ALSに、心まで壊されかけた時期がありました
ALSに、心まで壊されかけた時期がありましたずいぶん前のことです。僕は、ALSになっても「病人にはなりたくない」と強く思っていました。苦しくても、自分らしくいたい。そう思って、もがきながら生きてきたはずでした。ところが、いつの間にか僕は、周りの優しさに包まれる中で、少しずつ「病人らしく」なっていた時期があったのです。不思議ですよね。誰かに無理やりそうされたわけではありません。むしろ、みんな親切でした。でも、その優しさに身を任せすぎると、自分でも気づかないうちに、「できること」より「守られること」が中心になってしまう。これは、難病患者が陥りやすい落とし穴の一つなのかもしれません。幸い、僕は早めに気づくことができました。もしあのままだったら、今ごろ僕は、社会の中で生きる人ではなく、ただ“病人”として埋もれていたと思います。そのことに気づかせてくれたのは、ヘルパーのKさんのひと言でした。「どうして玄三さんは、病人みたいにパジャマを着るんですか? もっとお洒落をしましょうよ」その言葉に、僕はハッとしました。「ああ、そうだった。僕はこういうふうに生きたい人間じゃなかった」と、一瞬で我に返ったのです。本当にありがたい一言でした。僕は思わず、「でも、パジャマの方がケアしやすいんじゃない?」と聞きました。するとKさんは、すぐにこう返しました。「それは私たちの都合だから、玄三さんは気にしないでください」この言葉にも、心を打たれました。支援する側の都合ではなく、まず本人の生き方を大事にする。簡単なようで、実はとても難しいことです。でも、Kさんはそこを自然にわかっていた。頼もしいな、すごいなと思いました。そこからです。僕の気持ちが元に戻り始め、なぜか熱まで一切出なくなったのは。やはり人間は、気持ちの持ち方で体の状態まで変わるのだと、僕は身をもって感じました。それからKさんは、僕の髪を整え、私服を着せ、僕の写真やキザミ食の写真をどんどん撮り続けてくれました。約10年です。そして僕は、その写真に合わせてブログやFacebookの記事を書き続けました。もちろん、叩かれたこともあります。「食べられないALS患者の気持ちを考えろ」「笑顔の写真なんか載せるな。ALSが誤解される」そんな声もありました。それでも、僕たちはやめませんでした。写真を撮り、発信し、書き続けました。なぜなら、僕が伝えたかったのは、ALSのつらさを否定することではなく、ALSでも心まで病人にならずに生きる道がある、ということだったからです。その発信は、少しずつ実を結びました。北海道から奄美大島まで、全国各地から数百人もの方が訪ねて来てくれるようになりました。今日もご家族と患者さんが来られました。その中には、ALSを乗り越えた患者さんやご家族、そして今まさに乗り越え続けている患者さんやご家族もいます。だから、今あらためて思うのです。自分から病人のようになってはいけない。病気になるのは仕方ない。でも、心まで病気に壊されてしまったら、本当にもったいない。病気があっても、お洒落をしていい。笑っていい。美味しいものを楽しんでいい。発信していい。自分らしく生きていい。その姿は、きっと誰かの希望になります。そしてその希望は、また次の誰かの未来を明るくします。僕はこれからも、そんな生き方を、堂々と発信していこうと思います。追伸:ALSと胃ろう・呼吸器に正解はない ALS32年目の僕がたどり着いた『これでよかったYouTube↓↓↓- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be◆自己紹介ALS生活31年の会社経営者です。皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。ALS患者の在宅の楽しさや、困らない生き方など書いています。書籍は下のURLをクリック。フォロー、お待ちしています!https://books.rakuten.co.jp/search?g=101&maker=%E4%B8%ADALS患者の呼吸器は生きるか死ぬかじゃない。呼吸器で「自分らしさ」を守る話。%E9%87%8E%E7%8E%84%E4%B8%89&x=33&y=5◆ALS生活約31年! 中野玄三のYoutube情報チャンネルALS生活約31年! 中野玄三のYoutube情報チャンネルALS患者。ALS生活31年の経験を持つ会社経営者です。 皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。 ALS患者の在宅生活の楽しさや ALSでも困らない生き方について書いています。 フォロー、お待ちしています! もし大切な人がALSになったら、この乗り越え方を教えます。ALS患者の様々な問題の解決方法については、僕の体験を通して電子書籍に書いています。 電子書…www.youtube.com