疎水の真暗なトンネルを舟で下るのが
当時人気の観光コースだった。
↓こちらにレビューを書いてみました。
志賀直哉と里見弴―――
―――同性の愛慾と葛藤(5)
里見弴と4歳年上の志賀直哉との同性愛
女中との“結婚騒動”も済んで
あっけらかんとしている直哉
女中との関係を断ち切れず
際限なく悩みつづける弴
そこへ、ヨーロッパから次兄の便りが‥
親に内緒の情婦の世話を2人に託して
絵画修行に旅立った弴の次兄だったが
いまパリでフランス女と同棲中とやら。
その若い女性の全裸写真を同封する
念の入りように、……
憤慨するどころか畏敬の念を新たにする
直哉と弴。――これが白樺派の
“西洋崇拝”というものなのか?
少なくとも弴のほうは、心底納得できたわけではない。
中年女中との“性の汚泥”から這い上がろうとして
弴がつかんだ命綱――明治の旧道徳を
直哉と次兄は、粉々に打ち砕こうとしていたのだから。
日露戦争後の社会的《アノミー》のなかで
直哉にとって「自分の好きなものは何でも善いもので、
自分の嫌いなものはなんでも悪いものだった」と
弴は言う。そういう直哉の言動に振り回されているうち
弴は「自分のもっとも大切にしていたものを
見失ってしまった。」