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 地下鉄日比谷線「三ノ輪」駅から地上に出て歩道橋に上がります。上野駅方面に向かう昭和通り、左側にある NTT 電波塔の後ろに、最初のスポット「千束稲荷神社」があります。

 

 

 

 

 

 

『『たけくらべ』での美登利と長吉が喧嘩する祭りのシーンは、当時の千束稲荷神社の例祭がモデルになっているとされている。当時は、現在と異なり 8月に祭りが行われており、俵が積まれただけのシンプルな神輿 みこし だった』

wiki:「千束稲荷神社」 .  

 

 

『八月廿日は千束神社のまつりとて、山車 だし 屋臺 やたい に町々の見得 みえ をはりて土手をのぼりて廓内 なか までも入込まんづ勢ひ、若者が氣組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて由斷のなりがたき此あたりのなれば コノアタリノ生意気ナ子供ダカラ、そろひの裕衣 ゆかた は言はでものこと、銘々に申合せて生意氣のありたけ、聞かば膽 きも もつぶれぬべし、』

樋口一葉『たけくらべ』青空文庫. .  

 

 

 「千束神社」と呼ばれているのが、この「千束稲荷神社」。「廓」とは吉原遊郭のことで、当時まで、土手で囲まれた四角形の街区でした。

 

 境内には、樋口一葉の胸像があり、台には、一葉の日記の一節が直筆で彫りこまれています。

 



 

 

 

 一葉の戸籍上の本名は「奈津」ですが、本人はいつも「夏」「夏子」と署名していました。「一葉」は号です。

 

 千束稲荷から 200メートルほど南下すると、「茶屋町通り」↓にぶつかります。この道は、日暮里・谷中方面から真っすぐに吉原遊郭へ向かう目抜き通りでした。


 

 

 

 

 「茶屋町通り」に面して、一葉が 1893年7月から 10か月間、雑貨・駄菓子店を営んでいた旧居跡があります。


 右の低い茶色の建物が建っている場所〔現・台東区竜泉3-15-2〕が旧居跡。

 

 

 

 

 

 歩道に、「樋口一葉旧居跡」の石標が立っています。

 

 

 


 

 「旧居跡」の前から「茶屋町通り」の奥を望むと、150メートルほど先で突き当りになっています。そこが、かつて吉原遊郭を囲む「土手」のあった場所と思われます。

 

 

 

 

 遊郭へ近づいていく前に、左へ折れて「一葉記念館」と「一葉公園」を見ておきます。「一葉記念館」↓


 

 

 


 「一葉公園」↓。

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園内に「一葉桜」があるそうですが、どれが「一葉桜」なのか分かりません。

 

 公園には、石碑も2つあります。菊池寛ら有志が一葉を記念して建てた「旧居碑」:

 

 

 

 


 菊池寛が 1936年 7月に建てた碑は、次のような碑文でした:

 

 

『こゝは明治文壇の天才樋口一葉𦾔居の跡なり。一葉この地に住みて「たけくらべ」を書く。明治時代の龍泉寺町の面影永く偲ぶべし。今町民一葉を慕ひて碑を建つ。一葉の霊欣 よろこ びて必ずや来り留まらん。』

 

 

 しかし、その碑は太平洋戦争の焼夷弾で溶けてしまったので、戦後にその事情を書き加えたこの碑を再建したとのこと。菊池寛の碑も、この碑も、もとは、さきほどの「旧居跡」に立っていたのでしょうか?

 

 「たけくらべ記念碑」↓。一葉の友人だった佐々木信綱の・一葉を偲ぶ和歌が刻されています:

 

 

 

 

 

 「美登里」と「真如」は、『たけくらべ』の登場人物です。


 

 

 

タイムレコード 20260403
 「三ノ輪」駅[3mGPS]1504 - 1513「千束稲荷神社」[3mGPS]1525 - 1546樋口一葉旧居跡[3mGPS]1556 - 1601「一葉公園」[3mGPS]1615 - (2) へつづく。