【20年間、食べ続けられた本当の理由。手術だけでは実現できなかったALSの暮らし】
【20年間、食べ続けられた本当の理由。手術だけでは実現できなかったALSの暮らし】もし僕が、あるものを自分でつくっていなかったら、今ごろ刺身もステーキも食べていなかったと思います。それは、特別な医療技術でも、画期的な食べ方でもありません。「毎日、食べ続けられる支援体制」です。僕はALSになって32年。人工呼吸器をつけて約21年目。舌は動かず、噛むこともできず、飲み込む力も弱い。それでも今、刺身もステーキも、うどんもパスタも楽しんでいます。なぜ、そんな生活を20年以上も続けられたのか。その答えは、食べている僕の姿だけを見ても、わからないと思います。実は、僕が食卓につくまでに、どれほど多くの人の手と時間が使われているか。そこに答えがあるのです。話は20年前にさかのぼります。2006年2月、救急搬送された僕に、佐賀大学病院の耳鼻咽喉科の医師がこう話してくれました。「人工呼吸器をつけるなら、食べられる手術がありますよ」僕は迷わず即答しました。「それ、お願いします!」そして、誤嚥を防ぐための喉頭全摘術を受けました。佐賀大学病院では、僕が第一号だったそうです。この手術が、僕に食べ続けるための大きな可能性を与えてくれました。しかし、20年経った今だからこそ、はっきり言えることがあります。食べられる手術を受けたことと、20年間食べ続けられたことは、別の話なのです。では、その違いは何だったのでしょうか。実は、僕の食事は、食卓につくずっと前から始まっています。まずはブランチのメニュー決め。PA兼ヘルパーさんがキッチンで、僕の体に合わせた特殊な調理をします。食べやすさだけでなく、美味しさにもこだわり、食欲をそそる盛り付けまで工夫します。そして、二人がかりでベッドから車椅子へ移乗。テーブルに移動し、盛り付けを僕に見せて撮影します。次に食べやすい姿勢に整え、ようやく食事介助と飲水介助が始まります。食後には口腔ケアと顔のマッサージ。そして、二人がかりで顔洗いと手洗いをして、車椅子からベッドへ移り。パソコンをセッティング。ここまで終わったら、後片付けに入ります。夕食も、メニュー決めから調理、盛り付け、移乗、撮影、ポジショニング、食事介助、飲水介助、口腔ケア、顔のマッサージ、顔拭き、手拭き、二人がかりで車椅子からベッドへ移り、パソコンをセッティング、後片付けまで、同じように繰り返します。僕が食べている20〜30分のために、その何倍もの時間と人の手が必要なのです。この生活を毎日続けるために、僕は介護保険と重度訪問介護を組み合わせ、妻やヘルパーさん、看護師さんたちと支援体制をつくってきました。はっきり言えば、僕の場合、こうした支援体制がなければ20年間食べ続けることはできなかったと思います。ここに、見落とされがちな問題があります。「医学的に食べられること」と「生活の中で食べ続けられること」は、まったく別の問題なのです。日本では1980年代からALS患者への誤嚥防止手術が行われ、1990年代には喉頭全摘術の症例も報告されています。しかし、当時は現在のような介護保険と重度訪問介護を組み合わせた支援体制はありませんでした。介護保険が始まったのは2000年、重度訪問介護が制度化されたのは2006年です。つまり、医療技術があっても、それを毎日の暮らしにつなげる仕組みが十分ではなかったのです。僕はここに、大きな課題があると思っています。手術ができることと、手術後に望む生活ができることは違う。そして、支援体制は自然にできたわけではありません。どんな暮らしをしたいのか。そのために何人の支援者が必要なのか。どの制度を使い、何時間の介護を確保するのか。僕自身が中心になり、周囲と相談しながら一つひとつ組み立ててきました。必要な支援が足りなければ、行政にも働きかけてきました。僕が求めているのは特別扱いではありません。ALSになっても、自分の望む暮らしを続けることです。そして、食べる生活を続けるうちに、面白い変化が起きました。ヘルパーさんたちは、ただ身体を介護する人ではなく、どうすればもっと美味しく、楽しく食べられるかを一緒に考える仲間になったのです。新しい料理に挑戦し、工夫を楽しみ、食卓では冗談も飛び交う。食べることを支えるつもりが、いつの間にか、暮らし全体を支えるチームになっていた。食べるためにベッドから起きる。車椅子に座り、テーブルを囲む。料理を楽しみ、人との会話を楽しむ。次は何を食べようかと考える。食べることが目的だったはずなのに、いつの間にか、食べることが暮らし全体を動かす原動力になっていたのです。僕は、食べるために生きているのではありません。食べ続けたことで、生きる楽しみがどんどん増えていったのです。もちろん、胃ろうなどで栄養をとりながら、その人らしく豊かに暮らす道もあります。大切なのは、本人が望む暮らしを実現できる環境をつくることだと思います。僕が医療者や介護関係者に伝えたいのは、「この患者さんは食べられるだろうか?」だけでなく、「この患者さんが食べ続けるには、どんな支援体制が必要だろうか?」と考えてほしい。ということです。20年前、あの医師の一言が僕の人生を変えるきっかけになりました。でも、その可能性を毎日の生活に変えてくれたのは、妻とヘルパーさん、看護師さんたちとのチームです。手術が、僕に食べる可能性をくれた。支援体制が、その可能性を毎日の暮らしに変えてくれた。そして食べ続けることが、僕のALS人生を根こそぎ変えた。病気は避けられない。それより「どう生きるか」が人生。皆さんは、どう思われますか。※写真は、食欲の秋♪ 絶好調の僕です。追伸:【ALSでも食べる人生を諦めない】32年間、僕が食べ続けてわかったこと。命を守るだけでは、暮らしは守れない。僕のYouTube→https://youtu.be/ZfMSqCLDVEc