4月下旬~5月初めの1週間、女子プロレス界が揺れ動いた。
まずは、団体旗揚げからの最高観客動員数(7503人)を記録した
4月27日のスターダム・横浜アリーナ大会。
メインでは、敗者引退マッチとして上谷沙弥vs中野たむの
ワールド・オブ・スターダム選手権が行なわれた。
これだけの大観衆を集めた理由は、
敗者引退マッチという異例のカードが組まれたから。
そこに尽きるだろう。
両者が引退を懸けるとはいっても、
どうみても追い詰められているのは中野たむ。
左膝の怪我は古傷となり慢性化しているし、
3・3後楽園ホールで行なわれた同一カード、
敗者退団マッチにも敗れている。
契約を解除されフリー参戦という状況。
心身ともに土俵際での出陣となるわけだ。
第0試合を経て、第1試合開始は午後3時。
その20分前に会場に着いた。
バックヤードの自販機でカフェラテを買っていると、
ちょうど中野たむが歩いてきた。
すでに試合コスチュームに着替えている。
女子プロレスラーのコスチュームは頑強に作られているので、
かなり締め付けがキツイという。
そのためメインやセミに出場する選手が、
大会開始前からコスチューム姿というのは珍しい。
とくに、ビッグマッチともなると、
出番まで3時間以上も待つことになるからだ。
そこは人それぞれなのだが、なぜか
たむの場合はいつも着替えが早い。
「おっ、たむさん。元気かい?」
「はい、元気ですよ~」
こういうとき、どう話しかけていいかわからないから、
私の場合はいつも通りの会話にしておく。
「もう着替えてるんだ?」
「はい、すっごい緊張してまして……」
そのセリフとは裏腹に、たむはニコニコしていた。
無理に作った笑顔ではなく、いい素の笑顔。
「着替えるのはいつも早いのに、
入場で槍を忘れて慌てて戻らないようにね(笑)」
「アッハッハッハ! ありがちですよね、ワタシ」
うわの空ではなく、ちゃんと会話が成立する。
あとは、リングですべてを見せるだけ。
たむには、もう覚悟ができているのだな。
そう思った。
第4試合が終わったところで、またバックヤードを歩いていると、
たむが入場ガウンを着てオフィシャルの撮影に応じていた。
あらまっ、ウェディングドレスみたいだ。
「ちょっとお邪魔。
大丈夫、変なことには使わないから(笑)」
オフィシャルカメラマンの邪魔をしないように、
斜め後方からスマホで撮影させてもらった。
「金沢さん、変なサイトに流さないでくださいよ。
いい子いるよ~!とか書いて(笑)」
旧知の女性広報スタッフがそう言うと、
気づいた当人が思わずこちらを向いて笑った。
これまた素の笑顔。
たむは大丈夫そうだ!
その思いがまた強くなった。
思い返すと、中野たむの存在を知ったのは2017年秋ごろ。
当時のたむはパンダのぬいぐるみを持って、
ヒールユニット・大江戸隊のセコンドに付いていた。
あの子は誰だろ?
新弟子かな?
他団体から来たけど、スターダムでは
まだ試合できるレベルではないのかな?
女子プロレスといえば、
スターダムしか観ていなかった私には
まったく知識がなかったのだ。
すでにスターダムに上がっていたのだが、
怪我により欠場中であったらしい。
その直後に正式入団している。
たむが存在感を放ちはじめたのは、
やはりコズミック・エンジェルスを結成してから。
2021年3月、日本武道館でジュリアとの敗者髪切りマッチに勝利。
ワンダー・オブ・スターダム王者となってからトップに躍り出た。
以降、たむはスターダムの一番人気選手となった。
宿敵ジュリアから最高峰の赤いベルトも奪取しているし、
2023年度の『プロレス大賞』女子MVPも受賞している。
その間、つまり2021年3月からジュリアが退団する2024年3月まで。
ベルト云々は抜きにして、その3年間はたむとジュリアの2人が
スターダムを盛り上げてきた最大の功労者だったと思う。
人気面では、たむが上まわっていた。
スターダムの一番人気ということは、すなわち
女子プロ界の人気ナンバー1選手ということでもある。
大会開始から4時間が経過しようかというころ
セミファイナルが始まり、たむが入場ゲートへ向かう。
マスコミ控室から出ようとしたところで、また出くわした。
「よろしくお願いします!」
「はい、頑張って!」
たむは、足を止めてマスコミ控室をのぞき込んだ。
「よろしくお願いしまーす!!」
大部屋の奥までとどくような大きな声であいさつ。
その後、入場ゲートで待機する。
あれ、槍を持ってないなあ。
メインイベント。
煌びやかすぎる入場だった。
アリーナに驚きの声が響きわたった。
槍は必要なく、先にエプロンに置かれていたのだ。
真っ向勝負の26分9秒。
試合は完全燃焼だったろう。
たむは、自らのフィニッシャーである
バイオレットスクリュードライバー、
トワイライトドリームを食らって、
上谷に3カウントを許した。
試合後、互いの素直な気持ちをマイクを手に伝え合う。
マイクを使うことのない2人だけの言葉の交換も見られた。
2人が揃って退場。
それ以上のよけいな演出はなく、
5時間超えの大会は終了した。
上谷もたむもコメントはなし。
そこがまたよかった。
リング上で、ファンの前で気持ちは伝えた。
あらためて何か言葉を発する方が不粋というもの。
また、事前の発表通り、敗れた側の引退セレモニーなどもない。
バックヤードに引き揚げてきた中野たむ。
私の前で足を止めてくれたので握手を交わした。
「試合、どうでしたか?」
「よかった! 素晴らしかったよ」
たむは弾けるような笑顔をみせた。
勝っても負けても試合後に泣いて、
メイクが落ちて捨て猫のようになってしまう(失礼!)。
そんなたむはどこにもいなかった。
覚悟を決めて最後まで走り抜くことができた。
だからこその曇りなき笑顔だったのだろう。
☆PS:中野たむの本名は、田内友里愛というらしい。
某誌のインタビューで自ら話していて、私も初めて知った。
宇宙一かわいいアイドルレスラーを自らのキャッチとしてきたが、
なんとなく本名のほうがアイドルネームっぽいのではないかい!?
とにかく、よく頑張ったね。
たむ、引退おめでとう!
あえて、そう言ってやりたいと思う。