紫雷イオ=IYO SKYがWWE女子王座を奪取!

苦節5年にして、ついに世界の頂点に立った。

 

今年イチバンといっていい吉報が入ったのは、

6日(日本時間)の正午過ぎのこと。

 

私は江東区のスカパー東京メディアセンターにいた。

いつものスタジオでZERO1『火祭り』優勝決定戦の

実況&解説の音入れを行なっている最中だった。

 

「イオ、獲りました!」

 

大川昇カメラマンからの第一報。

そう、今日はWWEサマースラムの開催日だった。

 

彼はだれよりもイオを可愛がっていた父親のような存在だし、

イオ自身もだれよりも彼のことを信頼していた。

 

それを考えると、ロッシー小川さんはイオのおじいちゃん的存在であり、

私なんかは単なる面白い不良のオジサン的存在だったかもしれない(笑)。

 

仕事の合間を縫ってすぐさまイオ宛に

「おめでとう!」と祝辞を送信。

 

すると2時間後に写真を添付した返信があった。

 

              ■写真提供/イヨ・スカイ ©IYO SKY

 

感無量といった趣きのいい写真だな。

これ、使っていいのかな?

WWEはいろいろと規制が多いし……。

でも、怒られるとしたらイオだよな(笑)。

だからといって、いくらなんでもベルト剥奪はないだろうし。

 

よし、載っけてしまおう!

 

そして、イオからの返信の言葉がじつによかった。

本来プライベートの話だから公開するものではないけれど、

この言葉のなかにイオの心のうちが見えてくるので、

あえてそのまま掲載させてもらうことにした。

 

それに怒られるとしても、オレだけだしね(笑)。

 

「金沢さん、ありがとうございます!!

ついにこの日が来てくれて私も嬉しいです☺」

 

なんのことはない返信だと思うかもしれないが、

文面をよく見るとそうではないことがわかるのだ。

 

イオはとても頭がよいし、文章も正確で上手い。

メールやラインのような短文であっても正しい日本語を使う子だ。

 

それを知っているから、「アレ?」と思いつつも、

「そうか!」と私なりに納得できたのだ。

 

普通なら、「ついにこの日が来て――」だろう。

ところが、「ついにこの日が来てくれて――」とある。

 

そこに長く葛藤しつづけながら闘ってきた苦節5年の思いと、

自分だけでなく周りに支えられてのベルト戴冠であること。

その苦闘と感謝の気持ちが込められていると感じたのだ。

 

「諦めなくてよかった!」

 

一言でいうなら、そこに尽きるのだろう。

 

2018年8月からWWEに参戦したイオは、

11月にNXTマット初登場。

 

2020年6月、NXT女子王座を初奪取した。

このベルトを長期保持したものの、

折りしもコロナ禍の真っただ中。

 

また何度か噂に昇ったWWE一軍への昇格もなし。

情報が流れるたびに、立ち消えとなってきた。

 

その間、先輩のASUKAはすでにWWE女子の第一線で活躍し、

ロウ女子王座、スマックダウン女子王座にも就いている。

 

また、スターダム時代の後輩であるカイリ・セインも、

2019年4月にスマックダウンに昇格し、ASUKAとタッグ結成。

カブキ・ウォリアーズとして、WWE女子タッグ王座を獲得している。

 

日本マットでの実績では圧倒的にイオが上だった。

スターダムのトップスターとしてすべてのベルトを巻いてきたし、

プロレス大賞の女子MVPを、2015、2016、2017年と3年連続受賞。

 

抜群の運動神経から繰り出す空中殺法、

的確な打撃技、受身の巧さと……パーフェクト。

まさに、「逸女」のキャッチフレーズがピッタリとハマっていた。

 

それにスターダム、女子プロの底上げを目指し、

後輩たちへの指導にも熱心に取り組んできた。

 

日本ではすべてをやり尽くした。

そう感じたイオが世界(WWE)に目を向けたのは

至極当たり前の話である。

 

ただ、一点だけ。

女子のリングではすべてをやり尽くしたイオだが、

やってみたかったことがあった。

新日本プロレスのリングに上がってみたい。

それが夢のひとつでもあった。

 

ただ、あの当時でいうと夢は夢物語でしかなかった。

ところが、イオが日本を去ったあとにそれが現実化したばかりか、

通常の光景となってしまったのだから皮肉な話でもある。

 

2019年4月、米国マジソン・スクエア・ガーデンで開催された

新日本プロレス&ROHの合同興行にROH(WOH)世界女子王者の

岩谷麻優が出場し、世界格闘技の殿堂であるMSGの大舞台に立った。

 

同年末、ブシロードがスターダムの親会社となったことにより、

2020年の1・4東京ドーム大会からスターダム勢の新日本マット参戦は恒例化。

 

2022年11月には、新日本&スターダムの合同興行まで実現している。

 

まるで飼い殺しにされているかのようにNXTにとどまっていたイオ。

WWEの第一線で活躍するASUKAとカイリ。

新日本のリングでも躍動するスターダムの後輩たち。

 

それをイオはどんな思いで見ていたのか?

悔しいなどという感情は通り越して、

何度も心が折れそうになったろうし、

挫けそうになったこともあるだろう。

 

もう諦めて日本に帰ろうと思ったこともあったかもしれない。

実際に、親しい人間には揺れ動く気持ちを吐露したこともあったという。

 

ただ、彼女は不良オジサンの私にはいっさい弱音を吐かなかった。

一度も弱気を感じさせるようなメールをよこさなかった。

 

だから、ごくたまに彼女に送っていたメールの内容はいつも同じ。

 

「オレが30年以上プロレスを取材してきたなかで、

イオは女子プロレス界で最高の選手。

かならず成功するから、頑張って!」

 

判で押したように同じセリフ。

でも、本当にそう思っていたし、励ますといっても

それしか思い浮かばないのだから仕方がない。

 

そして2022年7月、イヨ・スカイ(IYO SKY)として、

サマースラム2022の舞台でついにロウ(RAW)に昇格。

 

あれから4年の歳月を要しての一軍昇格だった。

 

もともと私なんかは気楽なものでイオの実力があれば、

2年もすればシャーロット・フレアーと頂点を争っているだろう。

そんなふうに思っていた。

 

ただし、WWEは甘くなかった。

運動神経がいいから、受身が上手いから、

いい試合をするから……それだけで通用する世界ではなかった。

 

より以上のキャラクターに、より以上のパフォーマンス。

数万人の観客と何千万人という視聴者が観戦するなかで

試合を行なう以上、それが要求される。

 

ファンの支持を得るだけではなく、

上(ブッカー)からの信頼が必要だし、

人間同士だから好みだって出てくる。

 

4年かけて、イオはそのスタートラインに立つことができた。

 

なぜ、そこまで頑張れたのか?

なぜ、途中で諦めなかったのか?

どこかで見切りをつけたほうが楽だったのではないか?

 

いろいろと考えてしまう。

結局、そこにはイオだけが持ち得る特長があった。

諦めない才能と誠実な人柄。

 

イオは世渡り上手でもないし、

どちらかといえば口下手だし、

実際は内向的な性格だと思う。

 

それでも誠実な人間性に変わりはないから、

まず周囲の人間から嫌われることがない。

 

お世話になった人たちへの感謝は絶対に忘れない。

そういう点で常識人すぎるのは、

むしろレスラーらしくないのかもしれない。

 

また、周知の通り22歳のとき冤罪事件に巻き込まれ、

22日間も拘置所に勾留されたことがあった。

 

22歳の女の子が一瞬にして奈落の底へ突き落とされた。

そんな不測の出来事にも耐え抜いた。

そのときの心の痛みを知っているからこそ、

人一倍の心の強さも持ち合わせている。

 

8月5日(日本時間6日)、5万9194人の大観衆で埋まった

サマースラム2023(デトロイト、フォード・フィールド)。

 

正直、いまの日本のプロレス界と比較すると想像すらできない大観衆。

彼らが熱狂する空間で、イオの5年越しの夢が現実のものとなった。

 

WWE女子王座選手権は、王者ASUKA、前王者ビアンカ・ベレア、

別格の女王であるシャーロット・フレアーによるトリプルスレット戦。

 

三つ巴の目まぐるしい攻防を制したのは、

ASUKAを丸め込んだビアンカだった。

 

歓喜のベルト奪還に成功したビアンカ。

そこへ登場したのが、MITB(マネー・イン・ザ・バンク)覇者のIYO。

MITBとプリントされたブリーフケースを持参して、

「キャッシュイン」(※いつでもどこでも王座挑戦)を宣言。

 

呆気にとられるビアンカを世界一美しい

ムーンサルトプレスで秒殺し3カウント奪取。

みごとにベルト強奪に成功した。

 

最初は観客も呆気にとられていた。

だが、IYOがベルト奪取をアピールすると、

大歓声と拍手でそれを後押しし、祝福する。

 

IYOはヒールユニットである「ダメージCTRL」のメンバー。

それでも大観衆は、IYOのベルト初戴冠を大歓迎していた。

 

こう一連の試合模様を文章にしてみると、

「そんなのアリ⁉」という感覚を抱くかもしれない。

 

だが、実際に試合内容、その舞台に立ったトップ勢の顔ぶれ、

大どんでん返し、サプライズの結末まで見とどけたら納得いくことだろう。

 

世界から選ばれし人間だけが集ったリング。

そのなかで頂点に立ったIYO SKY。

大歓声で祝福する5万人余の大観衆。

 

この空気感は、世界一の団体である

WWEでしか味わえないものだと実感させられる。

 

とにかく、イオおめでとう!

本当によく辛抱して、よく頑張ったね。

 

すこし時間はかかったけど、

世界一の女子レスラーの勲章をゲットして、

また新しいスタートだよ。

 

たいしてイオの役には立てないだろうけど、

不良オジサンはこれからも応援しているぞ!