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       フェーンの吹く夜


 颪(おろ)す風に無花果が蛇のように縺れて
 絡み合った枝をまた揺らす、
 裸の峰々に浮かび上がった満月は孤高の宴
(うたげ)
 を催しその陰翳であたりはにわかに活気づく、
 辷
(すべ)ってゆく光の雲の船
 その間
(ま)に間に漂う月の夢見るような独り言(ごと)に魔法をかけられて
 湖の谷間に浮かぶ夜空のしじまの幻影と唄、
 わたしの心の奥底にめざめる旋律、
 追い縋
(すが)るような憧れに魂は浮き立ち
 自分は若いと思い、生の上げ潮に戻って行こうとする、
 運命に抗
(あらが)い何かが足りないと感じ、
 鼻唄を唄いながら幸福の夢をもてあそぶ、
 もういちど始めようとする、もういちど遥かな
 若き日の熱い力を冷えこんだ今日に呼び戻そうとする、
 歩きまわり追いもとめ星辰のかなたにまで
 あてもない欲望の暗いひびきをとどかせようとする。
 しかし怖気づいたようにわたしは窓を閉め、灯
(あかり)をつけ、
 寝床で布団が心待ちに白く光るのを見、
 戸外
(そと)では月が世界をめぐり雲の詩(うた)
 フェーンとなって生き生きと銀の庭の上を吹く、
 わたしは漸くわたしの見なれた物たちのあいだに自分をとりもどし、
 眠り込むまで若き日の歌が耳もとで鳴っているのを听
(き)く。



 


 「フェーン」は、スイス・アルプスの雪どけの風。初耳の向きは前々回をご覧あれ。こんどの詩では、ただフェーンに吹かれて飛んでいきたいというだけでなく、飛ばされて向かう先が、見えてきた。ともかくこの春を告げる大嵐が吹きはじめると、中欧の人びとは、まるで足もとから揺さぶられるように、居ても立ってもいられなくなるようです。

 鎖された冬の氷壁を打ち破る大嵐、その風の向こうからやってくるメルヘンのような遠い日々――今夜はそんな音楽を訪ねてみたいと思います。

 まずは、これ↓ ちょっと違うかな? でも、これも中欧の伝説からとった曲:


 

スメタナ『わが祖国』から
第3曲「シャールカ」
ラファエル・クベリーク/指揮
ボストン交響楽団

 


 その昔、ボヘミア森の奥深く、アマゾンのような女騎士だけの王国があった。男のふつうの騎士団が、そこを征服しようとしてやってきたが、女騎士たちは抵抗もせずに降伏し、男たちを酒宴に誘い込む。気をよくした男たちがしたたかに酔って眠り込んだとたんに開始された大殺戮。侵略軍は一人残らず殺されたというチェコの古い伝説です。

 じっさい、この“中欧の奥地”を訪ねてみると、観光案内書には載っていない薄気味悪い名所がたくさんあります。例えば、数万体をはるかに超えると思われる白骨が無造作に積み上げられた墓所。埋葬もされていない。棺にも入っていない。石造の半地下の教会堂の中に、ただ野積みにされています。

 「いったい、いつの時代のものなのか?」「戦争の犠牲者か? 飢饉か? 虐殺か?」と、現地の人に聞いても、「私たちにもわからない」と言うだけ‥ もちろん、説明書きなどありません。見たところ、何百年か昔のものと思われるのが、せめてもの救いか...


 

シベリウス「スネフリド(雪女)」作品29
パーヴォ・ヤルヴィ/指揮
エラーハイン少女合唱団
エストニア国立男声合唱団
エストニア国立交響楽団

 


 ↑こちらは、スウェーデンの“雪女”伝説。ラジオ放送用に作曲された音楽劇で、歌詞とセリフはスウェーデン語です。

 シベリウスは、フィンランド人(スウェーデン系)だけあって、こういう疾風の描写は得意。聞いただけで寒々としてしまう。シベリウス特集は、夏の暑い盛りにでもやったほうがいいんかな?

 

 




 


 シベリウスと言えば、フィンランド国歌にもなっている「フィンランディア」が有名ですが、同じ“愛国”歌曲でも、ぼくは↓こちらのほうが好き。

 このしめやかな民謡調、フィンランドの正教会の古い聖歌の影響を受けているそうです。どこか東洋風に感じられるのは、私たちにもウラル系遊牧民の血が流れているのか?

 シベリウスは、ヘルシンキの大学の教壇に立った講義でも、民謡こそ民族の魂であり音楽の精髄、民謡に学べ……と力説し、彼の作曲した曲はみなフィンランドの“民族音楽”として国内外で評価されているのですが、―――その実、フィンランド民謡をいくら探しても同じメロディーが見当たらない。。。 どうも、民謡のメロディーを持ってくるのでなく、全部自分で創っているらしいのです。

 それでも、西洋の音楽ともロシアとも違う、独自の民謡調がそこにあるのは、まちがえがない...


 

シベリウス「カンタータ わが祖国(オマ マー)」
パーヴォ・ヤルヴィ/指揮
エラーハイン少女合唱団
エストニア国立男声合唱団
エストニア国立交響楽団

 


 ↑こちらの歌詞はフィンランド語。「雪女」のスウェーデン語との響きの違いに気づいた方は耳がいい。単調にカタカタ唱えているような、機械的な感じがしたかもしれません。ひとつおきの音節にアクセントがあるのが、フィンランド語の特徴なんです。

 “疾風”系のシベリウスを、もう1曲↓。シベリウスは、こういうのばっかりじゃないんですが、今回は“疾風”にこだわっておきますw


 

シベリウス「交響曲 第2番 ニ長調」から
第1楽章 アレグレット
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー/指揮
モスクワ放送交響楽団


 


      枯 葉

 すべて花のさかりは実を結ぼうとする
 すべての朝は夕べをむかえる
 この世に永遠
(とわ)なものはない
 流転だけが、逃走だけがくりかえす。

 もっとも麗しき夏もまた
 いつかは秋と枯死を知る。
 葉よ、静かに忍んでとどまれ
 風がおまえを拐
(さら)おうとするときも。

 戯れのまま、身を護ることなく
 事の起こるがままにせよ、
 折り取る風のなすがまま
 おまえの家へと吹かれゆけ。



 

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