大谷晋二郎が倒れた。

 

ZERO1・20周年&21周年記念大会~プロレスのメインイベント。

杉浦貴(ノア)の保持する世界ヘビー級王座へのチャレンジ。

 

周知の通り、左腕両骨骨折という重傷を負ってから、

1週間前に7ヵ月ぶりの復帰戦を行なったばかりだった。

 

それでも、大谷は凄まじい闘いを披露してくれた。

ここ数年で、最高の大谷晋二郎を表現していたといってもいい。

 

ところが15分過ぎ、杉浦得意のコーナーマットへの

ジャーマンスープレックスを食らって動きが止まった。

 

コーナーでダウンしたまま、ピクリとも動かない。

いや、動けないのだ。

ダウンカウントを入れていたレフェリーが、

その途中で大谷に駆け寄り状態を確認する。

 

すぐさま、ストップのゴングが鳴り響いた。

ただごとではないのは、一目瞭然。

 

ロープがすべて外され、救急隊員によって

ストレッチャー乗せられた大谷は、

都内の病院に緊急搬送された。

 

観客は固唾を飲んで見守るしかなかった。

私も放送席で言葉を失いかけた。

 

ゲスト解説についていた蝶野選手は

自らの判断でヘッドセットを外し、

大谷の容態を確認しに行った。

 

5時間45分に及ぶ、全16試合の超ロングラン興行。

その幕切れはハッピーエンドとはいかなかった。

 

さまざまな過去の光景がアタマをよぎる。

 

2001年3月2日、両国国技館。

ZEROーONE旗揚げ戦で村上一成(現・和成)

に血だるまにされKO負けを喫した大谷。

 

2011年3月6日、両国国技館。

ZERO1旗揚げ10周年興行「プロレス」のメインで

高山善廣のエベレストジャーマンに沈み大の字となった大谷。

 

                ●撮影/大川 昇

 

私は、この写真が好きだ。

11年前、無謀と言われていた両国大会を強行開催し、

大成功に導いた大谷は泣いた。

 

嬉し泣き、悔し泣き。

感情を大爆発させた瞬間だった。

 

今回こそ、勝利の雄叫びをあげる大谷を見たかった。

4月2日の深夜、大谷からメールの着信があった。

 

「金沢さん!

4/10両国国技館大会の解説、

心から宜しくお願いします!!」

 

「全力投球で行きます!

力尽きて倒れるときは前のめりで。

大の字は晋ちゃんの十八番なので……

いや、今年こそ勝利の雄叫びだぜー!!」

 

「了解しました!

頑張ります💪」

 

その1週間後に、まさか、こんな結末が待っていようとは!?

 

ZERO1からのリリースによると、

怪我名は、頚髄損傷。

本人の意識は安定しており、

医師や家族とも会話ができる状況。

13日に今後の悪化を予防するための手術を行なう。

 

ともかく、命には別状なし。

ひとまず、よかった。

 

これまでなんど倒れても、どんなに過酷な状況に陥っても、

そのたびに立ち上がってきた大谷晋二郎。

 

私にとっての大谷晋二郎は、

最高のプロレスラーにして、

かけがえのない友人でもある。

 

晋ちゃん、信じているぞ。

俺は、待ってるよ!

 

 

これは、大会オープニングの挨拶シーン。

左から工藤めぐみGM、ブル中野さん、

蝶野アンバサダー、そして大谷。

 

14時スタートの試合が、

エンディングを迎えたのは、19時45分。

 

 

全16試合、なんと5時間45分興行。

私は全試合の解説についた。

 

ワタシ史上、最長タイム、最多試合の解説。

ただし、不思議と疲労感はなかった。

試合がバラエティに富んでいておもしろかったから。

 

 

同時に、ラストの試合。

素晴らしい闘いの末に壮絶な結末。

国技館を包む重苦しい、やるせなさ。

 

観客も他の選たちも、関係者、

テレビスタッフ、マスコミも、

みんなが同じ空気を味わった。

 

晋ちゃん、俺は約束は果たしたと思っている。

記憶違い発言もしてしまったけど、

全力投球で務めあげたよ。

 

だから、すこし時間がかかってもいいから、

かならず元気な姿を見せてくださいね!

 

オータニ! オータニ!! オータ二!!!