前回のブログで、鈴木みのるとの一件を書いた。

これは、ウケ狙いでもないし、自分でなにかネタを作ろうとした作為的なものでもない。


一言でいえば、ガチンコだ。

単に腹立ち紛れで書くのなら、おそらく8・8横浜大会が行なわれた当日深夜にでもアップしたと思う。


私は一晩、考えた。

というより、あれからまる一日経っても、ずっと鈴木の言葉が耳から離れなかったのだ。


「オマエは古いんだよ!」


その一言が胸の中でモヤモヤと渦巻き、消えることがない。

翌9日の夜、たまたま別件の用があって、私は藤田和之と電話で話していた。


「金沢さん、いまG1で忙しいんでしょ? 最近、なにかおもしろい話はないですか?」


 そう聞かれて、鈴木との一件を一部始終話した。


「それはでも鈴木さんが、金沢さんにプロレスを仕掛けてきたんじゃないですか?」


「いや、違う。あいつの目は本気だったから。だからオレはそれをブログに書こうと思ってるんだよ」


「そうですか……。でもボクに話したから、もうスッキリしたんじゃないですか?」


「そういう問題じゃないんだよね。まる一日経ってもモヤモヤが消えないんだから」


「一日たっても消えないかあ……じゃあ、それでいいじゃないですか! 楽しみにしてますよ。

それに鈴木さんがどう反応するのか? これは見ものだなあ(笑)」


べつに、藤田にアドバイスを求めたかったわけではない。

たまたま会話の流れがそうなっただけで、自分ではもう書くと決めていた。


ブログをアップしたのが、10日の早朝。

当日は、『G1クライマックスⅩⅩⅠ』の代々木競技場第二体育館大会。


鈴木は第5試合に登場し、Bブロック公式戦で井上亘と対戦した。

井上は予想以上に健闘した。

ガチガチのエルボー合戦で、バックハンドエルボーを見舞い、鈴木をたじろがせる。


だが、鈴木の戦法も半端ではなかった。

井上がグラウンドでレッグロックに入ると、

なんと井上の口に指を突っ込んで引き裂くように引っ張った。


道場のスパーリングで出すような隠し技というか、奥の手というやつ。

しっかりとプロレスをやりつつも、こういった新日本道場の幻想的な部分を

スパイスとして折り込むところが鈴木流のおもしろさだ。


最後は、張り手連打からのゴッチ式パイルドライバーで決めた。

これで鈴木はBブロックのトップを快走。


試合後の共同インタビュー。

私は、鈴木の真正面に立った。


 鈴木の性格はよく知っている。

なんせ、彼が新日本道場に入門してきた練習生時代からの顔なじみ。

一番下の新弟子のくせに、1年以上先輩の松田納(エル・サムライ)や飯塚孝之(現・高史)より、

すでに態度だけはデカかった(笑)。


それはともかく、鈴木は相手が逃げることを嫌う。

それはマスコミに対しても同じ。


過去の例を見ても、鈴木に対して批判的なことを書いた記者は、

たいてい彼を避けて通るようになる。

鈴木がその記者に真正面から噛みついてくるからだ。


それを知っているから、彼の真正面に立った。

どちらが喧嘩(?)を売ったのか買ったのかは、この際どうでもいい。

彼が、私のブログを見たのかどうかも分からない。


 いつものように、鈴木は強気に自信満々に口を開いた。


「やっぱ新日本所属の日本人とやると、新日本に来たって感じがするけどな。

一昨日の後藤といい井上といい、ヤングライオンのころから知った顔だからな。

だけど、どんな道を歩いて、どんだけ自信つけたか知らないけど、

オメーらとは違う道を歩いてきたオレに、オマエらの技なんか通用するかって。

なにひとつ、痛くもかゆくもねえ。ないの、質問?」

金沢克彦オフィシャルブログ「プロレス留年生 ときめいたら不整脈!?」Powered by Ameba


鈴木と目が合った。

私からすれば、「待ってました!」という展開。


「どうってことない相手でした?」


「ああ、どうってことなかったな。オマエみたいにな!」


鈴木はブログをチェックしていた。

あるいは、高山から聞いたのかもしれない。

しっかりと、「オマエ」を使って仕掛けてきた。


この瞬間、不思議なことに、怒りの感情や、モヤモヤしていたのものがどこかへ吹っ飛んだ。

「ああ、こうこなっくっちゃ鈴木みのるじゃないな!」と思ったのだ。

そして、なぜか無性に嬉しくなってきた。


鈴木が言葉を続ける。


「オレの顔に傷つけたければ、オレの腕1本もぎたければ、テメエの命を賭けてこいよ。

心してこい。あと、日本人で残ってるのは中邑だな」


「中邑戦は楽しみにしている?」


「そりゃそうさ。新日本城の柱のひとつだもんな。その柱へし折るためにきたんだ。

あと、こうやって”愛してま~す”ってやつ。

まあ、向こうのブロックだから、あいつが来るかどうかは別にしてな。

中邑真輔、真壁刀義、棚橋弘至、テメエらの首を獲るためにオレは新日本にきたんだ」


「中邑にはG1で一度負けてるけど、それは関係ない?」


「いつの話してんだ?」


「昔、G1の公式戦で負けている」


「古いな」


「でも一度対戦して負けたいう事実は残っているでしょう?」


「忘れたな」


「自分に都合の悪いことは忘れると(笑)?」


「ああ、都合の悪いことはすべて忘れる。オレに都合のいい思い出しかオレにはない。

オレの新日本に対して残っている記憶としたら、よええヤツばかり大したことないヤツばかり。

そういう思い出と、もうひとつ、そんなヤツらをぶっ飛ばし切れなかったオレの悔しさ、そのふたつだな。それがオレの都合のいい記憶だ。

鳥の肉しか食わないで、夜8時以降はメシ食わないらしいぞ、あいつら。

現代っ子レスラーたちはな。

悪いがオレは強いぞ。

オマエらが相手にしてきたヤツらと違うぞ!」


みのる節全開だ。

これが、鈴木みのる。


この瞬間、鈴木みのるが新日本に帰ってきたことを実感した。

いくら本人が「侵略しに来た!」と言おうとも、

私には帰るべき場所に帰ってきたとしか思えない。


言いたい放題のコメントを残して、控室の扉を開けようとする鈴木に話しかけた。


「ブログ、見たの?」


「ああ。真剣勝負、受けて立つぜ!」


そう言って、鈴木はニヤリと笑った。

20年以上も前から、何度となく見てきた”悪童”みのるの笑顔だった。


8・14両国大会。

2004年の『G1』公式戦以来となる中邑真輔戦。

今年度、最大の注目カードといえるかもしれない。


 さて、この日の公式戦ベストマッチは文句なく中邑真輔vsカール・アンダーソン。

2006年、新日本のLA道場で出会った2人。

マシンガンは当時、無名でチャド・アレグラを名乗っていた。


 当時の名残りから、いまでもアンダーソンのことを”チャド”と呼ぶ選手は多い。

あれから歳月を経て、いまの両雄は名勝負製造マシン(ガン?)との呼び声も高い。

その2人が技術の粋を見せつけるのだから、好勝負にならないわけがない。


金沢克彦オフィシャルブログ「プロレス留年生 ときめいたら不整脈!?」Powered by Ameba


 試合後、互いの存在を称え合った両選手。

熾烈な星取り争い、骨身を削る『G1』にあって、一服の清涼剤のようでもあった。