★★★☆☆
親の顔も知らず自分の本名さえ知らない施設育ちの辛い生い立ちの主人公の男性が、定年を迎える日に地下鉄の中で倒れる。 病院のICUで危篤状態の主人公に妻が付き添い、旧友や娘婿、幼馴染が見舞いに訪れる中、謎の年老いた貴婦人が現れ、主人公の魂を肉体から抜き出し外に連れ出す。
貴婦人との食事を終え病院に帰ってきた後、気が付いたら今度は、
静かな入り江に初老の女性と一緒にいて自分は少し若くなっていた。
こうなってくると、この謎の女性は主人公を赤ん坊の時に捨てた母親で、時間が逆行しているのではないかと何となく察しがついた。
次にICUで隣のベットのジジィ(初恋の相手が主人公の母)と幽体離脱して銭湯に行き屋台で酒を酌み交わした後、今度は地下鉄車内で30代後半の女性と遭遇し、自身は大学を卒業して就職したばかりの頃の年齢になっていた。 これはきっと母親に捨てられた赤ん坊の頃まで時間が何度か逆行していくんだろうなと思った。
それにしても主人公は、大学時代に心底愛していた恋人の女性を、
その場の思いつきでいきなり捨てて、母親が赤ん坊の自分を捨てた時の気持ちをわざと実感してみるとか、やはり親からまともに育ててもらってない人は、人間的には誠実で立派な人でも、どこかまともじゃない所があるものなんだなと思った。
物語は謎の女性(母親)との時代を逆行した遭遇を交えつつ、主人公の妻、旧友、幼馴染、娘婿、娘、主人公を20年以上も地下鉄で遠くから見つめていたICUの看護師の側面も描きながら、最後に幼くして亡くなった主人公の長男との束の間の再会を果たす。
そして、生れて10日ほどの赤ん坊を捨てた主人公の幼い母親だが、
あの当時に戦災孤児の貧しい母とその子の両方が生き延びるためには、赤ん坊を地下鉄車内に捨てるしかなくて、それが結果的には最善の方法だったのだが、母親に捨てられたという事実、主人公が苦労して生きてきた事実は消えることはなく、幼い母が赤ん坊を地下鉄に捨てる場面には胸が締め付けられた。
ラストで主人公が死んだ長男と再会した後、定年を迎える日に地下鉄で倒れるという世界線とは違う、無事に地下鉄から降りる世界線のパラレルワールドに移行したような感じだが、間違いなく元の世界線の主人公は死ぬのだろうから、全然ハッピーエンド感がしない何か悲しいだけの物語だった。
