死者10万人を超えた東京大空襲、
何千人もの人が亡くなった大阪大空襲
から70年が経ち、
今国の責任を問う声が大きい。
死者がこれほどまでに多かったのは、
実は逃げることが出来たのに
逃げなかったかららしい。
それは、「逃げずに消火活動をせよ」という
「なるべくとどまって消火活動せよ」
という法令に基づく行政からの強制があり、
新聞や雑誌などのメディアも
「敢闘精神をもってすれば
個人でも消火は出来る」等と
鼓舞したからである。
避難を優先して消火活動のために
家に残らなかった人は、
「非国民」扱いされたという。
現在は遺族たちが裁判に訴えて、
国の責任を問うことになったそうだ。
それはさておき、
この件で感じることは、
「法律というものは
いったん出来上がると
当初意図していた範囲をはるかに
超えて強制力を持つようになること」
である。
空襲の場合でも
法令は「なるべくとどまって」だったが、
実際の運用においては
「必ずとどまって」になり、
「とどまらない人は国賊」だとされてしまう。
現代においても、
「個人情報保護法」は拡大適用され、
(行政は不利益情報を出さないために
意図的に悪用しているが)
個人間のコミュニティを破壊するように
機能しているのと似ている。
ルールをつくるのは良いが、
運用となるとルールが意図していた以上に
過剰適応する日本社会の体質には
注意が必要である。