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fp.takunの”Improve your quality of life Blog”

様々な出来事に対して、fp.takun流の視点・論点で綴る徒然なるブログです。
読んで下さった方の「心に灯りを灯す」ブログを心掛けています。
将来、このブログが本になることを目標にしています。

ご無沙汰をしていますチュー

本当に本当にご無沙汰をしております!!!チューチューチューチュー笑い泣きチュー
ちゃんと生きていますよ。爆笑

このレポートの読者の方から、「生きてますか~?」とご連絡を頂きました(笑)。爆笑

「はい。ちゃんと生きています!」ウインク


大変、ご無沙汰をして、申し訳ありません。てへぺろ

不定期を売りにしている当レポートではありますが、あまりにも不定期過ぎる・・・前回の配信はいつだったか???というくらいの暇を頂いておりました。てへぺろ


実は、お仕事も有難いことで人生あっちこっちと頑張っておりましたが、とある資格試験にもチャレンジをしておりました関係もあり、なかなかレポート配信する時間が取れずにおりました。ウインクニヤリ

結果は、来年になったらわかりますので、あとは「神様のご機嫌次第・・・」ということにしています(笑)
自分の実力不足までも、神頼みで何とかしようとしています(笑)爆笑チュー

とは言え、中年になっても、新しいことにチャレンジをすることも、とてもいい経験だと思いますし、無駄に時間を過ごすのであれば、何かをしていた方が圧倒的に有意義な時間を過ごすことができますので、いい経験となりました。ウインク


さて、本題に入りますね。ニコニコ

表題の通り、「歴史に学ぶと”今”が見える」というテーマでお話をしたいと思います。

以前よりお話をさせて頂いております通り、マスメディアを中心とした情報収集では、その本質を見落とす可能性がとても大きいとお伝えをしてまいりました。

その実、制作側の論理や都合が大いに繁栄をされて報道されることが多く、その理由としては、ステークホルダーの存在やその他バックグラウンドにある影響が大きいからです。

これは、ネットニュースもしかりですし、SNS等についても、恣意的な操作は存在します。

では、何を信じたらいいのか・・・。
おねがいおねがいおねがい
私なりに考えをまとめますと、やはり「歴史に学ぶ」ということが大きいように思います。
当然、残された歴史もまた、恣意的に都合の良い情報になっていることもありますが、事実として掘り起こしていくことで、必ず「違和感」を感じる場面があります。

私が一番最初に違和感を覚えたのは、歴史の授業です。ニヤリ

聖徳太子や卑弥呼のお話は、とても時間をかけて授業をするのに、明治・大正時代などの近代歴史は、3月の終盤でバタバタっと終わってしまいますよね。
大正デモクラシーや、明治維新などの言葉だけは覚えますが(テストに出るから)、近代歴史については、なんともあっさりと終わってしまっていますね。ニヤリえーニヤリ

個人的には、長い徳川幕府の時代が終わり、大政奉還がなされ、明治新政府から大正~昭和につながる近代の歴史こそ、平成・令和に生きる私たちにとって、とても重要な出来事ですし、非常に大きな歴史の転換期だったわけですから、ここをすっ飛ばしてしまったことで、その事実を学ぶ機会が削がれてしまったようです。
まさに、江戸時代から昭和時代にワープしちゃってるような感覚にもなりますね。えー


武士の時代が終わりを告げ、明治時代は日本にとって、とても大きな変革期でした。

朝ドラの「ばけばけ」が、まさにその時代を背景にしているようですが、士農工商の時代から、大きな変化が起こった時代です。口笛

イデオロギーの変革期でもあり、国の方向性そのものが変化をした時代でもあります。
ニヤリ
しかし、ここの歴史を記憶に残る暇もなく・・・・

私たちの記憶は、一気に「戦後の歴史」になってしまって、私たちの記憶には、残りにくい時代でもあります。

こうした時代の転換期について、「なぜ?」を探しに行くことも、とても楽しいことです。

最近では、ロシアのウクライナ侵攻についてや、イスラエルのガザ侵攻などが、毎日のようにメディアで報じられます。

多くの方が、メディアの報じるままに、ロシア悪・ウクライナ善という感覚や、ガザの現状についてなど断片的な情報で、メディアや大衆の考えになんとなく迎合してしまっているかもしれません。えー

でも、歴史を紐解いていくことや、実際に現地の声など(参考;アルジャジーラという中東のメディアがありますが、かなりしっかりとした報道をしていますし、報道の中立性が高いと感じています。)を見聞きすることで、その本質は大きく異なる事実が見つかります。ウインク




当然、この2つの出来事は、肯定されるべきものではありません。
実際に多くの方が、亡くなったりけがをされたりしているわけですから、1日も早く終わらせることが大切です。

でも、一方で、終わらせたくない側の論理もあったり、当事者以外の力によって操作されていることもあったり・・・。
えー
こうしたことも、歴史を学ぶと、イギリスの三枚舌外交が発端であったり、ロシアとNATOとの約束事をNATO側が反故にしたことだったり・・・、ウクライナ国内で大儲けをしている輩がいたり・・・などなど。
えー
そうした背景があって、現在の状況が生まれているという事実を紐解くことで、全く異なった見え方ができるようになります。


こうしたことからも、メディアや大衆の考えに惑わされることなく、歴史的事実を踏まえながら、「自分が考察して」考えを巡らせていくことの大切さがわかります。

1つの事象や歴史だけしか見ていないと考えの妥当性がわからなくなります。

歴史は、常に「繰り返される」ので、過去に学ぶこと、歴史に学ぶことが、とても大切で、その真偽を教えてくれる糸口になると思っています。


久々にレポートをした割には、ずいぶんと熱い内容となってしまいましたが、BBCが捏造報道をした事実が明るみになったり、小林製薬の記事を読売新聞が捏造した事実などが明るみになってきています。

「見方」を変えることで、物事の本質にたどり着く糸口が見つかるかもしれません。


まだまだ、暑い日が続きますが、それでも確実に秋の気配を感じるようになりましたね。

もう、暑い日はうんざり・・・と思われる方も多いと思います。
もうすぐ、秋がやってきますよ。

さて、本日は、少し思うところがあって、「義に死すとも不義に生きず」というテーマでお話をしたいと思います。

この言葉は、会津松平家14代・松平保久氏の言葉とされています。


「義に死すとも不義に生きず」とは、”たとえ、正しい道のために死ぬことになっても、決して不道徳な生き方をしてはいけない」という意味です。

不義をはたらき続けることの方が、義をもって死ぬことよりも重大な問題だということです。
たとえ、命を落としても、道義に反する行為を避け、正直な生き方を貫くべきだという倫理観を表していると言えます。


まさに、武士らしい潔さを感じます。


一方、上杉謙信は、「義をもって誅す」という言葉を残しています。
これは、「義をもって不義を誅する」という意味になります。

道義的な正しさに基づいて、不義を罰するという意味でも使われます。
上杉謙信は、「敵に塩を送る」の逸話でも有名ですよね。
義を大事にした戦国大名のひとりです。


その他にも、「義を見てせざるは勇なきなり」という諺も有名ですね。

これは、正義の行いだと知りながら実行しないのは、勇気がないからだ。
つまり、正しいことを正しく行う勇気を持とう!という言葉。




そもそも、「義」とは、何か。


辞書には、条理・正しい道。道理にかなったこと。人道に従うこと。

そして、利害を捨て条理に従う。公共のために尽くす気持ち。


とあります。



「義の精神」は、私利私欲や損得勘定にとらわれず、人が果たすべき正しい道や正義を貫く精神。
まさに、武士道精神の中心的な徳目とされています。




さて、冒頭に「思うところがあって」と書きましたが、昨今、日本古来の道徳のひとつで、とても大切な「義」の精神に欠ける行動・言動をされる方が多いように感じています。
これは、老若男女問わずです。

「義」には、「恩義」や「忠義」、「正義」、「道義」、「義理」などたくさんの言葉があります。

名前に「義」を使用する場合もありますよね。

それくらい古くから私たち日本人にとって、とても尊い言葉だったわけですが、現代の日本人にとって、やや軽視されている感じがしています。

自分だけが良ければよいという思考(我利我利)、自分だけが損をしなければよいという思考が、その一瞬だけ、なんとなく得をしたような気になってしまっているのではないか・・・。

他には、自分が決めたことをあっさりと覆す人、自分が言った言葉に責任を取らない人など・・・。

過去にお世話になって今の自分があるということを、つい忘れてしまって傲慢になりがちな人・・・などなど。



上杉謙信が見たら、完全に「誅される」でしょう。



私たちは、古来から続く「日本人としてのアイデンティティ」を受け継いで今があると思っています。

古くから「大切」とされる考えや道理を、正しく守って行動していくことは、「日本人として正しく生きる」ということにもつながるように感じます。



儒教の教えに、「五常」があります。

「仁」・「義」・「礼」・「智」・「信」


「仁」・・・人を思いやること

「義」・・・私利にとらわれず、なすべきことをなすこと。

「礼」・・・「仁」を具体的に行動として表したもの。

「智」・・・道理をよく知り得ている人。知識豊富な人。

「信」・・・言明をたがえないこと。真実を告げること。約束を守ること。誠実であること。


まさに、日本人の美徳とされる人間本来持っている良き性質を表しています。



時代は、毎年進んでいきますが、「心(こころ)」は、常に、この「五常」をもって生きたいものです。

今この瞬間、ちょっとだけ得をするために、「徳」を減らすようなことがあっては、とても残念な行動だと思うのです。

まさに、「損して「徳」取れ」ですね。



どのような時でも「義」をもって生きたいと改めて感じた今日この頃・・・。

もしかしたら、皆様にも、思うところや感じるところがあるかと思います。

そうした時には、「義」を思い出してみてくださいね。


こんにちは。

お盆休みは、ゆっくりと過ごされましたでしょうか?

毎日、酷暑の中ではありますが、ご自愛くださいませ。


さて、本日は、「一円融合の教え」というテーマでお話をしたいと思います。

この言葉は、かの有名な二宮尊徳氏の教えになります。

「一円融合」とは、この世の中で対立するもの(=貧富・強者弱者・善悪など)を切り離して考えるのでなくて、ひとつの「円」のようなつながりのあるものと考え、すべてのものは互いに働き合い、一体になって結果が出るという教え。と解説されています。

この世の相対するもののすべてが、互いに働き合い一体になっている。
つまり、それぞれを切り離すのではなく、両方を合わせて1つの円とし、1つの円の中に入れて観てみる。これを「一円観」と言うそうです。
命あるもの、いつかは死を迎え、また生まれてくるといったサイクルが永遠に繰り返される。

そのためには、いくつかのものと結びつき、あるいは溶け合って、例えば土から水分と養分を得て、空からは日光を浴びて、種の生命力が掛け合わされて芽が出て花が咲く。
これもまた、一円融合の世界・・・・
人生のサイクルも、生命のサイクルも・・・。
世の中で起きる物事すべてが、一円融合の中にある。


とても、神秘的な世界観だな〜と思います。




とかく、我々は、物事の一方だけにフォーカスしてしまう傾向にあり、その一方、あるいは一円の世界を理解しようとせずに、物事を理解してしまっている部分がとても多いと感じます。


わかりやすいところでは、メディアの報道なども、ある一方の・・・しかもその一部を切り取った情報だけを報じ、さぞかし「それがすべて」であるような論調が目立ちます。


先日、ロシアのプーチン大統領とアメリカのトランプ大統領がアラスカで会談をしました。
日本の報道では、トランプ大統領のこともプーチン大統領のことも、あまり良く語られていませんでした。


しかし、一円融合の教えからもわかるように、この米露の大統領が実際に会談をし、世界平和に向けて一歩を踏み出した意義はとても大きいと考えています。

すべてが、あらゆる物事と絡み合って溶け合って、現在起きている現象に結びつきます。

日本の報道では、ロシア=悪という一方向だけの論調で、ウクライナ=善という2方向の論調を永遠に報じてきました。
しかし、歴史や、その背景を深く学べば、この論調がいかに「作られたもの」であり、誤った観方であるかがわかります。

実際に起きていることと、わたくしたちが「見せられていること」とは、大きな乖離があります。

戦争は、決して肯定されるものではないですが、ドネツク州などの悲惨な歴史を知れば、ネオナチと言われるウクライナの過激派が、ロシア人に対して、どれほどひどいことをしてきたかがわかります。

現在の政権も、欧米の傀儡政権と揶揄される通り、クーデターから親欧米派の政権を作り出しました。
これによって、欧米の政治家や実業家が、ウクライナを隠れ家にしてあらゆる蜜を吸い続けてきたという背景もあります。


イスラエルのガザ地区への入植の歴史も、大変恐ろしいことが繰り返されてきた結果、現在の紛争に発展しています。

もともとは、イギリスによる三枚舌政策によって、この地は惨劇を生み出すことで、現在もなお尾を引いています。
そこにシオニストによるシオニズム(他の宗教の信者を排斥する考え)があり、多くのパレスチナ人が、迫害・殺害され続けてきています。

こうした出来事もまた、利権と征服欲のかたまりであるネオコンと言われるグループによって、争いを作り出し、双方で争わせ、双方に武器とお金をばらまくという・・・。

過去の歴史から、永遠に続く入植と征服の繰り返し。
各大陸の原住民は迫害され、歴史を塗り替えられて現在に至ります。


こうした悪夢の世界が長らく続きましたが、先日の米露大統領の会談から、「平和への第一歩」が踏み出されたと考えたら、とても素晴らしい出来事だったと思います。

日本のメディアは、否定的な報道ばかりでしたが、まだまだ傀儡側の影響を強く受けているのがわかりますよね。
もう、テレビや新聞を信じる人は、かなりの割合で減ってきていると言うのに・・・。




これからの世の中は、二宮尊徳氏の教えの通り、理想とされる「一円融合」の世の中に進んでいくのだと思います。

お互いがお互いを尊重し、融合し対話し、1つのサイクルになっていく。

そうした世の中に、一日も早くなっていくことを願って。