ご縁によって生かされている | fp.takunの”Improve your quality of life Blog”

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様々な出来事に対して、fp.takun流の視点・論点で綴る徒然なるブログです。
読んで下さった方の「心に灯りを灯す」ブログを心掛けています。
将来、このブログが本になることを目標にしています。

「ご縁によって生かされている」



皆様は、この『ご縁』を感じて、生きていらっしゃいますか?

辞書には・・・

1 《(梵)pratyayaの訳》仏語。結果を生じる直接的な原因に対して、間接的な原因。原因を助成して結果を生じさせる条件や事情。「前世からの―」
2 そのようになるめぐりあわせ。「一緒に仕事をするのも、何かの―だろう」
3 関係を作るきっかけ。「同宿したのが―で友人になる」
4 血縁的、家族的なつながり。親子・夫婦などの関係。「兄弟の―を切る」
5 人と人とのかかわりあい。また、物事とのかかわりあい。関係。「金の切れ目が―の切れ目」「遊びとは―のない生活」
6 (「椽」とも書く)和風住宅で、座敷の外部に面した側に設ける板敷きの部分。雨戸・ガラス戸などの内側に設けるものを縁側、外側に設けるものを濡れ縁ということが多い。

と書かれています。

個人的に大好きな言葉であり、実際にそのように感じている言葉がありますが、『袖触れ合うのも他生の縁』という言葉があります。

とかく、『他生(たしょう)の縁』を『多少の縁』という意味で捉えられることがありますが、正しくは『他生の縁』・・・つまり、この世ばかりではなく、前世やその前の世でも『縁』があったということ。

道で見知らぬ人と袖がちょっと触れ合うような些細な出来事でも、それは単なる偶然ではなくて、すべて前世からの因縁によるもの。だから、どんな些細な出会いも大切にせよということ。

「他生」とは、「多生」とも書かれることもあります。同じような言葉で、『一樹の陰一河の流れも他生の縁』や、『躓く(つまづく)石も縁の端(はし)』などの言葉があります。

この『躓く石も縁の端』は、「世の中で出遭うことすべて、不思議な何らかの縁で結ばれているということ。

ふと躓いた石も、数ある石の中でたまたまそれにぶつかった訳だから、たとえ縁のはしくれと言っても、縁あればこそのことである。という意味です。

私個人としましては、主に「ご紹介」で、日々数多くの方々にお会いして、『ライフプラン』のご相談や、『生・損保の見直し』・『お住まい計画相談』・『相続相談』・『資産運用』など、様々な内容でご相談をお受けしています。

そのほとんどが、所謂「サービス(無料)」のご相談になっておりますが、個人的には、「それはそれで良い」と考えています。

と言いますのは、本日のレポートのタイトルでもあります「ご縁によって生かされている」と心から思えるようになったからです。

様々なご縁で、様々なルートから、様々なご相談がございますが、この世で私自身がその方々にしてあげられる最低限の施しによって、ほんの少しでも『心に灯りが灯れば良い』と思っています。

中には、そういう気持ちを汲み取って頂ける方もおりますし、全くご理解頂けないような方もおります。

でも、たぶん、この世では、ご理解頂けなかった方も、もしかしたら、前世では、大変にお世話になった方かも知れませんし、来世でご縁を理解頂き、私が困った時に手助けをしてくれる方かも知れません。

(こういうテーマでお話をすると、スピリチュアルな感じになりますが、ある側面からしか見ないよりは、様々な側面から全体を見る方が、正しい全体像が見えると信じています。(なので、お付き合い下さいね・・・))

というように考えられるようになってからは、どのような方に出遭っても、出来るだけの情報提供や、アドバイスなどをさせて頂けたらと考えられるようになりました。

柳生家の家訓にも

小才は、縁に出合って縁に気づかず。
中才は、縁に気づいて縁を活かさず。
大才は、袖すり合うた縁をも活かす。


というすばらしい家訓が継承されていますが、『縁』活かして、『縁」によって生きていきたい!とそう思っております。