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赤線は、2026年3月11日の軌跡  .

青線は、2026年4月8日の軌跡    .



 

赤線は、2026年3月11日の軌跡  .

 

 

 「釈迦堂口やぐら群」。「平場」の「やぐら」を見終ったので、尾根上に上がって行こう。

 

 一段昇ったところに「やぐら」が2基ある。左が「地蔵やぐら」、右が「唐糸やぐら」と名付けられている。

 

 

 

 

 

 「唐糸やぐら」↓は、「唐糸姫」という人が幽閉された牢だったとの伝説に基いているが、もちろん史的根拠は無い。「やぐら」は本来、墓所ないし供養・追悼の施設であって、本来の用途が忘れられてしまったあとで、牢屋との誤伝も生じたのだろう。「鎌倉宮」の「大塔の宮・牢址」も同じだ。

 

 説明によると、「唐糸やぐら」の袖口には、扉を設置していた蝶つがいの柱穴が残っている。が、素人目では残念がら、どの穴がそれなのか分からない。ともかく、鎌倉の「やぐら」の多くは、築造時には扉を備えていたと考えられている。

 

 「唐糸やぐら」は両袖付き。天井には鑿痕もなく、きれいに仕上げられている。創建時には壮麗な築造物だったことを思わせる。

 

 

 

 

 

 「地蔵やぐら」↓。中央奥の地蔵坐像は、岩盤から彫り出されている。五輪塔は、持ちこまれたもので、鎌倉石(砂岩)で造られている。

 

 

 

 

 

 

 

 眉・目鼻がうっすらと見えるが、本来の顔立ちかどうかは分からない気がする。

 

 

 

 

 

 ほぼ尾根すじの路を昇っていくと、切岸の下に出る。上部に橋が架かっており、堂宇も見えるが〔逆光のため撮影断念〕、後世のものだろう。

 

 

 

 


 「切通しトンネル」の上に出た。北側にも谷が続いている。下の道路が見える:

 

 

 

 

 

 南側を見下ろすと、通行止めの柵の向こうから見上げている人がいる。

 

 

 

 

 トンネルの上を渡り過ぎると、西の遺跡域には6~7基ほどの「やぐら」が並んでいる。そのうち有名なのは「日月やぐら」だ。路が狭いので広角が撮れないが、まず「やぐら」群の全体を見よう。右から左へアングルを移している:

 

 

 

 

 

 

 

 黄色い標識が前にあるのが、最左の「やぐら」だ。最左「やぐら」の内部↓。袖無しだが壁龕を2穴具える:

 

 

 

 

 この西側域「やぐら」の五輪塔は、いちど崩れて重ね直されたものばかりで、正規の順〔下から地輪・水輪・火輪・風輪・空輪〕に重ねられているものは無いそうだ。

 

 その右の「やぐら」↓。袖無しで、中はカラ。

 

 

 

 

 左から3つめの「やぐら」:の五輪塔は、いちど崩れて積み直されたものばかりで、正規の順〔下から地輪・水輪・火輪・風輪・空輪〕に積まれた完形は無いそうだ。

 

 最左から3番目の「やぐら」↓。浅い両袖があるようだが、はっきりしない。

 

 

 

 

 

 最左から4番目が「日月やぐら」↓だ。円い壁龕が太陽を、正方形の壁龕が月を表すらしい。あくまで後世の人の見立てだが。

 

 

 

 

 

 

タイムレコード 20260311 [無印は気圧高度]
 1218「名越」バス停[7m現地標識] - 1230分岐点*[27mMAP] - 1238「釈迦堂口やぐら群」入口平場※[58mMAP]1252 - 1307「日月やぐら」[63mMAP]1318  - 1332入口平場※1345 - 1353分岐点* - 1355「釈迦堂切通し」トンネル前[46mMAP]1403 - 1408分岐点* - 1420「名越」バス停 。

 

 踏査記録⇒:YAMAP