赤線は、2026年5月31日の軌跡 .
青線は、2026年6月1日の軌跡 .
三陸海岸に沿って「みちのく潮風トレイル」というトレッキング・コースが設定されています。今回歩いたのはその一部、釜石駅から大槌町まで。ただし、「トレイル」に忠実に沿ってはいません。
というのは、約100年前に宮沢賢治が歩いた道を推定してなぞることに、私の関心があるからです。賢治は 1925年1月6日早朝に青森・岩手県境の「種市 たねいち」駅〔当時開通した八戸線の最南端〕を出発して、8日に釜石市の叔父の家に到着するまで 150km あまりを乗合船,徒歩などで踏破しています。ただ、旅行記も日記もなく、唯一残されているのは、道すがら賢治が記した〈心象スケッチ〉散文詩稿〔日付がついており、内容から時間帯と交通手段が判る〕だけなので、径路の推定さえ容易ではありません。さいわい、賢治研究者・研究家諸氏によって幾つかの推定が発表されています。
現在の「種市」駅↑、種市海岸「窓岩」↓〔2017年9月撮影〕。
推定によると、賢治は 8日早朝に船で宮古港に着き、徒歩と(おそらく)乗合自動車で同日夜までに釜石に到着しています。
宮古港と「浄土ヶ浜」海岸↓〔2020年12月撮影〕。
釜石の「叔父の家」は、ここ↓にありました〔釜石市只越町3-7. 2017年7月撮影〕。背景の白いビルは「釜石市役所」。空き地になっているのは、2011年の地震で甚大な津波被害を受けた地域だからです。下は、市役所の高台にある浸水深の表示。犠牲者の御冥福を心からお祈り申し上げます。
市役所の裏山から俯瞰↓。矢印先が「叔父の家」跡地です。背景は「釜石製鉄所」。
さて、「釜石駅」から「潮風トレイル」の道すじをたどって歩いていきましょう。
2026年5月31日の行程グラフ:釜石駅から両石駅まで。シルエットは行程の標高(左の目盛り)。折れ線は歩行ペース(右の目盛り)。標準の速さを 100% として、区間平均速度で表している。横軸は、歩行距離。
JR「釜石駅」,三陸鉄道「釜石駅」と、駅舎真向いの「釜石製鉄所」↓。
2017年7月撮影 .
「大渡橋」からの甲子 かっし 川、「大船渡」方面へ向う三陸鉄道の鉄橋。
2017年7月撮影 .
「石応寺」。1665年創建の曹洞宗寺院。
市役所の前を通っていく。
崖沿いで道が高まると、「釜石港」が見える↓。
「狐崎城址」の標石と説明がある↓。室町時代に築かれ、「関ヶ原」合戦に連動する戦跡となったらしい。
覗いてみると、細い路の奥に、小石を積んだ平場がある:
過ぎて少し行くと、鳥居と、祠に上がってゆく路がある。「狐崎城址」に関連する史跡かもしれない。ミズキが満開。
「狐崎城址」で岬を回りこんだ後、狭い谷間に入っていく:
「史跡 浜街道 鳥谷坂」という標石がある。古くからの道なのだろう。
左に折れてジグザグに昇っていくと、谷口から「釜石港」が再び顔を出す:
杉林のなか、山道の登りになる。イタヤカエデ,シデが混じる。傍らの頂きに祠碑が見える。道祖神か山神か、わからない。
タイムレコード 20260531 [無印は気圧高度]
930釜石駅[5mGPS] - 1018「鳥谷坂」登り口[30m]1026 - 1048山神下[75m=GPS] - 1052休憩[98m]1116 - (2) へつづく 。
踏査記録⇒:YAMAP
Dare you to death





































