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      三声の音楽

 夜を突いて一つの声がうたう
 闇におびえながら声は
 不安をうたう、勇気をうたう
 うたが夜を抑えこむ
 うたうのはよいことだ。

 二つめの声があらわれ共にうたう
 はじめの声と歩調を合わせ
 応
(こた)えを返しまた笑う
 夜のなかで二つの声が
 重なり歌うのはよろこびだから。

 三つめの声がやってくる
 踊り、列をつくり
 夜のなかを共に歩む
 三つ重なれば星のかがやき
 まるで魔法になったよう。

 からまりあった三つの声が
 つかみあい、離れあい、
 身をかわし、また抱きとめる
 夜のうたは愛と歓喜をよびおこす
 魔術のようにおしひらかれた星界で
 すべてがたがいに支えあう
 すがたを現し、また隠し、
 慰めあい、ふざけあう...

 きみがいなければこの世は闇と怖れのみ
 きみなくしては、ぼくなくしては、きみなくしては。




 前回は、ひたすら感性に訴える音楽を鑑賞していただきましたが、今夜のは、かなりリクツっぽいです。でも、オタマジャクシは読めなくてもだいじょぶですから、その点はどうかご安心ください。

 今夜の記事を最後まで読みながら音を聴けば、もうイッパシのバロック通になれると思ってくださいなw


 「三声」の音楽と言うと、声部が3つあって、3つそれぞれ、独立対等にメロディーをかなでて競い合うようなのを指すんだと思います。

 ふつうの音楽は、クラシックでもポップスでも、どれかひとつの声部がメロディーを歌っていて、ほかは伴奏だったり、合唱の低い声部のようにハーモニーを担当していたり‥‥ですが、それがフツウになったのは、たかがここ 200~300年の話なんですね。それ以前‥バロック時代までは、独立したメロディーを、2つ、3つ、4つ、... 重ねるのが、主流だったらしいんです。(いやいや…正確に言うと、ヨーロッパでもアルプスの北側でだけ主流でした)

 現在でも、“輪唱”がそうです。同じ歌を、少しずらして、重ねて歌う。どの声部が主ってことはないです。みな対等。

 バロック音楽の「カノン」は、この“輪唱”の一種。有名な「パッヘルベルのカノン」↓は、「三声のカノン」、つまり三輪唱で、3台のヴァイオリンが、2小節ずつ遅れて、同じ楽譜を弾いていきます。

 その楽譜は、最初の2小節のいろいろなヴァリエーションを、横にえんえんとつないだものですから、けっきょく、いつも、2小節ずつ、3種類のヴァリエーションを重ねて聴くことになります。

 最初のテーマは 4分音符、そのあと、8分音符のヴァリエーション、16分音符のヴァリエーション、32分音符のヴァリエーション、というように、テーマをさまざまに変形したものが出てきます。

 あと、この曲は、チェロと、場合によってはチェンバロも加わって演奏します。チェロやチェンバロは伴奏なのか?‥というと、伴奏みたいに見えるんですが、ちょっと違う。最初から最後まで、2小節だけの短い楽譜を、くりかえしくりかえし弾いています。ヴァイオリンが何を弾こうと、おかまいなく、チェロはチェロで、勝手なことをやっているわけですw

 以上のリクツを、下の↓スクロールを見て、まず耳と目で納得してください。上の3段の楽譜が、3台のヴァイオリンで、いちばん下がチェロです。

 このスクロールは、耳慣らしですから、上のリクツが分かった時点でユーチューブを止めて、戻って来てかまいませんです。


 

パッヘルベル「カノン ニ長調」
ジョルディ・サヴァル/指揮
エスペリオンXXI
スクローリング・スコア付き

 


 耳を慣らしていただいたところで、じっさいの演奏を聴いてみましょう。↑上と同じ、パッヘルベルのオリジナル楽譜で演奏しています。それで、イージーリスニングにアレンジした“カノン”とは、ふんいきが違うわけです。

 最初に弾きはじめるチェロは、「ド―ソ―ラ―ミ―ファ―ド―ファ―ソ」のモチーフを何度も何度も繰り返しているだけ。そのあと出てくるヴァイオリンは、出てきた順に3つのグループに分かれて、追いかけっこをします。

 スペイン、アストゥリアス州、リャネスでのフラッシュ・モブ。午後8時半を過ぎてるそうです。夏時間か。それにしても明るいですね!


 

パッヘルベル「カノン ニ長調」
リャネス、パルレス・ソブリーノ広場
2014年8月27日 20:30

 


 カノンって、すごくメカニックですよね? チェロは機械的に同じモチーフを繰り返すだけだし、ヴァイオリンは、先を弾いてるヴァイオリンの音を、そっくりそのまま遅れて繰り返すだけ...

 メカニック‥‥しかも、複雑な機構じゃなくて、これ以上はないくらい単純で大まか。それが、17世紀の時代精神なんでしょうかね?



 しかし、次の世代のバッハ(ヨハン・セバスティアン・バッハ)になると、いろいろと音楽を凝るようになって、カノンも、だんだん複雑になってきます。

 まず、↓最初のは、パッヘルベルのカノンと似たつくり。通奏低音(チェロとか)が繰り返しているのが、「音楽の捧げもの」のテーマ・モチーフ。フリードリヒ大王が、即興でバッハに出題したテーマです。

 ヴァイオリンが弾いているのは、この「大王のテーマ」のヴァリエーションで、ヴァイオリンは2部に分かれ、1小節ずらして同じメロディーを弾いています。

 ごく短い曲ですが、単純なカノンの見本として聴いてみます。


 

バッハ「音楽の捧げもの」リチェルカーレ3b: 

2台のヴァイオリンのユニゾンのためのカノン
カール・ミュンヒンガー/指揮
シュツットガルト室内管弦楽団

 


 ↓おつぎの曲も、「大王のテーマ」をもとにしたカノンですが、「蟹のカノン」というアダ名がついています。どうしてカニなのかは、演奏を見てもらえばわかりますw

 1台のヴァイオリンは、楽譜の最初から弾いて行きますが、もう1台は、なんと、楽譜の最後から逆向きに弾いて行きます。

 上から読んでも、下から読んでも、音楽になるよ‥ ってわけw


 

バッハ「音楽の捧げもの」リチェルカーレ3a
 

 



 


 このへんで、ボカロイドに歌ってもらいましょう。ボカロのほうが聞いてわかるって人もいるでしょうからねw

 ↑さっきのは、楽譜の進行方向が互いちがいでしたが、今度は、楽譜を上下逆さまにします。フルートのメロディー①「ラシ―ド―ラ―ミ……」を引っくり返すと、ヴァイオリンのメロディー②「ミレ―ド―ミ―ラ……」になります。「ド(E♭)」の高さに鏡を置いて鏡像を映しているようなかっこうです。





 フルートの声部①を巡音ルカが歌い、2小節遅れて、鏡音リンがヴァイオリンの声部②を歌って重ねます。通奏低音(鏡音レンと初音ミク)も、①と掛け合いのヴァリエーションを歌っています。


 

バッハ「音楽の捧げもの」リチェルカーレ11: 無窮カノン
ボカロイド

 


 つまり、バッハの場合には、機械的なくり返し、輪唱のカノンではなくて、通奏低音などはかなり自由に、メロディーを変化させて、声部の間で“かけあい”をしているんですね。

 聞いていても、全体のふんいきとして、だんだん“音楽らしく”なってきたような気がします。。。 つまり、古典派の室内楽や交響楽に近づいて行ってるんだと思います。

 そこで、カノンのような、単直に機械的な、コチコチの形式ではなくて、もうすこし自由にできないものか。といってもやはり、声部はそれぞれ独立だし、追いかけっこはするんだけれども、臨機応変に“かけあい”をしたり、曲想を展開したりできるようにしたのが、“フーガ”なわけです。

 バッハのフーガのなかでも、いちばん単純なのは、↓こういうのだと思います。


 

バッハ「2声のインヴェンション」8番 ヘ長調
MIDI

 


 ↑2声のフーガです。「インヴェンション」は、ピアノのおけいこで、初級教本の次くらいにやるんですが、8番はギトンのお気に入りの曲で、何百回弾いたか分からないくらいです。ところが、じつは‥、いまの今まで、この曲はカノンだとばっかり思ってたんですねw 今回ユーチューブでスクロールの楽譜を見てはじめて、単純なくり返しのカノンでないことに気づいたんです。

 演奏者って、意外に理論には疎いんですよねw

 どこがカノンでないかと言うと、最初、出だしでは、右手より1小節遅れて、左手が追いかけて行きます。ところが、途中で順序が逆になって、左手のほうが右手より1小節先を行くようになります。そのあとは、左右とも、かなり自由に展開して、最後には、また右手のほうが先を走ってるんですねw

 形式が、窮屈なくり返しの型にハマらなくなったおかげで、曲想の展開も、パッヘルベルのカノンなんかよりはずっと躍動的になってますね。

 さて、つぎは少し複雑になって、4声のフーガです。やっぱり追いかけっこですが、最初のメロディーを、高い音程にずらしたメロディーが、あとから追いかけます。トップランナーのあとを、4小節遅れて2番ランナーが 5度上を走ります。さらに 4小節遅れて3番ランナーが、トップランナーの1オクターブ(8度)上を走ります。さらに 4小節遅れて、4番ランナーが 9度上を走ります。

 途中で走者の順序が入れ替ったり、音程が上、または下にズレたり、短調になったり‥と、さまざまな展開があります。他の奏者のメロディーを、少し遅れてマネしたり、といった“かけあい”も盛んです。


 

バッハ「ゴルトベルク変奏曲」第10変奏
グレン・グールド/ピアノ(1981年録音)

 


 やはり、このへんの曲になると、ピアノの演奏が生きてきますね。チェンバロの、型にはまった音では物足りなくなってきます。

 それにしても、グレン・グールドはすごいですね。鍵盤を弾いてない時の左手の動きもすごいw“世界を震撼させた”1955年のデビュー・アルバムでは、まだピアノという楽器の機能を引き出すことに集中していました。しかし、1981年の録音では、もう楽器を超えて、バッハの精神そのものを、かじりつくようにして追いかけている気がします。

 ↓つぎも、4声のフーガですが、第10変奏よりも、つくりは簡素です。チェンバロの華やかな演奏で聴いてみます。


 

バッハ「ゴルトベルク変奏曲」第30変奏
トレヴァー・ピノック/チェンバロ

 


 今夜のしめくくりは、3声のフーガを、フルート、ヴァイオリンと、通奏低音(チェロとチェンバロ)で。

 ヴァイオリンのメロディーが先行し、10小節遅れて、フルートが 5度上の音程で追いかけます。さらに 10小節遅れて、通奏低音が、やや変形したメロディーで追いかけます。 途中で何度か、「大王のテーマ」が顔を出します。最低5回!‥‥あなたは何回聞き取れますか?w


 

バッハ「音楽の捧げもの」リチェルカーレ8: アレグロ
フロリレギウム室内楽団


 


      メロディー

 どこかに荒い海があり
 怒涛は切り立った崖に打ち寄せる
 嵐に揉まれてさまよう船の紅い
 旗幟
(きし)と色とりどりの吹流し。

 船べりにたつひとりの王子
 風に流れる長い髪
 白い上品な手をよじり
 気高くなびく紅い旗幟
 航海は終り祭りは果てた
 花婿は死出
(しいで)に旅立った。

 ぼくの夢にしばしば見
(まみ)
 帆を上げる王の船;泡立つ浪が
 彩り豊かな船べりを滑
(な)
 気高くなびく紅い旗幟;
 帆柱にはヴァイオリン持つ死神が倚
(よ)
 婚礼の輪舞を奏でて笑う。



 

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