21世紀の地球は、「上位1%」の屋敷とゴルフ場と、

「残り99%」が住むスラムだけになる? ©thepeninsula.org.in.

 

 


 

 

 

 


【5】 「転移の困難」――

資本主義の「漸近線」と「新自由主義」

 

 

 前節での議論を要約すると、資本主義世界システムの「有力者」たちが逢着している困難は、つぎの諸点にある:① 世界の「脱・農村化」の結果として、「労働者の交渉上の立場が長期的に」強化されてきた「ために、〔…〕賃金は長期的・世界的に上昇傾向にある。」②「生産者と労働者の双方からの要求の結果として、世界的に国家歳出が増大する傾向があり、それは生産者の納税額を増大させてきた」。③「地球規模の自然環境の修復や、将来のための適切な予防措置の費用負担」の要求が増大する傾向があり、それは、生産者の租税負担を増加させ、かつ「生産活動にかかる」環境費用の内部化を生産者たちに強いている。

 

 そこで、「資本家たちがこの時点で必要としている」のは、「労働者の交渉上の立場を弱体化するように」国家に「圧力をかけることであり」、「生産者にたいする国家のサーヴィスの削減無しに、彼らの租税額を引き下げることであり」、「費用の内部化」を制限することである。これらこそ、「ネオ・リベラリズムのプログラムであり、〔…〕この 10年間〔1988-1997〕は非常に成功したように見えている」ものである。


 ところが、「ネオ・リベラリズムのプログラム」は、こんにち、「それ固有の2つの限界に悩んでいる。」

 

 第1に、「労働者の〔職場のみならず政治的アリーナでの〕交渉力」が「長期的・構造的」に強化されてきたことで、「ネオ・リベラリズム」の「国政レベルでのアジェンダ〔大目標。つまり:公営の解体,自助拡大,労働組合の無力化,市場規制緩和〕」への反発を生んでいること。

 

 第2に、 資本主義的生産者は、「労働者よりもはるかに国家を必要としている」のに、この 500年にわたって徐々に強大化してきた近代国家機構は、いま初めて衰退を始めていること。

 

 言うまでもなく は、「より一層重要」で長期的な限界である。「強力な国家が無ければ、ある程度の独占」もありえない。「資本家たちは、競争市場の否定的側面を受容しなければならな」くなる。「強力な国家が無ければ、生産者への財政上の」再分配も、「費用の外部化の是認もありえな」くなる。

 

 それでは、「なぜ国家は弱体化しつつある」のか? その原因は、 リベラリズム〔ネオ・リベラリズムではなく「中道自由主義」〕のイデオロギーが衰退しつつあること、および 「多国籍企業が弱体化しているからである。」

 

  ⓑ から先に説明しよう。「企業が多国籍的性格をもつことは何ら新しいことではない〔前節で述べたように、どの企業も、複数の国家とつながりを持つことで、生存に必須の利潤を確保してきた〕。「多国籍企業」は、国家を弱くしたいと望んでいるどころか、国家とりわけ中核諸国が強大であることを利益とし、またその強大化に寄与してきた。「多国籍企業」は、「中核地域における強力な国家機構が無ければ生き残れない。強力な国家は」多国籍企業の「保証人であり、活力の源であり、巨額の利潤を生み出すための決定的な要素である。

 

 「多国籍企業」の「弱体化は、世界の民主化の拡大、およびそれと結びついた国家の非正統化から生じている。」逆に言えば、国家の弱体化は、多国籍企業の弱体化が一因となっている。

 

 つまり、「近代世界システム」のなかで互いに支え合って強大化してきた中核地域の「近代国家」と・「多国籍企業」とは、現在の段階〔1968年以後?〕では、互いの支えを失って・ともに弱体化に向かっている、ということなのでしょう。〔どちらの「弱体化」についても、議論の余地はあるでしょう‥‥〕

 

 

米連邦議会襲撃事件。2021年1月6日。©ロイター/Shannon Stapleton.

トランプ支持者による連邦議会への乱入と破壊活動は、世界に衝撃を与えた。

 

 

  については、「自由主義」イデオロギーは、「19世紀半ば以来グローバルなジオカルチュア」を形成して、国家機構を正統化し、その強大化を支えてきた。ところが、「過去20年」、その「正統化」の能力は「容易ならぬ低下に直面」している。これは、資本主義システムのもたらす「両極化」を緩和して・漸進改良的に大衆の福祉を実現するという「自由主義」の約束が果たされなかった、むしろ「両極化」は拡大しているという幻滅が広がったためです。

 

 この・「自由主義」国家に対する幻滅は、労働者層に広がっただけでなく、生産者・資本家層にも浸透しています。「資本主義的生産者」層にとっては、「グローバルな利潤圧縮〔低下〕は、強力な国家の干渉〔たとえば一般国民からの租税で、特定の大企業群に補助金を交付する〕によって軽減されるかもしれない」との期待があるのですが、その期待も揺らいでいます。他方で、改良主義によって「労働者の圧力を抑制」する国家の能力も減退してくると、資本家層の国家への期待は、ますます萎んでいかざるをえません。

 

 「もっとも重要な反国家の声は、世界の労働者層から聞こえている。」しかし同時に、「ネオ・リベラルの反国家主義者」も「保守的な反国家主義」も声を上げる。「わたしたちのまわり一帯で、反国家主義の声が聞こえる。」

 

 しかしながら、「ネオ・リベラリズムのプログラム」以外に、世界の「有力者」たちが、この「危機」の時代の「利潤圧縮に対応」して行使する「第2のプログラム」があります。「それは、マフィア的原則を拡張することである。」

 

 「マフィア」とは、「法的強制や税・の回避によって、あるいは保障費〔補助金〕をゆすり取ることによって〔…〕利益を獲得」する人びと、このやり方の「資本蓄積」を存続させるために「個人的暴力や広範なわいろを利用し、公的な国家的手順を堕落させる」人びとを意味する。「マフィア」は、「大規模な蓄財家のなかでももっとも重要」な集団であり、彼らは、不正な手段で築いた富を、「第2世代において〔…〕正当化〔合法化〕」するために「活発に努力する」。

 

 「強力な国家は、マフィアにとっては必ずや制約となる。時のたつにつれて」両者のあいだには「一定の均衡」が成立するのが常だった。「成功したマフィアは、合法的な富と権力に同化して」マフィアではなくなり、同時に「世界経済のどこか」別の場所では、ふたたびマフィアとして復活した。

 

 ところが、「その情勢は今日変化した。〔…〕弱い国家(強い国家でさえも)の官僚や政治家は、〔…〕大衆」にたいする「正統性を喪失」するとともに「大衆支配力を喪失」して、その結果、自分の「利益を国家外のマフィアの利益と合流させ」るようになった。「いくつかの例では、この2つの集団を区別することは〔…〕無意味であろう。」これによって彼らは、世界全体の「利潤圧縮に抵抗」して資本蓄積を高めることに一時的に成功するかもしれない。しかし、それによって「国家の正統性」はなお一層奪われ、国家は弱体化する。(pp.79-85.)

 

 

メキシコ南部先住民自警団。©JEFF ERNST/VICE WORLD NEWS 2021.8.22.

メキシコ南部チアパス州の高地にある町パンテルオで、襲撃・放火された建物から

煙が上がり、先住民の自警団が集会を開いている。山岳地帯の村で暮らす彼らは、

長年彼らを苦しめてきた麻薬組織カルテルを根絶するため、寄せ集めの武器で

武装し、町に下りてきた。12棟以上の建物が完全に破壊され 21名が拉致された。

 

 


【6】 「転移の困難」とは? ――「庶民」にとって。

 

 

 「カオス」の時代において庶民が直面する困難は、「国家正統性が衰退する」ことの影響が、まず深刻です。

 

 「庶民」は、「非常に異質なものからなる」集合体である。「彼らは、いかなる意味でも集団ではない。彼らが〔…〕共有している〔…〕たぶん唯一の特徴は、〔…〕そのいずれもが決して個々に強力ではないということである。」彼らのひとりひとりは、大衆にたいする影響力、ほかの人びとに与えている恩恵、逆に、他の人びとの「脅威となる可能性」、いずれも取るに足りず、「有力者との論争で」優位に立つことはありえない。その結果、「有力者」や「他の連中の都合のいいように」社会における「現実の決定がなされる」。

 

 そこで、個別に正面から論争する代わりに、「庶民」が通常頼る手段は、3つあります:

 

 

国家機構を通じて集団的な影響を及ぼすか、 依頼人として有力者に個人的に接近するか、あるいは  集団的な非国家組織をつくるかである。』

 

 彼らは、自分の利益が『有効な国家的措置によって守られる〔…〕可能性に幻滅した結果、国家に反抗することによって』ますます、『要求に対処する国家の能力を弱体化させてしまった。わたしたちはすでに、下降する悪循環〔…〕に入りこんでいる。』

ウォーラーステイン,松岡利通訳『ユートピスティクス』,1999,藤原書店,pp.86-87. .

 


 歴史的に、近代の 500年間を通じて進められてきた「長期的傾向」は、ⓑ,ⓒ を縮小して  を拡大することでした。「近代世界のイデオローグたちは」ⓑ,ⓒ「の役割の縮小を誇ってきたし、彼らの国境内で  依頼人志向や  非国家的自衛役割組織を縮小できた程度によって、〔…〕国家のできばえを測ってきた」。ところが今日、この「近代世界の何世紀にもわたる長期的傾向が逆転」しつつある。

 

 「庶民にとって、」 の縮小、つまり「国家正統性が衰退することの〔…〕直接的な結果は、恐怖である。〔…〕生計にたいする恐怖であり、個人的な安全や〔…〕将来への恐怖である。」

 

 「この恐怖は、2つの明白な現実のなかに現れる。」ひとつは 「犯罪」であり、もうひとつは、「エスニック〔民族集団――訳者註〕の抗争」である。(pp.87-88.)

 

 

メキシコ警察に編入された自警団員。メキシコ当局は、凶悪な麻薬カルテルに対抗

して同国西部の住民が組織した自警団を合法化し、制服と攻撃用ライフルの配布を

始めた。2014年5月10日、Michoacán州 Tepalcatepec.©AFP / RONALDO SCHEMIDT

 

 


【7】 庶民が直面する困難 ――「犯罪」と自警団

 

 

 まず、「犯罪」について見よう。

 

 人びとは「犯罪率の増加を認めるやいなや、〔…〕そこから行動を起こす。」人びとは、その「地域を避け」て移住するが、その結果そこはますます「犯罪行為の起こりやすい地域となる。」あるいは、人びとは「警察・刑事組織を増加するように国家に圧力をかけるが、」それらの強化は、国家正統性を低下させ〔∵正統性による支配を、暴力による支配で代替することになるから。〕・財政を圧迫することによって、長期的には「犯罪率を下げるどころか〔…〕増大させる」。

 

 国家が頼りにならず、移住もできないとなると、「彼らは自警団を組織しはじめる。〔…〕銃を購入し、地域のパトロールを組織〔…〕する。こうした行為は、たとえ〔…〕幾分かは暴行の危険を減少させるとしても、〔…〕生活の質を変形させ、道徳に基く共同体意識を低下させるのである。」(pp.88-89.)

 

 ウォーラーステインは、「集団的な非国家組織」つまり「自警団」について、このように述べるのですが、それがすべてだろうか?…という疑問があります。

 

 自由主義が実現している・あるいはかつて実現していた先進国では、「自警団」というと、マイナスのイメージがつきまといます。日本の場合も、「自警団」というと真っ先に思い浮かべるのは、関東大震災のさいに流言飛語を信じて朝鮮人「移民」や行商人などに迫害を加えた「自警団」です。

 

 しかし、こんにち、国家の秩序維持の能力が犯罪の増加に追いつかない「周辺」諸国では、住民、とくに先住民や伝統的性格の強い地方住民の間で「自警団」をつくる傾向が広がっています。そのなかで、これまで地方社会を牛耳ってきた「マフィア」集団に対抗して住民が組織した「自警団」が注目されます。それは必ずしも、国家に対抗するものでも「反システム運動」でもありません。むしろ、国家が彼らを評価して正式の警察力に編入しようとすれば、これを歓迎して受け入れ、国家秩序の再建に協力します。なぜなら、「自警団」がめざすのは、あくまでも秩序の綻びを補修して、住民生活の安定を取り戻すことであって、社会変革ではないからです。〔メキシコの自警団の写真↑↓を3枚出しましたが、日付を比べてもらえると、警察への編入が「優勢な流れ」とは言えないのが判ります。国家との緊張は続いている。国家がマフィアとの結びつきを切れないせいでしょう。が、「自警団」がゲリラ化してしまうような傾向でもないのです〕

 

 世界システムの「カオス化」が進行するなかで、このような・住民からの「組織化」の動きには、注目する必要があると思うのです。ウォーラーステインのように、それを否定的にのみ把えたのでは、現実性のある「カオス後」の「ユートピア」は語れないのではないか? ‥‥私はそんな気がするのです。

 

 ここで具体的に、「マフィア」に対抗する住民「自警団」の例を見ておきたいと思います:

 

 

MÉXICO, AGUACATE PUEBLOS UNIDOS CONTRA CARTELES. 19-07-2021.より

 

 

国家権力がなければ自警団が必要:

メキシコの農家 対 麻薬組織

 

白石 和幸 .

 

 

メキシコのアボガド生産業者3000人余りが再び自警団を編成。麻薬組織による犯罪から守るためである

 

 

『メキシコのミチョアカン〔Michoacán〕州と言えば、世界でアボガドの生産量最大の地域である。世界で需要がますます増大している・このグリーンゴールドと称されているアボガドから上げる利益を・横取りしようとして登場したのが、メキシコで蔓延 はびこ る「麻薬組織カルテル〔Cartel〕」である。

 

 それが顕著になったのは 2013年頃からだ。当時、この地域を支配していたカルテルは、ロス・カバリェロス・テンプラリオスであった。翌 2014年になると、2つのカルテルが縄張り争いを展開するようになって、アボガドの生産業者への暴力、ゆすり、殺害などが激しさを増した。〔…〕

 

 アボガド生産業者の間では、もちろん自警団を組織した。カルテルの侵害から守ることに努めた。しかし、その防衛も永久に継続できるわけでもなく、油断を見せるようになるとカルテルがその隙をついてまた侵害を加えるようになって行った。

 

 昨年からそれがまた激化している。これまでの2カルテルに加えて、さらに2つのカルテルが縄張り争いに加わったのである。〔…〕

 

 そのひとつ カルテル・ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン〔…〕を 2009年から率いたのが〔…〕通称エル・メンチョである。〔…〕

 

 メンチョは、カルテルが蔓延するミチョアカン州の出身で、幼少時の彼は家庭が貧困でアボガドの生産を手伝っていた。90年代から麻薬の密売に従事するようになり、1994年に米国の北カリフォルニアで麻薬の密売で逮捕されて3年間収監されていた。その後、メキシコに戻りハリスコ州の自治体の警官として働いていた。彼が元警官だったということで、カルテルの組員は軍隊式に規律が守られ統率が取れているのが特徴である。

 

 一般にカルテルがアボガド生産業者をゆする際、1ヘクタール当たり5万ペソ(28万円)の分け前を要求しているという。脅しても生産業者が支払わない場合は、アボガドを燃やして収穫をゼロにしたり、その家族を誘拐して殺害したりするのである。特に、カルテル同士で縄張り争いが激化するようになると、そのしわ寄せがアボガド生産業者に向けられた。分け前を要求する度合いも執拗になって行った。

 

 

アボガド。 ©農家web.

 

 

 そこで、ミチョアカン州のアボガド生産〔…〕地域の4つの自治体の、3000人余りのアボガド生産業者が、8か月前、新たに自警団を編成したのである。これまで自治体の方からは、アボガド生産業者を守る具体的なプランは、まったくみられなかったからである。

 

 自警団は、〔…〕カルテルの組員がこの4つの自治体のテリトリーの中に入ることができないように、〔…〕警備を開始した。彼らは防弾チョッキに身を包み、銃はカラシニコフAK47、ライフルR-15、M1カービンをもって道路でのコントロールを開始したのである。

 

 54か所でバリケードをつくって、150人からなる自警団が分担して、それぞれ12時間交代で監視している。また、道路の路面に土をもったり小石を置いている箇所もある。通行する車のスピードを遅くさせて、中に乗っている乗客に4つの自治体に入る理由を尋ねるためである。

 

 自警団を維持する費用は、アボガド生産業者や関連の企業家が負担しているという。彼らは、銃を購入〔して自警団に配布〕する方が、カルテルに恐喝されて分け前を払うよりも安くすむからだ、としている。

 

 自警団のメンバーのひとりで 32歳くらいの電気機械技師が、取材に答えた。ヌエボ・ウレチョでアボガドの畑を持っていることや、この自警団を設立して以後よい成果が出ていることを語った。例えば、ある地区では、カルテルは完全に姿を消したそうだ。

 

 自警団のリーダーは、「〔…〕20人から60人のグループを編成して、徹底して歩いてカルテルの組員を一掃した。それは、これまで政府がやらなかったことだ。そのようにして彼らを追い払った。」と取材に答えた。さらに、「我々の努力の甲斐があった。我々が武装していることもあって、暗殺、誘拐、ゆすり、車の盗難などが少なくなった」とも付言した。

 

 市、州、連邦政府当局が安全を保障してくれるのであれば、彼らは畑仕事に戻る意向だという。

 

 メキシコのオブラドール大統領は、「政府では、カルテルの存在が顕著な州の住民を保護して犯罪を減らすために努力している」として、「自警団といった組織を創設することは控えるように」と要請している。


 しかし、住民側からの警察や軍隊への信頼が薄いことが一番の要因であり、犯罪が起きても、〔…〕警察にそれを通報〔…〕しない傾向にある。なぜなら、警察も犯罪組織と関係をもっているかもしれない、という恐れがあるためだ。メキシコでは、通報した人が逆に狙われるのではないか、という不安があるのだ。

言論プラットフォーム『アゴラ』,2021.07.21. .

 

 

 

 

 

 

 こちらはひみつの一次創作⇒:
ギトンの秘密部屋!


 

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