西域・カシュガルバザール。リンゴを売っている。新疆ウイグル自治区。

 

 

 





【18】 資本主義的「世界=経済」――

中核/周辺関係と「国家」
 


資本主義的な世界=経済の垂直的分業は、生産を、中核的な産品』の生産『と周辺的な産品』の生産『とに分割する。中核/周辺というのは関係的な概念である。〔…〕中核的な生産過程は少数の国家に集まって、それらの諸国〔「中核国家」――ギトン註〕における生産活動の大半を構成し、周辺的な生産過程は多数の国家に散在して、それらの諸国〔「周辺国家」――ギトン註〕における生産活動の大半を構成する〔…〕。中核的産品』の生産過程『と周辺的産品の生産過程がほぼ相半ばして立地している』国家『もある。それらは半周辺国家と呼ぶことができる。〔…〕半周辺国家〔21世紀初め時点では、韓国,ブラジル,インド――ギトン註〕には特別の政治的性質がある。』

ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,2006,藤原書店,pp.78-80.



 「垂直的分業」という用語は、ふつうは、先進国が工業製品の生産に特化し、途上国が原料の産出や一次産業に特化する傾向を、貿易によって仲介された「分業」と見なして呼ぶ言い方です。「世界システム分析」で「垂直的分業」と呼ぶのも、同じ現象です。ただ、ウォーラーステインは、この語に、「不等価交換」の意味をこめています。この「分業」は、「周辺」諸国から「中核国」への「たえまない剰余価値の移動」をもたらしているからです。「垂直的」とは、そのような “搾取” を伴う上下関係なのです。

 

 「中核/周辺」という言い方も、もともとは必ずしも国や地理的位置を指しているわけではありません。本来は、生産過程の性質を表す語なのです。「中核的生産過程」とは、利潤率の高い産品の生産過程のことであり、利潤率が高いのは、「独占に準ずる状況に支配され」ているからです。「独占に準ずる状況」なのは、ひとえに「強力な国家の後ろ盾」があるからです。利潤の極大化を追求し、「無限の資本蓄積」に努める資本家は、このような「中核的生産過程」をもっとも選好します。

 

 これにたいして、「[周辺的生産過程]は、真に競争的な生産過程〔…〕である。」すなわち、限りなくゼロに近い利潤しか得られない生産過程のことです。たとえば、農家による農業生産は、そういうものです。

 

 そこで、世界全体を見ると、一方には、「独占に準ずる」市場を実現しうる「強力な国家」があり、そこには、利潤率の高い「中核的生産過程」が集まります。そのような国家を「中核国」と呼ぶことができます。他方では、利潤率の低い「周辺的生産過程」しか持たない・多数の「周辺国家」群がある。

 

 ‥ということは、「周辺国家」群から「中核国」への「たえまない剰余価値の移動」が起きていることになります。その全体を見れば「不等価交換」になっている。個別の取引は、「等価交換」をしているように見えます〔「中核的生産過程」が得ているのは、じつは独占利潤なのです。が、それを、柄谷行人のように、価格体系の差異から利潤を得ているのだと見なせば、「等価交換」であることになる〕。けれども全体として見れば、「中核/周辺」構造は、「不等価交換」の構造にほかならない。

 

 もっとも、このような「不等価交換」は、「政治的に弱い地域から〔…〕強い地域への資本蓄積の移転の唯一の形態ではない。」他の有力な形態として「収奪」があります。


 

バルトロメ・デ=ラス=カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』より

テオドール・デ=ブリュ画 ©MeisterDrucke-939381.


 

 「収奪」という語は、通常は、古代国家の貢税「収奪」や中世領主の年貢「収奪」のように、合法的な権力手段による財貨の移転を言います。しかし、ここでウォーラーステインが述べているのは、超法規的・暴力的な移転、すなわち文字どおりの奪取です。すなわち、アメリカ大陸で、初期のレコンキスタ(白人の征服者)が行なった金銀の奪取。また、社会主義政権がクーデターで倒された国々で、国営企業を「民営化」によって取得した「マフィアまがいの実業家」が、企業の資産を売り払って着服し、国外逃亡してしまう場合などです。このような「収奪は、まさにその行ないによって自らの基盤を掘り崩す」。したがって、一時的な「移転」しかできない。

 

 長続きする〔持続可能な〕周辺」からの搾取は、「不等価交換」、すなわち〔非権力的手段による〕合法的・経済的な「剰余価値の移転」によらなければならないのです。

 

 「生産過程に対する〔…〕国家の役割は、」その国に、「中核的生産過程」が多く立地〔法的/物理的/所有関係的に〕するか、「周辺的生産過程」が多く立地するかによって、大きく異なります。「中核的生産過程が集中して立地している強力な」中核国家「は、それら中核的生産過程」に対して、市場の「独占的状況を保護する役割」を遂行します。役割の遂行手法は「保護主義」とは限りません。むしろ、現代の多くの「中核国」は、周辺国,半周辺国に対して「自由化」〔自由貿易のみならず、相手国の国内の「市場障壁」を除去する内政干渉にまで及ぶ〕を強要することによって、自国の企業の独占力を高めようと努力します。

 

 これにたいして、「周辺的な〔…〕弱体な国家は、通常、垂直的分業に対して行使しうる影響力」というものはありません。何らかの政策的手段を行使しようとしても、「中核国」の政治的/軍事的圧力によって潰されます。結局のところ、“なされるがまま” になるのが実情なのです。

 

 ウォーラーステインは、本書では、「周辺」地域から「中核」諸国への剰余価値の移転が生ずる「不等価交換」のメカニズムを、もっぱら、「中核」諸国に立地する「主導産品 リーディング・プロダクト」製造過程が持つ市場独占(売手独占)的性格によって説明しています。しかし、ウォーラーステインは、他の著書では、「中核」諸国企業の買手独占的な「サプライチェーン」にも言及し、むしろこちらが主要な要因であるとしています。

 

 「市場」というものは、第1次的生産者が最終消費者と直接に対するようなものは極めて稀で、原料→半製品→から長い中間段階を経て消費者向け製品の製造に至る・「商品連鎖」をなしているのがふつうです。ある「市場」または企業は、「商品連鎖」に組み込まれた一つの環にすぎません。しかも、地理的に、世界地図に記してみるならば、このような「商品連鎖」は、「出発点はいろいろだが到達点は狭い地域に集中する傾向があ」る。すなわち、世界中から「中核」諸国へと集まってゆく求心的な流れになっています。

 

 この場合、政治的にも経済的にも技術面でも力の強い「中核」側が、積極的に原材料の確保に努めれば、買手(中核企業)側に有利な市場が形成されます。たとえば、「商品連鎖」中の2つの結節点を統合して、取引を一つ減らすことにより、これを営業活動として行なった「中核」側企業は、利潤を獲得することができます。これが「垂直統合」です。

 

 たとえば、自動車やあらゆる機械装置は、無数の部品を組み立てて製造されます。独占を志向する自動車メーカーは、部品の規格を統一し、かつ他社とは違えて汎用性を無くし、自分の下請け企業に製造・納品させます。下請け企業は、そのように規格化された部品は、特定の自動車メーカーにしか売れませんから、「買手独占」状態が創られます。こうしてメーカーは、買取価格を自由に定めて買い叩き、剰余価値を獲得することができます。

 

 「サプライチェーン」は、これと同じことが、多国籍企業によって国境を越えた範囲で行なわれていると考えられます。


 

テオドール・デ=ブリュ画『ポメユクの女王』 ©public domain review.

「ポメユク」は、現・ノースカロライナ州の海岸沿いにあったインディアンの村


 

 こうして、「資本主義の歴史的発展」と「世界システム」の拡大につれ、社会的分業(垂直的分業)は「ますます高度なヒエラルヒーを構成するようになった。〔…〕中核と周辺への両極分解がどんどん進むことにもなった。」(『史的システムとしての資本主義』,pp.47-48.)

 

 「中核に余剰が移送されると、それだけこの地域に資本が集中し、機械化を進めるための基金が他の地域に比べて得やすくなった。その結果、中核地域の生産者は、既知の商品の生産競争で有利になったばかりか、」新しい「主導産品」を創り出して、売手独占による剰余価値の吸い上げを行ないうるようになった。

 

 「中核地域に資本が集中した結果、〔…〕強力な国家機構を生み出すための財政基盤がととのった」だけでなく、そうする政治的動機も生まれた。「中核」企業は、サプライチェーンや売手独占状態を維持し広げるために、国家機構(外交,諜報,軍事,‥‥)の力を必要としたからです。その目標には、「周辺地域の国家機構の」力を弱め、「中核国」に従属するように仕向けていくことも含まれていた。たとえば、周辺国家に圧力をかけて、「その支配領域内の人びとが、商品連鎖の〔…〕下位の」階梯に「専門特化することを受忍させ」あるいは奨励するようにさせた。周辺国家の政府はまた、「中核」企業が利用しやすいように、低い報酬でも働く「半プロレタリア」労働者〔たとえば兼業農家〕を育成すべく、農民「世帯」の自給基盤の整備や、初等教育の普及に努めたりした。

 

 こうして、「いわゆる賃金の歴史的水準なるもの」が創り出された。「この水準には、問題の労働者が世界システム内のどの地域に属しているかによって、驚異的な格差が生じてきたのである。」(『史的システムとしての資本主義』,pp.49-51.)

 

 最後に見ておきたいのは、「中核的生産過程」と「周辺的生産過程」の両方を抱えている「半周辺国家〔21世紀現在の適例は、韓国,ブラジル,インド〕の場合です。「半周辺国家は、もっとも困難な状況におかれている。」半周辺国家は、「中核諸国からの圧力のもと、周辺諸国に対しては逆に圧力をかけつつ、」自らは「周辺的地位への転落を回避し、かつ中核的地位をめざ」そうと努めます。「だが、それはいずれも容易なことではなく、〔…〕世界市場に対して、国家によるかなりの干渉」を必要とするのです。「かくて〔…〕半周辺国家は、保護主義政策を通じて、〔…〕外部の企業との競争から、自国の生産過程を保護し〔…〕、自国の企業の〔…〕競争力を向上させようとする」のだが、それは決して容易なことではない。というのは、「中核諸国」は外交的/軍事的手段を行使して、半周辺国家の保護主義的な動きを、根こそぎ摘みとろうとするからです。たとえば韓国に対しては、特定の先進国が表てに出ないようにして、IMF などの国際機関が、しばしば「勧告」という名の圧力をかけると、韓国内の経済学者はこぞってそれを支持するので、政府は〔民主的・進歩的な政権であればあるほど!〕従わざるを得ない。そういうことが繰り返されてきました。〔日本の場合は、日銀も財務省も、IMF の勧告をしばしば無視します〕

 

 また、「半周辺諸国は、それまで主導産品 リーディング・プロダクト であった産業の移転を熱烈に受け入れようとする」。その際、「中核」先進国とのあいだでは摩擦は起きません。「中核」にとっては、すでに盛りを過ぎた産業であり、半周辺国が、パテント料を払って “おさがり” を引き受けてくれるなら、悪くない儲け口だからです。むしろ、障碍になるのは、同様に「熱烈に〔…〕受け入れをめざしている・他の半周辺諸国との競争」です。

 

 現在の「半周辺国」である韓国,ブラジル,インドは「いずれも、周辺地域に輸出を行なう強力な企業(たとえば製鉄,自動車,製薬)〔最近ではさらに、コンピュータ,原子炉,航空兵器に進出しつつある――ギトン註〕を有すると同時に、中核地域に対しては、より「先進的」な産品を恒常的に輸入する立場におかれている。」(『入門・世界システム分析』,pp.78-82.)


 

韓国軍弾道ミサイル「玄武2B」発射実験。

2015年6月。©聯合ニュース。韓国は、兵器,原子炉

の開発,生産と輸出にも力を入れている。

 

 

 

【19】 資本主義的「世界=経済」――

コンドラチェフの「長期波動」

 


『コンドラチェフの波  資本主義経済にみられる平均50年を周期とする長期の景気循環の波動。ソ連の経済学者コンドラチエフ N.D.Kondrat'ev が1920年代に主張。英国,フランス,米国などの卸売物価指数,公債価格,賃金率,輸出入額,石炭生産量,銑鉄生産量などを分析し,この波動の存在を指摘した。

 

 今までに、英国の産業革命(1780年代末から1850年代初め),鉄鋼業や鉄道の発展(1850年代初めから1890年代),電力・化学・自動車の出現(1890年代から1920年代頃)によって始まる・3つの波があったとしている。』

百科事典マイペディア:「コンドラチエフの波」.  .

 

 

コンドラチェフは 1926年に、産業国家の経済的発展は、〔…〕およそ50年持続する波(コンドラチェフ循環)の中に生ずるという結論を導出した。

 

 〔…〕好況期には好景気の年が優位を占め、景気後退』の年が多い『下り坂の局面には、基礎的発明と呼ばれる重要な発見や発明の大多数がなされる』

 

 コンドラチェフがスターリンの粛清で倒れた後、彼の研究を引き継いだ西欧の経済学者らによって、『今日では5つの〔…〕循環が導出されている。

 

 初期産業革命 運河、水車、蒸気機関、紡績(1793-1847年頃まで)
 

 蒸気機関の時代 鉄道、蒸気船、電信、製鉄(1893年頃まで)
 

 電気と内燃機関の時代 電気工学、化学、フォーディズム、内燃機関(1939年頃まで)
 

 世界大戦と戦後成長の時代 石油化学、モータリゼーション、緑の革命、電子工学(1982年頃まで)
 

 ポスト工業化時代 情報技術、高齢者介護、生物工学、シェールガス(2039年頃まで?)』

Wiki:「ニコライ・コンドラチエフ」.  .


 


 

ニコライ・ドミートリエヴィチ・コンドラチェフ〔…〕

 

 モスクワ近郊のコストロマ県ガルエフスカヤに生まれる。ペテルブルク大学で学び、社会革命党のメンバーとして農業経済の研究を行なった。

 

 ロシア革命が発生した1917年、ケレンスキー政権下で食糧副大臣を務めたが、ほどなく十月革命が起こって政府が消滅した。

 

 ソビエト政権成立後は、〔…〕モスクワの景気研究所』を創立しその『所長として、また1921年に始まったネップ〔「新経済政策」:個人の小企業や商業的農業経営を容認――ギトン註〕の理論家として、ソ連経済の復興と発展に貢献した。

 

 しかし、農業生産力の向上生活消費財生産の拡大を重工業建設より重視すべきとする彼の意見は、次第に政治的影響力を失った。「資本主義社会が近々没落する〔…〕ようなことは無く、むしろ景気の波を経て絶えず再生する」、という彼の見解と並んで、ソヴィエト農場の集団経営への彼の批判〔ギトン註――ソ連当局に、危険人物としてマークされる〕決定的な』原因『となった。

 

 1928年に発表された第1次五ヶ年計画は、コンドラチェフの方針とは全く逆であった。 コンドラチェフ〔…〕1930年に逮捕された。〔…〕国際的評価を持った著名な経済学者である〔…〕コンドラチェフは、』スターリンのもとでは、『政権に対する脅威と見做されたのである。コンドラチェフは、架空の罪を自白することを強いられた。階級敵を意味する「クラーク教授」』との仇名をつけられて『有罪を宣告され〔…〕1932年にスズダリへ流刑となった。

 

 1938年、最高潮となった大粛清により「10年間外部との文通の権利が無い」という刑の宣告を受けたが、』これはタヒ刑の暗号であり、コンドラチェフは、刑が宣告された同日にモスクワ州のコムナルカ射撃場で銃殺された。

 

 〔ギトン註――ソ連・ゴルバチョフ政権下の〕1987年に〔…〕ようやく名誉回復された。』

Wiki:「ニコライ・コンドラチエフ」.  .


 

 「景気循環」の波動理論は、平均 40か月を周期〔上昇⇒後退をふくむ一周期〕とする「キチンの波」から、150年~300年周期の最長波動まで、さまざまな波の存在が主張されていますが、「コンドラチェフ波」は、約50~60年を周期とするもので、産業革命や 20世紀のモータリゼーションなどのイノベーションと関連付けられるので、経済史の分野ではとりわけ重視されます。

 

 コンドラチェフは、物理学・化学・天文学・地質学に広汎な業績を残したロモノーソフ,「元素の周期律」を発見したメンデレーエフにも比せられるべき、ロシア人らしい・スケールの大きな思想家です。スターリン粛清の犠牲にならなければ、人類の歴史と社会を、どんなに深く解明してくれただろうかと思うと、残念でなりません。

 

 コンドラチェフの刑タヒ後、彼の研究は、オーストリア出身のシュムペーターに引き継がれて、イノベーションの理論として大成されました。


 

『主導産業(leading industry)の正常な展開――すなわち、独占に準ずる状況がゆっくりと溶解していく過程――は、世界経済の循環的な律動の原因である。大きな主導産業』の成長『は、世界=経済を拡大させ、『大きな資本蓄積を帰結する。しかし同時にそれは〔…〕雇用の拡大をともない、賃金水準を引き上げ、一般に相対的な豊かさの感覚をもたらす。

 

 それまで独占に準ずる状況にあった市場に、しだいに多くの企業が参入するにつれ、「過剰生産」〔実質の有効需要を超過する生産――著者註〕が発生し、その結果、〔生産企業は安売り競争に走るので――ギトン註〕利潤率は低下する。〔…〕そうなると、世界=経済の循環は周期の裏側に入る』

ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,2006,藤原書店,pp.82-83.  .


 


 

 「コンドラチェフ循環」では、上図の「E・P」に当たる上昇局面を「A局面」、「R・D」の下降局面を「B局面」と呼びます。前節で見たように、「世界資本主義」の駆動力は、「中核」諸国に立地する「主導産品 リーディング・プロダクト」の産出過程です。16-17世紀には毛織物が、産業革命期には綿布と綿織物が、その後の 19世紀後半には鉄鋼と鉄道が「リーディング・プロダクト」でした。それら・まだ新しい製品を独占的に生産している企業は、市場に対して独占的支配力を持っています。毛織物ではオランダとイギリス、綿布はイギリス、鉄鋼はドイツ・アメリカが抱える「主導産業」が、世界=経済を拡大して行き、世界各地を製品市場として莫大な利潤を吸収し、蓄積していきます。

 

 その「A局面」では、潤うのは資本家だけではありません。好況に支えられて「中核国」では雇用が拡大し、それでもなお人手不足になるので、賃金は高騰します。まさに、「中核国」では金持ちも貧乏人も、資本主義の豊かさと幸福を謳歌するのです。

 

 しかし、ここで注意しないとならないのは、このような「A局面」の豊かさをもたらしているのは「主導産業」の高利潤率であり、それは結局「独占に準ずる状況」によって支えられているということです。このような「独占」状況が、「周辺」諸国〔主導産品の市場〕からの剰余価値の吸い上げを可能にしているのです。

 

 したがって、やがて「中核国」で新規企業の参入が起こり、それが「半周辺国」にも,一部は「周辺国」にも広がっていくと、供給過剰となり、利潤率は低下して、「A局面」は終了します。


 

 B局面」に入って、世界=経済の停滞・後退』期には、『失業率は世界的に上昇し、生産者はコストを削減して、世界市場におけるシェアを維持しようとする。』

ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,p.83.  .


 

 この局面で、「中核」の生産者が行使する最もドラスチックな解法は、賃金水準の低い「周辺国」へ生産拠点を移動することです。先進国のかつての工業都市は “空洞化” して空き地だらけになり、低開発国の海港の近くには近代的な工場群が立ち並んで、現地の低賃金労働をふんだんに利用して生産を行ないます。それでも、そこで得られた利潤は企業の機構や資本関係、先進国の銀行・借款団・金融機関を通じて「中核国」へと還流していきます。

 

 ともかく、この過程が進行すると、先進国の賃金水準を押し下げる圧力として働くので〔「現地生産」の雇用に刺激された低賃金労働力が、「中核国」に移民として移動して来ればなおさら〕、「中核地域でも賃金の低下傾向が生ずる。」B局面」のはじめには、過剰生産が原因で不況になっていたのですが、しだいに、むしろ賃金低下による消費の減退が、主因の位置を占めるようになります。〔日本の「失われた 30年」の停滞は、この状態が長引いているためだと云われることがあります。〕全体として、このB局面」では、「寡占の程度が弱まり、実質的な競争が強まる〔…〕諸生産者は互いに激しく争い、そこには国家の諸機関からの支援が介在する」。すなわち、「補助金」と「利権」の獲得をめぐる企業どうし,企業と農家等個人世帯とのあいだの争いが、政治の主要な争点として浮上するのです〔これまた、現在の日本でたいへん目立つ現象〕

 

 「主導産業が独占に準ずる状況にあるときには世界=経済は拡大し(A局面)、独占の程度が低下すると世界=経済は縮小する(B局面)」。「循環が一周期を刻むのにかかる時間の〔…〕長さは、B局面を回避すべく諸国家がとる政治的方策」や、とりわけ「新しい主導産業」を育成して次のA局面への転換を促し「B局面からの回復を達成するための方策・のいかんによって変わる。」(pp.83-84.)


 

ニコライ・ニコライェヴィチ・Г 画『ニコライ・コンドラチェフ

©Wikimedia.


 

 B局面からA局面への再転換は、どのようにして起きるのか? ここではあまり述べられていないので、ウォーラーステインのほかの著書から補っておきましょう:

 

 

『停滞が、資本の集中化(拡張〔への転換――ギトン註〕の1要因)、階級闘争の機会を提供する。この闘争は所得の再分配をみちびき、そのことが引き続いて需要を増大させる(拡張の第2要因)。だが、この埋め合わせとして周辺地域に低賃金労働者という新しいグループが創造される(第3の要因)。

 

 〔…〕これ〔「第3の要因」――ギトン註〕は、「資本の本源的蓄積」が意味することである。本源的蓄積とは、〔ギトン註――封建制から〕資本主義への〔…〕移行を可能にした、かつてただ一度発生した単一の過程ではなく、循環の谷からの規則的な回復を可能にするような、〔…〕世界経済『繰り返し発生する過程である』。これは、世界経済の境界の拡張――内部にも外部にも――と同一の現象である』

ウォーラーステイン,他;遠山弘徳・訳「資本主義世界経済の循環リズムと長期的トレンド」, in:『叢書 世界システム 2 長期波動』,新装版,2002,藤原書店,p.25.

 

 

 まず、不況と、企業どうしの激しい生き残り競争の結果として、倒産・合併・吸収による「資本の集中」が進展し、市場は独占度を回復し(高め)ていきます〔第1要因〕。経済格差が拡大し、階級闘争が激化しますが、それがどのていど、またどのようにして影響を与えるかは、政治体制によって異なります。1930年代アメリカのような柔軟な民主主義体制ならば、国家の「再分配」政策〔第2要因〕によって消費需要を高め、投資を誘発してA局面への再転換を準備します。ファシズム体制,専制的王政,社会主義国家の場合には、それぞれの反応と効果があります。

 

 しかし、コンドラチェフ循環の最もドラスチックな「反転要因」は、資本主義世界=経済(世界資本主義)それじたいが空間的に拡張すること〔第3要因〕によってもたらされるのです。拡張が、政治的・軍事的に強行される場合には、植民地の獲得となり、「中核国」どうしの植民地争奪(取り合い)を誘発します。しかし、そうでなくても、これまで資本主義の洗礼を受けていなかった・「周辺」地域のより多くの人口に、商品経済を浸透させ、没落させて、土地から引きはがされた賃金労働者や流民の大群(産業予備軍)を創出するのです。こうして、「中核」地域の資本は、「周辺」地域に、ふんだんな低賃金労働力の資源を見いだすことになり、これが「反転」のテコとなります。

 

 すなわち、『資本論』に描かれた「本源的蓄積」の過程は、コンドラチェフのB局面からA局面への反転のたびに、世界のどこかで繰り返されているのです。

 

 さて、このような「コンドラチェフ循環」は、文字どおりの「循環」として “永劫回帰” しているのでしょうか? もしそうだとすると、1周回れば、諸・経済変数は、もとの状態に戻る。そしてまた次の循環が始まる。新規「主導産品」は、手を変え品を変え、つぎつぎに技術的進歩を遂げていくけれども、経済循環は決して終わらない。資本主義は永遠に存続する‥‥のでしょうか?

 

 ウォーラーステインの考えは、そうではないようです。どうやら、「コンドラチェフ循環」をもふくめた資本主義の波動は、ごく長期的には、すべて《減衰振動》になると考えているようなのです。

 

 

『コンドラチェフ循環の周期がひとめぐり終えても、〔訳者註――世界システムの〕状況は、まったくもとの状態に戻るわけではない。〔…〕B局面から脱してA局面に還るべくなされることが、世界システムの諸変数を、ある重要な点で変えてしまうからである。世界=経済の』減縮を回復する『変化は、中期的な〔ギトン註――コンドラチェフ波の〕平衡を回復しはするが、〔訳者註――世界システムの〕長期的な構造のレベルで問題を発生させる。つまりそこには、「長期的趨勢」とでも呼ぶべき過程がある。

ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,p.84.

 

 

 これを図示すると、↓つぎのようになるでしょう。あるB局面から回復したA局面の頂点は、それよりも以前のA局面の頂点が達成していた水準を完全に回復することはできないのです:

 

 

 

 

 これは必ずしも、「世界システム」全体の産出量が減るとか、生産設備の総量が小さくなるという意味ではありません。むしろ、それらは 100年前,200年前と比べると、世界のより広い範囲に拡散して増えているでしょう。しかし、そうした「拡大」を達成したがために、重要な変数が1周期ごとに目減りしてしまうのです。それは、「資本蓄積の鈍化」あるいは「利潤率の傾向的低落」と言われる現象です。

 

 この現象は、B局面からA局面への回復のさいになされる「資本主義フロンティア」の拡大、すなわち「周辺地域」で非資本主義人口〔自給自足の農民や遊牧民――ギトン註〕を切り崩して賃労働者化する運動、マルクスが名づけた「本源的蓄積」に関係しています。(この「賃労働者群創出運動」のおかげで、「中核」諸国の企業は、新たに膨大な低賃金労働者の群れを見いだして、高利潤率による上昇過程への反転のカギをつかむことができるのですが。)

 

 大雑把すぎる言い方になりますが、人類の人口にも食糧生産の増加速度にも限りがありますから、「賃労働者群」の創出は、無限に続けることはできません。いつかは人口の限界に達して終息します。また、人口の限界に達する前でも、そこに近づけば近づくほど創出(切り崩し)は困難になります。けっきょく、資本蓄積は、人口限界を漸近線とする曲線を描くことになります:

 

 

 

 

 もっとも、実際には、人口のなかで何割かは、どんなに「資本主義」の圧力が強まっても賃労働者化しない人びとがいると思われます。したがって、上の図の横線は「100%」ではないかもしれません。しかし、いずれにしろ「本源的蓄積」(賃労働者群の創出)には限界があります。「フロンティア」は、いつかは消滅します。これが、ウォーラーステインによれば「コンドラチェフ波動」の減衰を引き起こしている原因なのです。

 

 それでは、「限界」に達すると(じっさいには、かなり近づいた段階で)、何が起きるのでしょうか? 「限界」に達するということは、搾取の対象になるような新規の低賃金労働者群は、もう得られなくなるということです。みながみな先進国になり、みながみな高給労働者になってしまう。誰も低賃金で働いてくれなければ、利潤率はゼロに近い水準で停滞し、資本蓄積は不可能になります。資本蓄積ができなければ、資本主義は終ります。

 

 これが、システム分析が描く「近代世界システム」の未来です。それは決して遠い未来ではありません。ウォーラーステインが 2003年に出版した『脱商品化の時代』を見ると、すでに世界は資本主義的「世界=経済」システムから、次のシステムへの《移行期》に入っています。《移行期》のあいだに新しいシステムが、資本主義システムに替わるものとして登場するのですが、それはカオス的過程をたどります。「カオス」とは、どんな結果になるかが予想できない変動をいいます。ウォーラーステインの考えでは、その過程において、一握りの世界の “支配者” たち〔ビル・ゲイツ,ノーマン・チョムスキー,ドナルド・トランプ,イーロン・マスク,習近平?〕が、自分たちの地位を存続させるために築く新しい世界(権威的ヒエラルヒー秩序)と、より民主的で平等主義的な世界とが鬩ぎ合い、いずれかが勝利します。カオス《移行期》は最長 50年ほど、そして実際に新システムに変るまでには、さらに数世紀かかるとウォーラーステインは見ているようです。

 

 もちろん、「近代世界システム」が迎えている危機は、これだけではありません。「気候危機」「資源枯渇」などの “自然の限界” が先に来るかもしれません。が、もしも “自然の限界” を解決できたとしても、「資本主義フロンティアの消滅」という歴史経済的限界は、必ずいつかは来る。 そう理解することができます。

 

 「資本主義の終り」は、人類の経済生活の終りを意味しません。そこでは、どんな新たなシステムが出発するのか?‥‥「生産関係」「共同体」といった狭い視野で見ていても、それははっきりとは見えないでしょう。「世界システム分析」が教えるのは、全世界的な “つながり” のシステムをとらえるパースペクティヴにおいてこそ、史的運動の未来は見通せるということです。

 

 

 

 

 

 

 こちらはひみつの一次創作⇒:
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