ショパン
Ⅰ
手にとるままに繰りかえし
わたしに降らせ、あなたの
揺籃(ゆりかご)のうた、蒼白い大輪の百合を
あなたのワルツの赤い薔薇を。
凋(しぼ)みながらむせるような香気をまきちらす
痩せ細って揺れるあなたの孤高
燃えあがる赤い撫子(なでしこ)の芳香(かおり)
あなたの愛の重苦しい吐息を編みこんで。
Ⅱ
大円舞曲
燭光みなぎる広間
拍車の音、金モール
私の動脈の血が騒ぐ
乙女よ、杯をもて!
さあダンスを!ワルツの狂乱;
ワインの酔いに私の気分は沸騰し
味わったことのないあらゆる歓びを尽くそうとする―
窓のそとで、私の馬が嘶(いなな)く。
窓のそとでは、夜が
くらい野辺をおおう。風が
大砲の轟きをとおくから運んでくる。
戦闘まであと1時間!
―乙女よ、もっと速く踊れ;時が流れ去る
疾風がのはらの藺草を(いぐさ)をゆらゆらと揺らす
明晩はあれが私の寝床になるのだ―
あるいは私の死の床に。―よし、音楽だ!
私の熱いまなざしは貪るように
若く美しい紅(くれない)のいのちを呑みこむ
その光輝はいくら飲みこんでも飲み足りない
もう一踊りだ!さあ早く!蝋燭のあかりも
音も歓びも消えてゆく;月は死に戦慄(おのの)いて
憂鬱そうに光の冠を織りなしてゆく。
―さあ音楽だ!舞踏の歩みに楼は揺れ
石柱に提げた私の剣がいきりたって鳴る。―
窓のそとで、私の馬が嘶く。
詩はまだ途中ですが、ここでいったん切ります。
ショパンのワルツのなかで、単に「大円舞曲(Grande Valse)」と呼ばれているのは1つだけなので、今度はかんたんです。
Grande Valse , As dur, Opus 42 大円舞曲 変イ長調 作品42 【ワルツ集5番】
「大」というわりには、前の4曲のような豪華さ、華麗さはなくて、ショパンのワルツのなかでは地味な一曲です。
しかし、「燃えあがる赤い撫子」と訳したのは、Feuernelke(火のナデシコ ↓画像参照)。「火」というから、カワラナデシコのようなギザギザの花びらかと思ったら、意外につつましい、サクラソウのような形です。「火」という名前は、燃え上がるような真紅の色からきているのでしょう。
別名を「エルサレムの十字 Croix de Jérusalem」「燃える愛 Burning Love; Brennende Liebe」とも。日本ではアメリカセンノウ、またはヤグルマセンノウと呼ばれる帰化植物ですが、原産はアメリカではなく、中央アジアだそうです。⇒:365花撰:アメリカセンノウ
詩の表面的なハデさとは対照的に、題材とされたショパンの曲も、歌いこまれた花も、‥色濃い情熱を内部にじっとつつみこんで燃えるような、落ち着いた美を感じさせます。
この記事のタイトルも、はじめは「燃えあがる愛」だったんですが、「燃えつづける愛」に改めました。そのほうが、この詩と曲に合ってますね。
‥‥そこで、そうした点を意識しながら読んでみると、「Ⅱ」の「私」は、――職業軍人か中世の騎士のようですが――、イコール作者(語り手)とは考えにくい感じがします。
むしろ、「Ⅰ」の「あなた」が「Ⅱ」の「私」なのではないか? ‥‥そう考えて訳してみました。
語り手は、戦闘を前にして踊り狂う戦士(「あなた」)に対して、第三者の位置から思いを寄せている。そう読むのは、ホモセクシュアルすぎるでしょうか? でも、ヘッセの原詩の大意には合っているような気がします。
ショパン、ワルツ 作品42 変イ長調
「大円舞曲」
ヨウツベに出ている音源のなかでは、いちばん録音の状態が良いので、↑これにしたのですが、残念ながらピアニストの名前がわかりません。
アメリカセンノウ(Lychnis chalcedonica)
ショパン (承前)
Ⅲ
子守歌
きみの愛らしい子守唄をぼくにうたってよ!
ぼくの子供の時が去ってからというもの
その唄を聞くのがほんとうに好きなんだ。
あまくふしぎな唄声、こちらにおいで
夜もすがら、おまえだけがぼくの
せわしない心を魅了するのだ。
ぼくの髪にそのきゃしゃな腕を置いて
ぼくらの故郷(ふるさと)のくにの死せる
誉れと幸せの夢を見させてよ。
そらを往く孤独な星にも似て
きみのお伽話の歌のゆらめきが
ぼくの沈鬱な夜をかざってくれるとよい。
そしてきみはぼくの枕元に薔薇の花束を!
まだ芳(かぐわ)しいうちに置いてほしい
故郷を想って悲哀に沈みこむ薔薇を。
もうすっかり萎れて望郷の病(やまい)
にとり憑かれ、壊れてしまったこのぼくは
もはや家に帰りつくことはないのだとしても。
ショパンの「子守歌」と呼ばれているピアノ曲は1曲だけ。↓つぎの曲ですが、モーツァルトやシューベルトの子守歌とは違って、最初から子守歌として作曲されたわけではないようです。ショパンが付けたもとの題名は「変奏曲」でしたが、楽譜として出版した時に「子守歌」と題されたのだそうです。
Berceuse , Des dur, Opus 57 子守歌 変ニ長調 作品57
これも3拍子ですが、ワルツのリズムとは、少し違います。3拍子とワルツの違い、わかりますか?w ワルツは1拍目に強い強勢があります。2・3拍目は、それに引きずられる感じ。聞いていると、1拍目が少し長めに感じます。3分の1かける3――ではないんです。
この「子守歌」は、左手の伴奏は最初から最後まで同じで、右手が主題をさまざまに変奏して繰り返すだけの、非常に単純な構成なのですが、
それがかえって、深い森の中の朝のしずけさのような‥、寄せては返す入江の波のような‥、どこかなつかしい安心感に包みこんでくれます。
演奏は、韓国のイム・トンヒョク(임동혁, 林東赫)。
ショパン、子守歌 作品57 変ニ長調
(ドンヒョク・リム/ピアノ)
↑胃痛に苦しんでいるような表情を奇異に感じたら、あなたはピアニストというものを知らないんですw 顔の表情を歪めたほうが音が良くなるんなら、見てくれなんか気にしてる場合ぢゃありません。音楽家は音がすべて……それがピアニストの王道というものです。
そういえば、太田胃散のCMは、この曲だったかな?‥いや、あれはプレリュードの7番でしたね。。。
さて、オーケストラ用に編曲したヴァージョンでも聴いてみたいと思います。残念ながら、編曲者の名前も、オーケストラの名前もわかりません。ヨウツベに出品している Hunglikehuang が remix の多重編集で作ったのでしょうか?! だとしたら、すごい実力ですね。
ショパン、子守歌 作品57 変ニ長調
(管弦楽ヴァージョン)
さいごに、ジャズ・ヴァージョンを聴いておきたいと思います。
最初に「前奏曲7番」の主題がちょっと出てきたあと、左手のジャズスウィングに乗って「ベルシューズ」のメロディーになります。
ショパン、前奏曲7番(op.28-7, A dur) と 子守歌(ジャズ・ヴァージョン)
(セージフォルテ・トリオ)
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