新日本プロレスの7・1&2後楽園ホール大会では、
CHAOSトリオvs第三世代によるじつに濃厚な試合が展開された。
これは、2日目のメインイベントで行なわれた
NEVER無差別級6人タッグ戦のエンディング。
●写真提供/新日本プロレス
まさに驚きのシーンを見ることになった。
自分にも他人にも厳しく、だれにも媚びない漢である石井智宏が
自ら第三世代に歩み寄って3人と握手を交わしたのだ。
それだけ王者トリオにとっても、挑戦者の第三世代にとっても、
完全燃焼した2連戦であったことを物語っているのだろう。
初日は前哨戦として、YOSHIーHASHIvs天山広吉、後藤洋央紀vs小島聡、
そしてメインでは石井智宏vs永田裕志の一騎打ちが組まれた。
YOSHI-HASHIがバタフライロックで天山からタップを奪い、
小島が‟元祖”スタン・ハンセン直伝の豪腕ラリアットで後藤を撃沈、
1勝1敗の戦績を受けて肌をぶつけ合った石井vs永田戦では、
かつての名勝負数え唄が甦った感じ。
今から15年前、2006年にフリーとして新日本マットに活動の場を求めた石井。
毎日が勝負、「1試合でもショッパイ試合をすれば切られるかもしれない」という覚悟のもと、
WJで長州力に鍛えられたストイックなプロレスを全力で展開していた。
そんなとき、地方巡業中の青森で突然組まれた永田vs石井の初シングル戦。
これが運命的な出会いとなった。
「最近テーマのない試合が多かったけど、
初めて石井とやって気持ちよかった。
いまは本当に晴れ晴れとした気分です」
「あの人は俺のすべてを受け止めてくれた。
気持ちのいい試合ができました。
プロレスラーになって、こんな気分になるのは初めてかもしれません」
無論、当時はまだ『新日本プロレスワールド』など存在していないから、
このローカルマッチが映像として残っているわけがない。
ただし、テレビ中継もない薄暗い会場で、
当時まったく格の違う両者が互いを認め合ったのだ。
それ以降、肌を合わせるたびにバチバチの攻防を展開する両選手。
そのサマを「格の違う名勝負数え唄」と私は記述してきた。
もちろん、石井からは「‟格の違う”を早く取ってくださいよ」と苦笑いで抗議されている。
そして、2014年の『G1』公式戦(8・8横浜大会)。
ついに、石井がシングルで永田から初勝利を奪取。
以降、私が‟格の違う”の部分を消去したのは当然のことだった。
●写真提供/新日本プロレス
じつに、初遭遇から15年の歴史を刻んできた永田vs石井の闘い。
遺恨も因縁もない、魂のぶつかり合いはつねに好勝負となった。
今回も凄まじかった。
石井の逆水平チョップの連打で永田の右胸が赤黒く変色し、
ミミズ腫れができて筋が何本も浮き出てきた。
怒りの永田も蹴りのラッシュとスープレックス、サブミッションで反撃。
雪崩式ブレーンバスターには、雪崩式エクスプロイダーでお返し。
だが、永田の必殺バックドロップ(ホールド)を完封した石井が
垂直落下式ブレーンバスターで勝負を決めた。
●写真提供/新日本プロレス
場外で悔しさを顕にする永田に対し、
リング上から無言で右腕を突き上げアピールする石井。
そして、翌2日、本番のNEVER無差別級6人タッグ戦へ。
真っ向肉体勝負のぶつかり合い、さらに互いの連携技が飛び出す。
その一方で、相手チームの連携、合体攻撃を読んで切り返す。
天山=50歳、小島=50歳、永田=53歳。
年齢からくる衰えなど微塵も感じさせない闘い模様。
最後は、後藤が小島にリベンジし、CHAOSトリオがⅤ7に成功。
●写真提供/新日本プロレス
そして、石井が第三世代に向かってなにかを訴えた。
永田によれば、「お前らとは何度でもやってやる!」という
ニュアンスの言葉を吐いてから握手を求めてきたという。
石井による「本隊の腰抜けども」発言によって火を点けられた第三世代。
第三世代の意地と底力を引き出し、真っ向からぶつかったCHAOSトリオ。
同時に、石井は第三世代へのリスペクトの念を握手というカタチで示したのではないか?
こんな時代だからこそ、コロナ禍による特殊な状況だからこそ、
陰の実力派たちが存在感を見せつけた2日間だったと思う。
今回も、新日本プロレス・オフィシャルスマホサイトにて、
濃密すぎる2日間を徹底総括している。
とくに、永田vs石井ストーリーに焦点を当ててみた。
まあ、ぜひ読んでみてね!
『号外!“GK”金沢克彦の新日本プロレス通信』!
「濃密すぎた2日間で思い知った“第三世代の底力”、
火を点けた“石井のプロ魂”」7.1&2後楽園を大総括!!