ノアの2・12日本武道館大会。

全試合のPPV配信解説についていたために、

バックステージでの出来事はあとで知った。

 

 

第3代GHCナショナル王者である拳王が

5度目の防衛戦に迎えた相手は、

拳王自身が「最強の男」と認める船木誠勝。

 

1・31後楽園ホールでの前哨戦では、

胴締めスリーパーホールドで落とされる屈辱を味わい、

あたらめて船木の強さ、凄みが立証される格好となった。

 

「今日のままだと負ける気はしない」

 

試合後の船木は自信にあふれていた。

一方、3月5日の調印式に出席した拳王はこう語った。

 

「あいつの間、間合い。

あいつが培ってきた間合いとの勝負で、

俺はもうひとつ上に行ってやろうと思っている」

 

セミファイナルで実現した拳王vs船木。

拳王の言う‟間”とは、よくプロレスの試合でいうところの、

緩急があって間のとり方が上手いとかその類の‟間”ではない。

 

要はリーチ差のある船木との間合いをどうとって、

どう踏み込んで勝負を懸けていくか、そちらの間である。

 

寝技に入ったときの技術、経験値ではもちろん敵わない。

そこをどう克服して打撃に活路を見いだすか?

 

まさに、この一撃だった。

掌底の打ち合いから、

ここぞの右ハイキックが船木の頭部にズバリとヒット。

すかさずドラゴンスープレックスで3カウント奪取。

 

10分10秒の果たし合い。

決してノアらしい試合とはいえない闘い。

ただし、放送席の天龍源一郎は絶賛した。

 

 

「いい試合だったね。

まったく気が抜けない緊張感に包まれていて。

これが嘘偽りのない、プロレスの原点だと思ったね」

 

天龍さんを納得させたのだから、文句なし。

 

じつは大会後、この話を船木に伝えると、

「嬉しいですね。ミスタープロレスから褒められたなら最高じゃないですか」

と笑顔全開で素直に喜びを表現していた。

 

そこで、当日は知るすべもなかったバックステージでのお話。

なんと、試合後勝利者インタビュー中の拳王のもとにカシンがやって来た。

 

「ちょっとちょっと最強じゃないけど、オレも夢を叶えたい。

オレの夢はチャンピオンになること、ナショナル王者にね」

 

その場の空気もあるのだろうが、拳王は受諾。

カシンがさらに続ける。

 

「正々堂々とセコンドはなし、反則なし。

わかったか? 汚いマネすんなよ」

 

 

うーむ、どの口が言っているのかと思うような、

正々堂々、真っ向勝負発言を残したカシン。

 

さらには、そのあとにインタビュールームにやってきた

船木にもあらためて挑戦を宣言。

すでに3・3後楽園ホールにおける『ストロングスタイル』での

船木誠勝vsケンドー・カシンは発表済みだった。

 

「それはやりますよ」と船木もあっさりとカシンに返答した。

 

さて、2・12日本武道館からの三夜明け会見には拳王も出席している。

3・7横浜武道館でカシンとのナショナル王座6度目の防衛戦が決まった。

 

拳王は、船木戦での充実感と日本武道館大会が

大成功に終わったことの満足感を口にしたあと、カシン戦を語った。

 

「桜庭和志、船木誠勝、とても手強い相手と防衛してきたなかでケンドー・カシン。

ひさびさにちょうどいい相手だろ。そのぐらいの印象だよ。

杉浦軍での行動を見ていると、実力認めるような行動してねえだろ。

それが答えだよ」

 

 

まあ、たしかに杉浦軍でのカシンは相変わらずの奇行ぶりを発揮している。

ボスの杉浦と事あるごとに同士討ちの仲間割れ(?)を繰り返し、

むしろそれが名物となっている感がある。

 

あ、これもあとで知ったことなのだが、

武道館当日のカシンのボディシールは、

なんとプロレスリングNOAHの新ロゴマークだった。

 

試合そのものより、こういう細かい部分への準備がつねに万端。

それがカシンらしさなのかもしれない。

 

これまでの拳王によるナショナル王座の記録を振り返ってみると、

昨年の8・4後楽園ホールで中嶋勝彦からベルトを奪取して以来、

①潮崎豪②清宮海斗③桜庭和志④村上和成⑤船木誠勝と

申し分のない相手と好勝負の末に防衛を重ねてきた。

 

さて、カシンはどうなのか?

まず、カシン自体が意外に厳しいノルマを課せられていることがわかる。

 

3・3『ストロングスタイル』での船木との一騎打ち。

もし、この試合に敗れるようなことがあれば、

拳王への挑戦に向けての機運が下がってしまう。

どんな手段を使っても、ここを突破しなければならないわけだ。

 

同郷(青森県人)で一歳下ながらマット界では大先輩にあたるのが船木。

船木とカシンの関係はかなり昔にまでさかのぼる。

 

1992年に新日本プロレスに入門し9月にデビューしたカシンは、

翌93年にレスリングのプロ・アマオープン化にともない、

3月にアジア選手権代表選考会、6月に世界選手権代表選考会に出場した。

 

全日本学生選手権3連覇、全日本選手権王者(1991年)という実績を持ちながら、

さすがにブランクが響いたのか、どちらも2回戦、1回戦で敗退。

この敗戦をもってアマチュアへの踏ん切りはつけたものの、

強さを求める挑戦はつづき、7月、藤原喜明とノールールマッチで30分闘い抜いた。

 

当時、第1回UFC、パンクラスも旗揚げ前であったことから、

のちにこの藤原vs石澤戦は日本初、いや世界で初めてプロレスのリングで決行された

バーリトゥードマッチと位置づけされているのだ。

 

そのとしの暮れ、カシンはパンクラス移籍を真剣に考えていた。

プロレスに総合ルールを採用した世界初の試みで旗揚げしたパンクラス。

鈴木みのるとは高校レスリング時代からの顔見知りだったし、

高橋和夫とは大学レスリング同学年で旧知の間柄。

その関係から同じ青森県人の船木とも面識ができていた。

 

「強くなりたい!」

 

カシンの思いはそれだけだった。

ところが、94年の契約更改の席で長州力に諭された。

 

「そこで食っていけるのか?

お前の気持ちは、わかる。

だけどプロである以上、まず食っていけるかどうか、

そこが一番大事なんじゃないか!」

 

この言葉が突き刺さった。

結果、カシンはパンクラス移籍を断念した。

断念はしたものの、藤原組への出稽古は続けていたし、

佐山聡主宰のシューティング大宮ジムにも通い、

まだ無名のころのエンセン井上らと練習で腕を磨いた。

 

その後、海外遠征を経てカシンはどっぷりとプロレスに浸かったかのように見えたが、

総合格闘技の大会に出陣して7戦しているのは周知の通りだろう。

 

戦績は1勝5敗1分け。

ハイアン・グレイシーにリベンジした一戦を除けば、

ほとんど緊急オファーを受けての出場だったことを考えたら、

仕方のない結果であったような気がする。

 

ただし、当時練習パートナーを務めていた藤田和之はこう言っていた。

 

「いまでも石澤先輩は強いです。

タックルのキレもあるし、上を取られたら身動きできませんよ」

 

そう、これがカシンのグラウンド最強伝説(?)なのだ。

見た目とは大違いでおそろしく力が強い。

握力が半端なく強い。

 

だから、カシンに上をとられてしまうと、

どんな選手でも返しようがないという。

船木が「日本最強の格闘家は藤田和之です」と認めた藤田でさえ、

寝技でカシンに上に乗られると返せないというのだ。

 

ただ、本来カシンはプロレスと総合は別ものと考えているから、

試合で懐刀を抜くことはまずない。

 

悪魔仮面のキャッチフレーズ通りに、

一筋縄ではいかない奇想天外なプロレスを貫いている。

 

そこでカシンが総合格闘技の世界レベルの強者と闘った試合が

ひとつ参考になるかもしれない。

 

2015年2月20日、IGF『GENOME32』が開催されたTDC大会。

青木真也がGENOMEルール、つまりプロレスルールに初挑戦した試合。

その対戦相手を務めたのが、カシンだった。

 

カシンの場外戦術、急所攻撃など、あらゆるプロレス殺法を拒絶した青木だったが、

巧妙なカシンは青木を場外戦に引きずりこんで鉄柵攻撃、イス攻撃の洗礼をあびせ、

ロープブレイクのスキをついて急所蹴りまで見舞った。

 

最後は青木の必殺スリーパーに捕えられながら、

そのままコーナーパッドを蹴って後方へ一回転し、

あっという間に3カウントを奪ってみせた。

 

試合後、狐につままれたような表情を見せていた青木だったが、

翌日、「ここ何年かにない緊張感でした。とにかくカシンは強かった」とツイートした。

おそらくカシンでなければ、青木をここまで納得させる試合はできなかったと思うのだ。

 

私が、拳王vsカシンに抱くイメージに近い試合が

このカシンvs青木戦なのである。

 

ただし、ケンドー・カシンのことだから、

いったいどんな試合を展開するのかほぼ予測不能である。

 

懐刀を抜いて、船木、桜庭にも劣ることのない寝技の強さを見せつけるのか?

悪魔仮面そのままに、反則を交えたありとあらゆる奇手を使って拳王を攻略するのか?

あるいは、そのハーフ&ハーフで挑んでいくのか?

 

桜庭、船木を突破した拳王は、「ひさびさにちょうどいい相手」と評しているが、

とにかく勝ちを狙いにきたときのカシンを舐めてはいけない。

川田利明も諏訪魔もそれにしてやられた過去があるからだ。

 

【追伸】

……などと真面目に拳王vsカシン戦の行方に注目しているところで、

ノアのリングにライオン丸海賊男が出現したという。

2・21仙台PIT大会、大原はじめをPFSで仕留めた拳王を海賊男が急襲した。

 

海賊コスチューム&海賊仮面の下には懐かしのライオン丸マスク。

しかも、その前の試合に出場した杉浦貴だと自らの正体を明かした。

どう見ても、カシンの体型、カシンの声でのアピール。

 

ああ、どうなることやら……!?