女子プロレスでは約20年ぶりの開催となった

スターダムの4・23横浜アリーナ大会は、

5539人の大観衆を動員した。

 

この数字はスターダム旗揚げ以来、

最高の入場観客数となる。

 

              ©スターダム

 

昨年末の12・29両国国技館大会の集客数は、3868人。

そういえば、大会5日前の12・24後楽園ホール大会で、

ロッシー小川EPに前売りの数字などを聞いてみた。

 

「まだまだ3000というのがひとつの壁なんで。

当日券がどれぐらい伸びてくれるかでしょうね」

 

結果的に、当日券が800枚も売れての3868人。

その数字に小川EPも手応えアリという表情を見せていた。

 

それを考えると、わずか4ヵ月でこれだけゲートを伸ばしたのは驚き。

しかも、横浜アリーナは決して地の利のいい場所とは言えないのだから。

 

今回、総力を結集して開催した興行だけに、

つねにお墨付きの試合内容はもちろんのこと、

演出もド派手で観る者を釘付けにしている。

 

しかも、入場花道のステージには試合中であっても

つねにレーザー光線(?)が流されているなど、

初めてみる演出に目を奪われてしまった。

 

さらに大波乱というべきなのか、

5大タイトルマッチですべての王座が移動。

一夜にして団体内の勢力図まで変わっている。

 

まず第2試合に組まれた人気タレントのフワちゃんによる

プロレス2戦目(林下詩美&天咲光由vs葉月&フワちゃん)で

アリーナにドカンと火が点いた。

 

             ©スターダム

 

デビュー第1戦は昨年の10・23立川大会。

テレビ番組用のタレントによるプロレス挑戦といった

周囲の見かたを完全に覆す試合ぶりを見せつけた

フワちゃんはレスラー、関係者から大絶賛されている。

 

正直いって、ここまでのデビュー戦を見せられたら、

本職の選手たちも堪ったものではなかった。

 

つまり、それ以降デビューする新人選手たちのハードルを

フワちゃんが相当に高くしてしまったからだ。

 

あれから半年、今回もさらに練習をしっかりと積んで

リングに挑んできたことがハッキリと分かった。

 

しかも、対戦相手には林下詩美がデンと控えていた。

言うまでもなく、スターダムのトップの一角を担う選手であり、

体格、パワー、1発の破壊力ではスターダムにあって1、2を争う存在。

 

             ©スターダム

 

その詩美が容赦も遠慮もなく攻めこんでくるのだから、

フワちゃんにとっては第1戦よりもキツかったはず。

それでも真っ向勝負で最後まで闘い抜き玉砕したのだから大したもの。

 

半年間でさらに進化した‟レスラー”フワちゃんを

しっかりと観客の目に焼きつけることに成功した。

 

                    ©スターダム

 

個人的には、試合後の詩美のマイクアピールが響いてきた。

 

「よく聞け。これがプロレスラーだ!」

 

フワちゃんの成長と大奮闘を認め称えながらも、

プロレスラーのプライドを示したひとことである。

 

第3試合のひめか引退試合は、舞華との舞ひめ対決。

ひめかのすべてを受け止めた舞華が、

みちのくドライバーⅡの3連発で引導を渡した。

 

             ©スターダム

 

試合後、肩を組んで引き揚げてきた2人が

並んでインタビュースペースにやってきた。

 

笑顔のひめか、一方の舞華は涙。

その気持ちはだれにでも理解できるだろう。

送り出す側のほうが辛いに決まっているのだ。

 

第6試合からはシングルの大勝負がスタート。

 

まずは、ワンダー・オブ・スターダム選手権。

上谷沙弥vs白川未奈のケジメマッチ。

 

昨年の11・3広島での同選手権試合は凄惨な幕切れとなった。

上谷のフェニックススプラッシュが不完全なカタチで落下。

足が白川の顔面を直撃してしまったのだ。

 

顎がずれ、歯が数本吹っ飛んだ白川の口は真っ赤に染まった。

それでも上谷のカバーをキックアウトしているが、

事実上レフェリーストップと判断した

佐々木レフェリーが3カウントを入れた。

 

ふつうならセコンドに抱えられて退場するような大怪我。

しかし、白川はマイクを手にした。

 

「絶望の血の味がするよ。

この地獄から這い上がってやるよ」

 

そればかりか、バックヤードでもコメントを出している。

以降2カ月弱の欠場期間を経て、12・29両国大会で復帰した白川。

 

あのアクシデントが運命の糸となって2人を繋げた。

フェニックススプラッシュを封印してきた上谷と、

11・3広島の続きを宿命づけられた白川。

 

              ©スターダム

 

両選手がともに望んだ白のベルトを懸けたケジメマッチ。

王者と挑戦者の持ち味が存分に発揮された闘いは、

観ていて心地良かったし、リング上に釘付けとされた。

 

中盤、フェニックススプラッシュの体勢に入りながら逡巡する上谷には

ムーンサルトを逡巡する武藤敬司の名シーンがオーバーラップする。

 

              ©スターダム

 

それでも、意を決して完璧なフェニックススプラッシュ。

それを意地でキックアウトしてみせた白川。

 

得意の一点集中攻撃から白川が足4の字固めへ。

足4の字でこれだけ沸かせる女子プロの攻防も珍しい。

両者の間に出来がったナチュラルストーリーを、

観客が完全に理解しているからこそだろう。

 

              ©スターダム

 

最後は上谷の足を4の字式に固めた白川が、

フィギュア・フォー・ドライバーMINAを決め3カウント。

激闘を制し初めて白いベルト(第17代王者)を巻いた。

 

                        ©スターダム

 

プロレスには、こういった奇跡のストーリーがあるから面白い。

もし、あの広島でフェニックススプラッシュが決まっていたら

今回の白川の挑戦はなかったろうし、

ベルトを巻くこともなかったかもしれない。

 

あのアクシデントにも折れることなく、

それを自分のモチベーションに変えて、

心身ともに強くなった白川未奈。

 

すべての舞台設定が整ったうえでの好試合。

これは、文句なく名勝負だった。

 

第7試合は、女子プロレス最強決定戦と銘打たれた

朱里と橋本千紘(センダイガールズ)の一騎打ち。

 

過去のシングル戦では、朱里の2勝1敗。

ただし、それも3年前までの戦績である。

この3年でキャリアを積んだ橋本はさらに強くなっている。

 

試合ルールは、3カウントフォールはなしで、

ギブアップ、KO、レフェリーストップのみで

勝負が決する完全決着ルールが採用された。

 

             ©スターダム

 

朱里の打撃(蹴り)、サブミッションか?

橋本のパワーとスープレックス(オブライト)か?

 

真正面からガンガンとぶつかり合う両選手。

ただし、直線型の橋本に対し朱里のほうが引き出しは多い。

 

最後は朱世界から顔面蹴りを一閃。

タフな橋本も立ち上がれずに10カウントを聞いた。

 

             ©スターダム

 

悔し涙の橋本はリベンジを誓う。

 

一方の朱里は、今後もセンダイガールズとの試合を希望し、

橋本との再戦ばかりかタッグ結成もアピールしている。

 

朱里と橋本のライバル関係。

スターダムvs仙女の対抗戦は、

この先も続行されそうな気配である。

 

第8試合のセミファイナルで行なわれたIWGP女子選手権。

メルセデス・モネvs岩谷麻優の初一騎打ち。

 

ここに至るまで散々モネに翻弄されてきた岩谷が、

シリアスモードで王者に挑んでいった。

 

WWE女子の頂点に立っているモネと、

技術面ではスターダム№1と目されている岩谷。

 

攻め、受け、ポジショニングと両者ともお見事。

これぞ世界標準の女子レスリングという感じ。

 

             ©スターダム

 

ハイレベルの攻防に決着をつけたのは岩谷。

顔面キック、ムーンサルトプレスから切札の

二段式ドラゴンスープレックスで念願のベルト奪取。

 

ひさしぶりに素の喜びを爆発させた岩谷。

 

             ©スターダム

 

スターダムのすべてのベルトを巻いてきた岩谷は、

まだ30歳になったばかりなのだが、

ここ最近すこし目標を失いかけていた。

 

そこに新設されたIWGP女子ベルト。

初代王者決定戦ではKAIRIに敗れている。

それだけに、IWGP女子王座戴冠への執着は募るばかり。

 

5ヵ月越しの大願成就。

バックヤードでも笑顔がはじけていた。

 

                   ©スターダム

 

また、モネはさすがの実力者でありパフォ―マー。

スターダムの選手たちの多くが世界標準を体験できるよう、

是非とも継続参戦してほしいと思う。

 

メインイベントは、ワールド・オブ・スターダム選手権。

テッパンカードと称されるジュリアvs中野たむ。

 

             ©スターダム

 

今大会の開催が発表されたのは、1月下旬だった。

それ以降、王者のジュリアは鈴季すず(2・4大阪)、

雪妃真矢(3・4代々木)と2度の防衛に成功している。

 

あくまで個人的な見解なのだが……

ジュリアが3・4雪妃戦でベルト防衛に成功すれば、

次の挑戦者は林下詩美だろうと予想していた。

 

2019年12月にジュリアがスターダム移籍第1戦を

行なってから3年以上も経過しているが、

ジュリアvs林下のシングル戦は一度も実現していないからだ。

 

いわば、大物トップ選手同士による未知との遭遇。

その舞台となれば、横浜アリーナが相応しい。

 

それに、ジュリア、詩美ともに、

互いを意識したコメントを昨年から

何度か口に出してきた。

 

そういう経緯もあって、私は勝手にそう予想していたわけだ。

ところが、いち早く動いたのは中野たむだった。

 

ジュリアにとって、初防衛戦(鈴季すず)、

2度目の防衛戦(雪妃真矢)は外敵とのタイトル戦であり、

言ってみれば元アイスリボン同士によるケジメの闘い。

 

無論、試合内容はタイトルマッチとしてスリリングだったし、

人間ドラマにも溢れていたから充分に響いてきた。

 

ただ終わってみれば、今後の防衛ロードを考えていくうえで

プロローグと位置づけされてもおかしくはない。

 

3度目からが、内部闘争。

スターダム内での頂点争い。

そんな空気を感じていたのだ。

 

そこで、誰よりも早く行動に移したのが中野たむ。

3・4代々木で雪妃を相手に喧嘩マッチを展開した末に、

両者リングアウトながらⅤ2に成功したジュリアに挑戦を迫った。

 

唐突な感も否めなかったが、

両選手は2年越しのライバル関係にある。

 

また、たむのほうからすれば焦っていたというか、

不退転の覚悟をもっての挑戦宣言でもあったのだろう。

 

というのも、コズエンに関しては何かと話題を集めながらも、

ことシングル戦線における、たむはまったく結果がついてこない。

 

2021年12月、上谷沙弥に敗れ白いベルトを失ってからシングル王座に縁がなく、

昨年10月の『5★STAR GP』決勝でもジュリアに敗れている。

 

極めつけは、新日本の1・4東京ドームで行われたIWGP女子王座戦。

初代王者のKAIRIに挑戦したものの、わずか5分47秒で敗れた。

 

私などは、タイトルマッチは時間ではないと思っている。

実際、ゴング直後からスパートをかけたKAIRIとたむの攻防は、

15分で展開するような闘いを6分弱に凝縮したような中身の濃い試合。

 

好勝負だったと思う。

 

ただ、結果だけをみれば5分余のタイトルマッチ。

極論するなら、たむは5分で負けたオンナとなってしまう。

 

たむも、悔しさと屈辱にまみれ、

試合後のコメント中に涙が止まらなかった。

 

その後も、どうにも浮上の目が見えてこない。

シングルプレイヤーとしての存在意義を考えたとき、

追い込まれてしまった中野たむ。

 

そこで、自分とは正反対に眩しいばかりに輝いている

ジュリアへの挑戦を迫ったのだろう。

 

横浜アリーナのバックヤードでは、

試合後のインタビュースペースと、

いくつかに分かれている選手控室がすぐ近くにある。

 

だからコメントをとりにいくと、

否応なく試合の準備をしている選手たちにも出くわす。

 

選手たちは、自分の出番の前の試合が始まったころに控室を出て、

入場ゲートのある場所まで移動して待機している。

 

ところが、たむだけはメインを迎える3試合も前から

試合コスチュームで控室の外に出てじっとたたずんでいた。

 

誰も声をかけないし、

声をかける雰囲気ではない。

 

表情がかたい。

集中しているというか、半端ない緊張感が伝わってくる。

 

入場シーンでもそうだった。

記者席は入場ステージ側の下手の設置されていたが、

選手の表情などはアリーナ中央のスクリーンに映される。

 

たむの顔がアップになったとき、

私の隣席にいた三田佐代子さん(サムライTV)が、

「たむさん、メチャクチャ緊張してません?」と話しかけてきた。

 

なんというか、覚悟を決めたド緊張顔だった。

 

一方のジュリアは鋭い視線ながら余裕というか、

貫禄さえ漂わせる華やかな入場パフォーマンス。

 

過去のシングル戦はジュリアの3勝2敗。

ライバル同士がガッチリとロックアップした。

 

開始早々にジュリアがノーザンライトボム。

さらにリング下のテーブルを持ち出す。

ここ最近、ジュリアがよく見せるハードコア戦法へ。

 

             ©スターダム

 

ただし、ジュリアが狙った机上パイルドライバーはたむが回避。

このハードコア殺法はつねにジュリアにとって表裏一体となる。

昨年末の朱里戦でも雪妃戦でもダメージを被ったのはむしろジュリア。

それもあって、試合後のジュリアはいつも傷だらけとなる。

 

しかし、今回はたむだけが大ダメージを受けた。

コーナー最上段のたむをエプロンからジュリアが

デッドリードライブで投げつけたのだ。

 

凄まじいテーブルクラッシュにたむが悶絶。

ジュリアがノーダメージという珍しい展開へ。

 

さらに特設花道ステージへ連行するが、

ここではたむが逆襲して流れを引き戻した。

 

              ©スターダム

 

リング上に戻ると意地の張り手というか、ビンタ合戦。

2年前の日本武道館決戦、髪切りマッチがオーバーラップしてくる。

 

ただし2年前以上だった。

ジュリアがストレートパンチ一閃。

 

さらに、バックドロップ、グロリアスドライバーと追撃。

たむも反撃のジャーマンスープレックス、

掟破りの雪崩式ダブルアームスープレックスを見舞う。

 

             ©スターダム

 

互いの大技が交錯するなか、ジュリアがタイガースープレックスを放てば、

たむもノーザンライトボムと相手の得意技でラッシュをかける。

 

             ©スターダム

 

トワイライトドリームはカウント2でキックアウトしたジュリア。

しかし、雄叫びをあげるたむのバイオレットスクリュードライバー
(垂直落下式ファルコンアロー)で3カウントが入った。

 

             ©スターダム

 

23分40秒、最高峰を争うに相応しい闘いに決着がついた。

たむが初の赤いベルトを戴冠、第16代王者となった。

3度目の防衛に失敗したジュリアは、4カ月天下に終わった。

 

アリーナの応援ムードは五分五分という感じだったが、

王座移動の瞬間は驚きの空気感に包まれていたように感じる。

 

というのも、前王者(朱里)、前々王者(林下詩美)ともに、

約1年という長期政権を築いていたこともあるからだろう。

 

ワールド・オブ・スターダム王座は簡単には移動しない。

そういう感覚をファンも抱いていたし、

マスコミもそちらのイメージに慣れていた。

 

まして、いまのジュリアは乗りに乗っている。

それを打ち崩したは、たむの執念だった。

土俵際まで追い込まれていた、たむの不退転の覚悟が

先を行かれていたライバルのジュリアを上まわったのだ。

 

             ©スターダム

 

初めて赤いベルトを腰に巻いた中野たむ。

正直いって、たむには白のイメージが強すぎる。

だから、赤のベルトがまだしっくりこないようにも見えた。

 

これから王者として、たむがやるべきことはハッキリしている。

赤のベルトにたむが染まることではない。

たむが赤の象徴というイメージをファンに植え付けることだ。

 

             ©スターダム

 

一方、敗れて横浜アリーナの高い天井を

長い時間見上げていたジュリアは何を思ったのか?

 

それはもう、試合後のコメントがすべてを物語っている。

 

「私はこの赤いベルトを手に入れたとき、ベルトは守るものじゃない。

自分より強いやつ、自分より面白そうなやつと闘うためのチケットだと言った。

それは本当に心から。やりたいこといっぱいあったんだよ。

獲られちゃいましたね、奪われちゃいましたね。

でも、私は死んじゃいねえよ。生きてるよ。

生きてるからなんでもできるよ。

また出直してよ、獲りにいくよ。

またやらなくちゃいけないことが、私にはもうひとつ増えたってことで。

またここから精進したいと思います。

短い防衛ロードだったけど、楽しかったよ。

また獲りにいきます。ありがとうございました」

 

たむに3カウントを奪われた瞬間、

ジュリアが抱いていた青写真はすべて崩れ去った。

 

ただし、ジュリアというプロレスラーが築いてきた価値観、

ファンに見せつけてきた生きざまが崩れることはない。

それはベルトを失ったからといって、崩れ去るものではない。

 

 

この半年余を振り返ってみてほしい。

昨年10月1日、『5★STAR GP 2022』で初優勝を達成して以来、

ジュリアのメディアへの露出度は凄まじいまでに増えた。

 

それはプロレス関連のメディアにとどまることなく、

地上波テレビの出演をはじめ一般メディアからのオファーも殺到した。

 

わずか半年余で、ジュリアはスターダムだけではなく、

女子プロレス界における現役選手の‟顔”となったのだ。

 

ビジュアルの良さに加え、頭がスマート。

ジュリアだけが持ち得るスター性が開花した。

 

というより、メディアサイドが女子プロレス界の

スターを待望していた結果とも言えるだろう。

 

決して諦めることも、めげることもないオンナたち。

 

中野たむの王者ロード。

ジュリアの復活ロード。

ネクストの闘いはすでに始まっているのだ。

 

 

★スターダム4・23横浜アリーナ大会のベストマッチ

ワンダー・オブ・スターダム選手権(白川未奈vs上谷沙弥)

 

★スターダム4・23横浜アリーナ大会のMVP

メルセデス・モネ