急激に暑くなってきましたね。
いよいよ、梅雨明けとなり、夏真っ盛りの季節となりました。
キンキンに冷えたビールが美味しい季節ではありますが、冷たいものばかりでは身体に良くないので、温かいものも摂るようにしたいですね。
とにかく、暑さに負けず、元気に乗り切りましょう!
さて、本日は、表題のテーマでお話をしたいと思います。
世の中の流れとは言え、世界を見回してみても「我利我利(がりがり)」の精神の方がとても多いように感じます。
本来の「人」の生き方は、「自利利他(じりりた)」の精神が尊い精神と言われていますが、最近では、人よりも少しでも得をしようと割り込んだり、相手の善意に漬け込むようなことをして利を取ろうとする風潮がとても多い様に感じます。
残念ながら、こうした行為は、その一瞬では「得」をした気持ちになりますが、大きな「徳」を失っていると思います。
相手の「時間」「知識」「経験」「善意」「好意」などを、無駄に利用しようとする行為は、「人」としての行為としては、とても残念な行為のひとつです。
本来は、「思いやり」という心から、相手を敬い、思いやりの心で接することが大切なのですよね。
そこで、本日は、仏教の教えから、「四無量心(しむりょうしん)」という教えを皆様にご案内したいと思います。
「四無量心」とは、本来、人として持つべき4つの心を表しています。
その4つの心とは、「慈」「悲」「喜」「捨」のことを言うそうです。
「無量」とは、「計り知れない」という意味で、対象を限定せず、生きとし生けるものすべてに対して持つべき心です。
それは、家族だったり、職場の仲間だったり、仕事で関わる相手だったり、ペットに対しても、あるいは通勤途中などで一緒の車両に乗った誰かかもしれません。
自分が関わるすべてのものに対して、「四無量心」が大切だということなのです。
もう少し、詳しくお話を進めます。
■「慈」相手に楽を与える心
「慈」は、相手に対して楽を与えること。言い換えれば、喜びを与えること。
そして、相手の幸福を願うことです。
目の前の人に対し、何をしたら喜んでくれるでしょうか?何をしたら幸福を感じてくれるでしょうか?
相手が何を望んでいるのか、それを知ることは難しいことかもしれません。だからこそ、「自分だったら何をしてほしいか」という相手を自分に置き換えて考えてみるということも大切です。
そういう想像力をもって、相手に接する心が、「慈」になるそうです。
■「悲」相手の悲しみを抜く心
「悲」は、相手の苦しみを抜くこと。
相手の悲しみや苦しみに気づいて、少しでもその悲しみや苦しみが少なくなるように気をかけ、声をかけ、接してあげる心のことを言うそうです。
つまり、相手に寄り添って生きるということなのだと思います。
■「喜」相手とともに喜ぶ心
「喜」は、相手の喜びを、自分の喜びのようにして一緒に喜ぶこと。
相手が、喜んでいる時、何かうれしそうな顔をしている時、妬んだ心を起こしたりしていませんか?
仲間や友人が、仕事や勉強で成功を成し遂げた時、一緒に喜んであげることができるでしょうか?
「相手の幸せは、自分の幸せ」のように、ともに喜ぶ心を持つことが大切です。
■「捨」平等に接する心
「捨」は、偏った心を捨てること。
つまり、誰とでも平等に接する心です。また、感情についても偏ることなく接することです。
また、「こうすべきだ」や「こうしなければならない」といった感情は、ある意味、固執した偏った心でもありますので、その執着を捨てるという意味でも、「捨」は大切なこころです。
とかく相手を見て態度を変える人や、相手の話を聞かずに自分の考えを押し通そうとする人がいます。
まさに、そういう人こそ、「捨」の心を学ばないといけません。
さて、「慈悲」と「喜捨」という言葉は、この「四無量心」からの言葉です。
「慈悲」は、相手に喜びを与え、相手の苦しみを抜いてあげること。
「喜捨」は、物惜しみせず相手に与えることです。
「これは自分のものだ」と自分の持っているものに執着をすることで、そこから苦しみが生まれるとも言われています。
これを「愛別離苦」という苦しみであると言われます。
財産も地位も、名誉も、愛する人も、「これらすべて自分のものだ」と執着することで、苦しみが生まれます。
その執着を手放すことをしないと、その苦しみから脱することは出来ないそうです。
案外、現代では、この「愛別離苦」で苦しんでいる人が多い様にも感じます。
「手放すことで解放されること」もたくさんあるということですね。
名刺や肩書ではなく、その人本来の人間性で生きることが、いかに重要かということがわかりますね。