ベルギー連邦議会議事堂。 ブリュッセル。©Wikimedia.
「選挙ではなく・くじびきで議員を決める」と言ったら、日本の人は冗談だと思うだろうか? ファシズムだ!共産主義だ!‥‥と騒ぐだろうか? しかし現在、ヨーロッパでは実験的に行なわれ、成功を収めている。私の見るところ、「国民投票」「住民投票」よりも「リコール」よりも、ずっとマシなしくみと思えるのだが。
「くじびき」が選挙に取って代わる日はあるのだろうか? 先ずは虚心にレポートを見てほしい。『ハンギョレ新聞』から。
フランス経済社会環境委員会(CESE)本館。 ©CESE.
尊厳死・同性婚の争点に道をひらいた「市民議会」
…… 欧州で法制化相次ぐ
アジア未来フォーラム|民主主義の未来、現場に行く
市民議会、実験を超えて常設化の風
2025年10月4日 .
2022年10月、無作為抽出で選ばれた市民184人が参加したフランス尊厳死市民議会
が4カ月間パリ経済社会環境委員会本館で毎週末に開かれた。写真は
参加した市民が経済社会環境委員会の本会議場で撮った記念写真
=フランス尊厳死市民議会のサイトより//ハンギョレ新聞社。
2023年2月9日午後、ベルギー・ブリュッセルの連邦議会本会議場。世界で初めて国家レベルで市民議会を法制化する法案が可決された。ベルギー議会の190年の歴史で初めて、一般の市民が無作為抽出で選ばれ、政治過程に参加できる法的根拠が整備されたのだ。法案の発議を主導した緑の党は「単なる法律の制定ではなく、ベルギーの民主主義の歴史の新たな1ページを開く瞬間」だと述べた。
■「無作為」で選ばれた市民の熟議後に政策を勧告
市民議会は、国家と地域社会の主要な懸案を解決するために、人口統計学的に無作為に選抜された市民が参加し、熟議と討論を経て勧告案を導きだす審議機構だ。市民が十分な情報と教育を受けた後、数回の議論を経て勧告案を取りまとめ、この勧告案は、国会と政府に公式に伝えられ、立法や政策の変化につながる。2004年にカナダのブリティッシュコロンビア州で初めて開催され、欧州、米国、オーストラリア、南米など世界各地に広がっている。
特に欧州諸国では最近、市民議会が実験的な段階を超えて、法的・制度的な基盤を備えた常設機構としての地位を確立している。ベルギー、フランス、アイルランドなどは、市民議会を公式に政府の政策と立法過程に編入させ、「熟議民主主義」の新たな道しるべとなっている。常設市民議会は、無作為抽出と人口代表性の確保▽政府・議会の公式採択とフィードバックの義務化▽全過程の法的設計・担保を原則とする。
人口7万9000人のベルギーの「オストベルギエン」州で「永久的市民対話」
制度が設けられた。これは世界で初めて立法過程に市民熟議機構が編入され
た事例だ=オストベルギエン市民議会のウェブサイトより//ハンギョレ新聞社
■ ベルギー、世界初の立法連携の明文化
熟議民主主義の常設化の実験は、2019年にベルギーのある小さな言語共同体で始まった。ドイツ語を使う人口7万9000人の「オストベルギエン」に「永久的市民対話」(Permanent Citizens' Dialogue)の制度が設けられた。「オストベルギエン・モデル」(OBM)と呼ばれるこの制度は、世界で初めて立法過程に市民熟議機構が編入された事例だ。
永久的市民対話は、議題を選定して総会を招集する「市民委員会」と、討論して勧告案を作成する「市民総会」の二本柱で構成される。過去5年間に76回の市民総会が開かれ、多数の勧告案が議会・政府の立法および政策の変更につながった。オストベルギエン・モデルを研究してきたルーヴェン・カトリック大学のミン・ルーシャン教授(政治学)とアントワープ大学のクリストフ・ニーセン研究員は「『政策勧告に対する政府・議会の公式回答義務化』と『市民が熟議議題を直接提案・管理できるシステム』は、熟議ガバナンスの質的転換を導いた」と評価した(論文『議会における市民熟議制度化:ベルギー・ドイツ語圏共同体の常設市民対話』2022)
永久的市民対話の実験の成功は、ただちにベルギーの連邦市民議会制度の誕生につながった。連邦市民議会は、国会議員15人と無作為に選ばれた市民45人で構成され、「議員・市民混合型市民議会」という革新的なモデルに熟議民主主義を一段と進化させた事例だと評されている。
2022年10月にフランス尊厳死市民議会に参加した市民が経済社会環境委員会の
本会議場で資料を読んでいる。円形構造の会議場はフランス市民議会専用空間で
参加した市民が向き合って討論できるよう設計されている
=フランス尊厳死市民議会のウェブサイトより//ハンギョレ新聞社
■ フランスでは気候・ワクチンが主要議題に
フランス政府は2019~2020年、「気候市民議会」をはじめ、公共政策の懸案を市民が直接討論・勧告する場を制度化している。尊厳死(末期患者の生命の自己決定)、ワクチン、公教育など大きな課題に対応して市民議会が相次いで導入された。パリ市は2021年から100人の市民で構成される大都市の常設市民議会を世界で初めて運用した。
アイルランドでは、2016年に市民議会構成を法的に明確に規定した後、政府と議会が主要な社会懸案を常設市民議会に定期的に回付している。その結果、妊娠中絶、同性婚、気候変動、人口高齢化など数十年にわたり争点だった問題が市民議会で公論化され、国民投票や政策・立法に結び付いた。
ルーシャン教授は「持続的かつ成功する市民議会になるため、単なる一回限りの性質の実験ではなく、制度的に常設化されなければならない」と述べた。このためには、「単純過半数を超える幅広い政治的同意と、恒久的・常設の市民議会の構造と設計、研究者・市民社会・公務員など社会各界の支持が不可欠」だと付け加えた。
アイルランドでは、2016年に市民議会構成を法的に明確に規定した後、
政府と議会が主要な社会懸案を常設市民議会に定期的に回付している
=アイルランド市民議会のウェブサイトより//ハンギョレ新聞社
■ 政策・立法結実…膠着状態解消の糸口
韓国でも、市民議会を正式な民主主義の制度として常設化しようとする動きが本格化している。8月に国会では「なぜ市民議会なのか、どう法制化するか」をテーマに政策討論会が開かれ、「市民議会法」制定と国会に常設市民議会を導入する案が集中的に議論された。ソウル大学のキム・ジュヒョン教授(政治外交学)は「政党中心の政治構造だけでは、国民の多種多様な要求と社会的懸案を反映するのは難しい」として、「熟議民主主義を土台とする市民議会は、国民が主要議題について直接意見を述べ、国会と行政府はその勧告を公式に検討して応じることで、政治不信の打開策になりうる」と述べた。
チョン・ウンジュ|ハンギョレ経済社会研究員記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
アイルランド 国会議事堂。ダブリン。 ©Wikimedia.
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一般市民から無作為抽出で選ばれた議員による「常設市民議会」は、議会制民主主義の本来のタテマエである «熟議» を実現できるとの期待のもとに、各国で実験的に、さらには制度的に導入され始めています。その背景には、選挙による議員の議会が機能不全に陥り «熟議» のタテマエとは懸け離れたものになっている現状があります。それは、ひとことで言えば「政党政治の失敗」と言えるでしょう。
「政党政治」による理念のぶつかり合いや、またその逆の利権・談合政治に対するアンチテーゼとして、リコール,イニシアチブ,レファレンダム(国民/住民投票)などの直接民主主義が唱えられてきましたが、それらがかえって理念化,利権誘導,大衆煽動の危険を強めてしまう現状にあることは、最近の日本では説明するまでもありません。
しかし、「常設市民議会」もまた〈万能の特効薬〉ではなく、さまざまな欠点を指摘することは容易です。たとえば、「無作為抽出」でしかも「その案件かぎり」の議員では、何らかの政治的意志をもった〈主体〉が、議員のなかからは生まれない。けっきょく、意志のある〈主体〉として政治を左右してゆくのは、制度を企画実行する「官僚群」や政権「政党」なのではないか。また、選ばれたシロウト議員に対して、大衆の圧力や、政党・政治勢力の強い働きかけが行なわれ、人権侵害とならないか。それを避けようとして匿名化すれば、政治〈主体〉の不在はさらに深刻になる。
20世紀初めにマクス・ウェーバーが指摘したように、近代の民主主義は、リアルに見れば「エリートによる政治」として実現されました。それと同時に保守派からは、「民意」〔人民の意志,国民の意志〕などというものは存在しない、との・民主主義の本質的不可能性を指摘する批判がありました。「民」という一個の人格が口を開いて何かを主張する・というような絶対的「民意」は、たしかにフィクションにすぎないでしょう。「民意」とは、政治過程において初めて形成されるものだと考えるべきかもしれない。だとすれば、「«熟議» による民意の形成」という民主主義の理想に近づけるためには、一筋縄ではない諸制度の組合せ,継続的試行と修正,評価と運用が必要になるのではないでしょうか。