職場の飲み会、苦痛かもしれないが効用もある | 本当は凄い普通の人に贈る言葉

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職場経験の少ない若い人にとって、
職場の飲み会は苦痛かもしれない。


学生時代の仲間内の飲み会なら、
原則参加は自由だし、
上下関係があっても先輩後輩程度で、
そんなに気を使うこともない。


だが職場での飲み会となると
上司や役職の高い人に気も使うし、
酒席とはいえタブーの言動もある。


女性ならお酌をしたり、
料理を取り分けたりを期待されたり
することだってあるかもしれない。
(自分はそれがいいこととは思わないが)


職場にもよるだろうが、
こんな飲み会が頻繁に行われる
ところもあるだろう。


飲み会は嫌いではないが、
仕事とプライベートを割り切っているので
時間外まで拘束されたくない
という人もいる。


どれも当然だし、
そもそも強制力の無いことに
気を使うのはバカげていると
自分も思う。


だが自分の場合、
飲み会は若い時から
本当にのっぴきならない
用事のある時以外、
一度も断ったり欠席したことがない。


それは好き嫌いを別にして
飲み会の効用を認めているからである。


人は飲食している時、
かなり無防備である。


そんな無防備な時こそ、
仕事の場だけではわからなかった
ことが聞けたり、見て取れたりする。


仮にあまりしゃべらない人でも
その人の人となりは仕種に現れてくる。


アメリカなどでは職場の人や
取引先を招いてのホームパーティが
盛んだそうだが、
あれも効用は同じだろう。


人間が仕事をする動機付けには
合理的な理由以外の様々な要素、
感情的な(主観的な)ことが絡んでいる。


一緒に仕事をする同僚や上司、
取引先の人の人となりを知ることは、
そうした感情的な部分の動機付けに
大いに関係してくると思う。


仕事では嫌なヤツだと思っていた人が、
プライベートでは「ほう」と思わせて
くれたりすることもある。


職場の飲み会は、
そんな貴重な機会を提供して
くれていると思う。


ただ、いつも同じようなメンバーで
終業後に飲んでいるような飲み会は
お金と時間のムダで、
自分は全くそうした付き合いをしなかった。


若い人にとって職場の飲み会は
苦痛かもしれないが、
貴重なチャンスと思い
人物観察に徹してみてはどうだろうか。