競馬ロマン主義 -29ページ目
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羽ばたけ! マックイーンの仔よ!

ホクトスルタンの応援馬券買った。複勝100円。

競馬・実現して欲しかったレースシリーズ

1.昭和52年(1977年)の有馬記念にマルゼンスキーが参戦! トウショウボーイ・テンポイント・グリーングラスと激突!
>マルゼンスキーなら、トウショウボーイ・テンポイントのマッチレースを、五馬身後ろの二着争いにすることも可能だ。タニノチカラが、ハイセイコー・タケホープをちぎったように。しかし、マルゼンスキーの脚が強敵相手の激しいレースに耐えられるかどうかはわからない。楽なレースばかりを戦ったからこそ、あの馬は名種牡馬として生き残れたのかもしれぬ。
2.平成6年(1994年)の有馬記念、ナリタブライアン・ビワハヤヒデの兄弟対決!
3.ミホシンザンのダービー参戦
>父子二代の三冠の夢…。しかしダービー当日は天候・馬場ともに悪かったらしい。参戦してても勝てたかどうか。
4.トウカイテイオーの菊花賞参戦
>父子二代の三冠の夢…。
5.オグリキャップのクラシック参戦
>オグリの馬生は、あれはあれでいい味出してるとは思うが。
6.マルゼンスキー対シアトルスルー
>もしマルゼンスキーがアメリカで走っていたとしたら…。同期のライバルとして激突必至。史上のシアトルスルーはデビューからぶっちぎりの9連勝で米三冠達成。通算17戦14勝、GI8勝。しかしもしマルゼンスキーがいたら、すんなりとはいかなかったはずだ。マルゼンスキーにとっても、全力で戦える良いライバルに恵まれたかもしれない。
7.昭和40年(1965年)天皇賞春、シンザン対アサホコ。
>アサホコは晩成の名馬。この年、7連勝で天皇賞春を7馬身差の圧勝。シンザンは調子が上がらず、この年は宝塚記念からの発進であった。しかし実は武田調教師がアサホコにぶつけるのを避けたらしい。アサホコの加賀武見騎手も、「シンザンを負かせる自信はあった」と言っている。少なくとも、ミハルカスで有馬記念で勝つよりは可能性が高かったものと思われる。
ちなみにシンザンは宝塚記念を勝っている。六頭立てのレースだったらしいが。現行制度に照らせば、シンザンは六冠馬。
8.マルゼンスキーのダービー。中野渡騎手の訴えが通る!
>本当に大外、賞金なしで。それでも、勝つ!
またネタ思いついたらアップします。
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