ぎが起きる前から
おかしいと思っていたことは、


創業者がすべての社員に自らの
理念を押し付け、
一人一人に経営者意識を持たせよう
としていた点である。


正社員ならワタミの理念
(実は創業者の理念)を理解してくれるはず、
いや理解すべきであるとして押し付けていた。


識者は、このようなことが可能になるのは
日本社会が「ボロボロになるまで働いても
経営者や経営幹部になりたい人」と


「ある程度会社の拘束は受け入れるが
プライベートも大切にしたい人」
の区別を明確にしてこなかったことに
原因があるという。


日本からブラック企業を撲滅するには
人の価値感の多様性を
目に見える形で受け入れることから
始まるのだろう。




子育て世帯の貧困化が止まらない。


少子化にも関わらず
その世帯数はここ20年で倍増、
39の都道府県で子育て世代の10%が
すでに貧困状態にあるという。


経済発展が停滞し、
収入が伸びないにも関わらず
こども一人当たりの教育費は一貫して
増え続けている。


さらにシングルマザー世帯の増加も
これに追い打ちをかける。


かつての日本は今よりはるかに
子だくさんだったが、
子どものいる世帯の貧困率は低かった。


その理由は、かつての日本は
地域や大家族が共同で
子育てを負担していたからである。


しかし核家族化以降、
子育ては一家族のみの負担となった。


大勢でリスク負担をしていたことを
一家族でやるのだから
負担は相対的に大きく効率も悪くなる。


さらに現代は長寿化に伴う親の介護や、
離婚率の上昇、非正社員率の増加、
リストラによる失職といった要素が
加わることの多い社会にもなっている。


つまり子育ての環境と社会変化の
ミスマッチが起きているのだ。


そもそも人類史的には
子どもを単独世帯だけの負担で
育てるようになったのはごく最近のことで、
そうでない期間の方が圧倒的に長かった。


ではどうやってミスマッチを
解消するのか。


答えは新しい社会環境に合った
「コミュニティによる子育て」
を可能にすることにあると思う。


戦後の日本社会の問題点の一つは
地域コミュニティの弱体化がある。


善意やボランティアに頼るのではなく、
社会全体の解決すべき課題として
新しい時代の地域コミュニティ創生が
今求められていると思う。




キャリア相談事例でとても多いのが
配偶者の転勤や自身のライフイベント
によるキャリアの中断についてだ。


例えばある仕事について
経験を積みキャリアアップしてきたが、
配偶者(たいていは夫)の転勤に
ついていくため今やっていることを
中断せざるを得ないというケースである。


配偶者の転勤先に同じ仕事があって
すぐに就ければいいが
なかなかそんな幸運には恵まれない。


あるいは転勤ではないが
出産・育児などのライフイベントで
構築中のキャリアを中断、ときには断念
せざるを得ないというケース。


こんな場合に強みとなるのは
一見平凡だが、
場所や環境、時期が変化しても
ニーズのあるキャリアである。


やっている人が多く普遍性が高い
キャリア程ほどそんなものが強みになると
思えないだろうが、
実際は特殊性が高いキャリアより
柔軟に転機に対処しやすい。


ただ仕事じたいは平凡であっても
その道を極めていることが重要だ。


誰もがやっている仕事でも
自分なりの工夫をし、
努力研鑽を続けていれば
必ず強みになる。


その境地まで行ってしまえば
どこに行ってもいつになっても
ニーズが絶えない分強い。


中断回数も恐れるに足りない。


キャリアは積み上がるもので
回数によって目減りすることはないのだから。




リーダーには「徳」、参謀には「才」
が求められるという。


「徳」のある人とは、
部下にこの人のためなら
何をなげうっても頑張れる
と思わせる人。


「才」のある人は、
この人に任せておけば
きっとうまく行くと思わせる人。


それぞれ特質が違うので
両方を兼備する人は極めて少ない。


しかし日露戦争時の陸軍の最高司令官
大山巌はその二つを兼備した稀有の人
だったようだ。


彼は元々戊辰戦争や西南戦争時、
稀代の切れ者として薩摩の頭脳
のような人だった。


だが日露戦争ではリーダーとして、
戦略や戦術にはいっさい口を出さず
すべてを部下に任せ、
責任を取ることだけを心掛けた。


その時参謀として力をふるったのは
児玉源太郎である。


彼もまた大山と同様、徳と才
両方の特質を兼備した人だったが、


大山がリーダー、児玉が参謀
という形で役割を分担した。


日露戦争の陸軍の奇跡は、
この二人の天才の寄与が
大きかったことは疑いない。


ちなみに海軍の場合は東郷と秋山、
外交分野では桂と小村である。


大山が凄いと思うのは、
自身も抜群の切れ者でありながら
その役はすべて児玉に託し、
自分はリーダーに徹していたところである。


これは出来そうで出来ないことで、
超絶的な忍耐力を求められると思う。


そんな明治の偉人たちには
及ぶべくもないとしても、


才気ある人がリーダーの忍耐を
身につけられれば、
素晴らしいことができるのではないだろうか。




「傾聴」という言葉が流行だが、
実際に人の話に耳を傾けることは
意外と難しい。


聴くことに比べれば
自分が話すことの方がずっと容易である。


世にスピーチ教室や話し方教室、
プレゼン教室は多いが
「聴き方教室」というのはあまり聞かない。


それが少ないのは
本当に人の話を聴くという行為には
人間性など聴く側の人生の向き合い方が
問われているからだ。


そう書くと難しく感じられるかもしれないが、
ある意味それは誰もが出来ることでもある。


例えば本当に悩んでいることがあった時、
人はどんな人に話しを聞いてもらいたいと
思うだろうか。


「この人になら」と思う人でなければ
話す気にはなれないはずだ。


それは聞いてくれる人の技量や経験より
人柄や人格によるものが多い。


話す側としては
聴いてくれる人が先入観を持たず
虚心になって聴いてくれることで
話しやすくなる。


「傾聴術」というテクニックは確かにあるが、
そうしたテクニックは、
相談内容が具体的になってから
必要とされるもので、


まず初めは「とにかく聴いてくれる」
ことだけを求めている。


カウンセリングの勉強をしていると
よく若い人は
「自分は人生経験が少ないので
年配の人の話が聴けない」などと言うが、
そうではまったくないのだ。


極端に言えば、
たとえ聴き手がこどもであっても
虚心に耳を傾けてくれる人なら
その方が話しやすいとも言える。


話す側が答えを求めるのは、
もう少し先のことで、
話し手は、まずは話に耳を傾けてくれることで
自分の心を整理したいだけなのだから。




よく「勇気がある」と言葉にして言うが、
その大きさも場面によって三段階あると思う。


まず小さな勇気は、
リスクが個人だけに及ぶ場面での勇気だ。


たとえば命の危険のあるスポーツに挑むことや
冒険的行為がこれにあたる。


見ていて確かにすごいとは思うが、
そのリスクは本人にだけしか及ばない。


たとえ命がけの行為であっても
失敗の代償は本人にだけ帰結し、
他者にとってはゼロである。


また進学や就職などの決断は
本人にとっては人生の一大事かもしれないが、
まず他者にとってのリスクはさほどではない点で
求められる勇気の大きさは小さい。


より大きな勇気は、
そのリスクを取ることが
最悪の場合その人を取り巻く多数の人々に及ぶ
ような場面で求められる勇気である。


会社の経営者など時には
命の危険までは無いとしても
自身の判断ミスが多くの人々の
人生を狂わせるという点で
より大きな勇気を求められる。


そして最も大きな勇気は、
リスクの大きさが国全体、民族全体に及ぶような
場面で求められる勇気である。


たとえば日露戦争の末期、
戦争終結の外交交渉を行った
当時の外相小村寿太郎に求められた勇気だ。


あの時、彼の決断と勇気に
日本の未来が間違いなくかかっていた。


もしも戦争終結が長引けば
戦力を温存させていたロシアの反撃で
日本は確実に植民地化される危機にあった。


つまり、勇気の大きさは
取れるリスクの大きさに比例する。


振返ってかく言う自分などは
最小のリスクさえ取っていないが。




「10年後のあなたはどうなっていたいか」
という質問にあなたはどう答えるか。


今のご時世、2~3年後のこともわからないのに
答えられるわけがないという勿れ。


この質問は、
人生の目標や理念を問われている。


日々の積み重ねが人生だが、
目標や理念がなければ
その日暮らしの動物と変わらない。


言い方を変えれば
「あなたは何のために生きているのですか」
という質問とも言える。


とはいえ、この質問にスパっと答えられる人は
そう多くはないだろう。


目標は設定できるが、
自分が大切にしていることというのは
意外と自分ではわからないものだ。


それを探求するため
「自分探し」と称して旅に出る人もいる。


だがそんなことをしなくても
そんな自問を手助けしてくれる人たちがいる。


それはカウンセラーだ。


自分はどこから来て、
どこに行くのか
自分とは何者なのか。


その答えはすべて自分の中にあるが、
それを引き出すには
トレーニングを積んだ専門家の力がいる。