先日の24日、自分の会社員時代に
ともにある新事業の立ち上げに
携わったAさんが亡くなった。
後に空前の大ブレークをしたその事業は、
当初Aさんが一人でスタートさせ、
そこに別の新事業が終息して手の空いていた
自分と自分の部下の二名が加わった。
つまり、事業のスタート時点では、
スタッフはAさんを含めて三人だけだった。
その頃の仕事のハードさ、面白さは
やっていた者にしかわからない、
壮絶なものだった。
自分の数十年の仕事のキャリアにおいて
あの時ほどしんどく、そして刺激に満ちた
時期は無かったと思っている。
当時は一日16時間くらい
働くのは普通で、
月の残業時間が200時間ちかくあった
という月もザラにあった。
朝の6時20分に一番乗りで出社し
事務所の照明のスイッチを入れ、
夜は23時過ぎに照明を落として
最後に事務所を退出するような日々だった。
たんに長時間労働というだけでなく、
密度が非常に濃く、
昼食をとる時間すら無いような中、
作業に没頭していたことを思い出す。
Aさんは事業の仕掛け人として
比類ない傑出した業績を遺された。
しかし一方で超マイペースな人で、
職制上は自分の上司にあたるのだが、
リーダーや管理職としては全く機能せず、
どんどん自分のやりたいことだけを
進めていくタイプの人だった。
そのため実務のコアな部分は
一手に自分と部下の二人だけでこなすことになり、
とてつもなく大きな負荷が我々にかかった。
プレゼンが非常に上手で、
その分野では今でも自分の師匠であると
思っている。
Aさんは定年退職後もマイペースで
別の会社の顧問などをやりつつ
事業に関連した勉強会を主宰し、
やりたいことを最後まで貫いた。
人間的には毀誉褒貶が激しく、
必ずしも好かれているとばかりは
言い難いけれど、
間違いなく人生のミッションは果たした
のではないかと思う。
葬儀は明後日、
慎んでご冥福をお祈りします。