期間は4週間、全19大会という史上空前の規模で開催中の

新日本プロレス『G1 CLIMAX25』(以下、『G1』)は、

本日4日の仙台大会からようやく後半戦に突入する。


まあ、過酷・苛烈なリーグ戦を物語るように、

怪我人が続出するなか、なんとか折り返し点を迎えた。


ワタクシ金沢がようやく現場の『G1』に初参戦を果たしたのは、

1日の大阪府立体育会館大会から。


7・5大阪城ホールに1万1400人(超満員)の大観衆を集めながら、

あれから1カ月弱にも関わらず、館内はギッシリ埋まっていた。

これで発表は、4523人のノーマーク。

えっ、超満員でいいんじゃないの!?

そう思ってしまうほど2階席まできれいに入っていたのだ。


まあ、一言でいうなら、ここ2年ほどの大阪大会にハズレなし。

もっと言うなら東京のファンよりカード編成に恵まれているのではないか?

そう思えるほど、大阪大会は毎度毎度充実している。


私は、テレビ朝日『ワールドプロレスリング』、『スカチャン』、

さらに『新日本プロレスワールド』の解説者として全戦放送席に座った。


凄まじかったのは後半3試合。

まず、本間朋晃vsマイケル・エルガン。

前年『G1』から数えると公式戦13連敗中の本間。

しかし、みんながコンディション調整に苦慮するなか、

本間だけは元気いっぱい、明るさいっぱい。

試合前も、報道陣に笑顔で話し掛けてくる。

ついに、片目が開くか?

期待は膨らむ。


一方のエルガンは1勝しているものの、

中邑真輔からの不戦勝によるもの。

まだ自力勝利はない。


この試合が素晴らしく白熱した。

本間の魅力もエルガンの魅力も全開。

この1年、確実に本間は成長していることを見せつけた。


ハッキリ言って、ずんぐりむっくりのエルガンは格好よくない。

というか、格好悪い部類に入るかもしれない。

だけど、先頃のWWE日本公演に初来日し大活躍した

ケビン・オーエンズを思い出してほしい。

なにもマッチョばかりがもてはやされる時代ではないのだ。


みんながマッチョで節制しているからこそ、

デブでパワフルでスピードがある、

このギャップが反対に受ける時代となるのかもしれない。


絶対に諦めない本間の縦横無尽のこけしロケットと、

常識ハズレのエルガンパワーが真正面から噛み合い、

館内は大爆発!

最後はエルガンボムにて決着。


大阪ファンは本当に優しい。

全力で玉砕した本間への声援は当たり前として、

凄まじい試合を披露した初物のエルガンに対しても大歓声で勝利を祝福。


なにか、とてもいいものを見たなあ

と軽い感動さえおぼえた。


                  ※昨年8・1後楽園の公式戦 Ⓒ大川昇


セミには、欠場中の真輔が登場した。

7・26広島大会から欠場していた真輔が

4日間の休養期間を経て復帰した。


正直、館内には欠場もやむなしという空気が流れていた。

過去に、『G1』を途中欠場して復帰した選手は皆無となるからだ。

ところが、大会開始前、尾崎リングアナから「真輔復帰」が告げられると、

館内はお祭り騒ぎの大歓声に包まれた。


新日本からは左腕負傷という発表で、

怪我の詳細は公になっていない。


ただし、怪我はカール・アンダーソン戦(7・23静岡)で負ったもので、

その箇所が悪化して欠場に至ったということがわかった。


いずれにしろ軽傷とは言い難いようで、

真輔は左腕をテーピングでグルグル巻きにして入場してきた。


星勘定もあるだろうが、

やや強引で見切り発車的な復帰にも感じる。

それは、相手が石井智宏だから。

それも多分にあったようだ。

石井とはたんにCHAOSの同志というだけではなく、

プロレス観が似ている。


エリートと雑草育ちで、成長過程はまったく違っても、

互いのプロレス観、感性を認め合っている。

石井が初めてNEVER無差別級のベルトを奪取したとき。

その傍らには真輔がピッタリとついていた。

石井の第一声も「真ちゃんのおかげだよ!」だった。


石井は容赦なしだった。

ただし、真輔の左腕には触れない。

触れる必要はないし、そこを攻めて勝ったところで

なんの意味もないことを自分自身がイチバンよく知っているからだ。


1年に1度だけ、互いの気持ちをぶつけ合える『G1』という場所。

昨年は、真輔の勝利に終わった。

そしてまた今年も勝ち星以上のものを求めて、

2人が心と身体をぶつけ合った。

最後は、猪突猛進の石井のアゴに真輔がカウンターのボマイェ。


ダウンした石井の手を握り締めた真輔は、

感謝の意を示したように見えた。




メインでは、『G1』前半公式戦における随一の大一番が組まれた。

オカダ・カズチカvs後藤洋央紀。

IWGPヘビー級王者vsIWGPインターコンチネンタル王者。


5・3福岡大会で後藤が真輔からインターコンチを奪取したあと、

「目標はIWGP、ダブルタイトル戦(統一戦)をやりたい」

とブチあげたことで物議をかもし、期せずして注目度が上がった。


とはいえ、後藤発言に関しては、的外れと指摘する声も多かった。

真輔が独自に価値観を上げていった白いベルトの現状を思うと、

ダブルタイトル戦、統一戦という発想に周囲が賛同しきれないのだ。


ところが、風向きが変わる。

7・5大阪城ホールでのリターンマッチで

後藤が真輔に快勝、連破したからだ。


力で真輔をねじ伏せた後藤への支持が少しずつ集まりはじめた。

対するオカダは、「あくまでイチ対戦者であり、イチ挑戦者」と

後藤を見下した。


ただし、オカダが反応を示したことは事実なのだから、

後藤の思いがとどきつつあることもまた事実。




そして、後藤の信念は岩をも通した。

レインメーカーを狙うオカダにノ―モーション頭突きの3連発。

トドメは、昇天・改。


有無を言わせない勝利。

『G1』がどういう結果に終ろうとも、

この結果はのちのちまでモノを言う。


後藤にとっては大きな大きな1勝。

オカダにとっては痛すぎる1敗だった。




IWGP王者、討ち取ったり。

恒例の万歳三唱。


過去、後藤は『G1』公式戦でオカダに2勝1敗。

IWGP戦では2敗。

しかも、2002年5・3福岡では、

インターコンチ王者としてオカダに挑戦し敗れている。

そのときは、まだインターコンチの価値観が見えてこない時代。

だから、王者対決という色合いは薄かった。


いずれにしろ、この勝利でシングル戦績を3勝3敗の五分とした。

愚直なまでに突進するインターコンチ王者。

そんな後藤に追い風が吹き始めた。




                   ※昨年8・1後楽園の公式戦 Ⓒ大川昇


ところで、セミの同門対決である真輔vs石井戦のテレビ解説において、

私は最後の最後で、とんでもないミスを犯した。


試合後、ダウンした石井の手を握ってから

入場ステージを引き揚げていく真輔。


一方、敗者の花道を静かに去っていく石井。

その石井の姿をカメラが最後に映しだした。


「石井は昨年の真輔戦で、初めて若手の肩を借りて引き揚げた。

石井はどんなにダメージを受けても自力で歩いて帰る男なんです。

今年はしっかりと自分の足で歩いて引き揚げて行きましたね」


そう言葉をかぶせた直後に、自分自身で大間違いに気がついた。

あれは、真輔戦ではなかった。

石井が若手の肩を借りて引き揚げていったのは、

一昨年の『G1』公式戦、8・8横浜での同門対決、

オカダ・カズチカvs石井智宏の初対決のあとだった。


オカダのドロップキックを見事に交わしたり、

レインメーカーをクロスカウンターのラりラットで切り返したり、

石井は、オカダをとことん追い込んだ。


試合後、引き揚げる石井に外道が拍手を送り、

マイクを持ったオカダは、「石井さん、さすがっス!」と称えた。


ただし、レインメーカーのダメージが深く、

石井が珍しく若手の肩を借りて引き揚げて行ったのだ。


そのシーンとすっかり混同してしまい、

私は思わずミステイクを犯してしまったのだ。


気が付いたときは、あとの祭り。

熱心なファンの方のなかには気付いた人もいるかもしれない。


いや、まことに面目ない。

ともかく石井本人に一言告げておかなくては申し訳ないので、

翌2日の夕方、説明とお詫びを書いたメールを送信しておいた。


夜8時ごろ、石井から返信があった。

言葉はなにもなくて、よくみなさんも使うであろう、

困った表情の絵文字が3連発で並んでいるだけ(苦笑)。


まあ、これも石井らしい気遣いなのかもしれない。

あるいは、言葉で抗議するのはめんどう臭いから、

それで誤魔化したのかもしれない。


いずれにしろ、とんだ!ミステイクだった。

視聴者のみなさん、申し訳ない。

石井智宏どの、スマン!


オカダvs石井の公式戦は、

8・7静岡のメインイベントで実現する。

今年は石井が自力で引き揚げるどころか、

オカダを食う可能性だって充分あるだろう。


白熱の闘いは必至!

是非とも、注目してもらいたい。