詩文集(47)――旅の技術

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      旅の技術(テクニック)

 目的のない旅は若者の歓び
 若さとともにそれは色あせた
 そしてただ離れることがわたしの旅になった
 目的と意志とを自覚するようになったからだ。

 しかし目的ばかりを追求するまなざしから
 のどかな旅のあじわいは締め出されている
 森と流れとあらゆるかがやきが
 旅路のどこにでも待ち設けているというのに。

 いまあらためて、わたしは旅を習うことにしよう
 天空の星々にあこがれるあまり
 この瞬間の無垢のかがやきが色あせることのないように。

 それは旅の技術
(テクニック):つぎつぎにやってくる
 世界の連なりとともに逃れ去ってゆくこと、憩
(やす)んでいるときも
 愛すべき彼方にむかっていつも途上にあると知ること。







 「技術」という訳語に「テクニック」と英語のルビまで振りましたが、原語は「クンスト(Kunst)」、つまり「芸術」と同じ語です。

 天衣無縫の旅人のように、足の向くまま気の向くままに旅ができたのは、若い時のこと。年を取ると、移動の目的地やら、一貫した「意志」やらが目の前にチラついて、そんなあてもない“むだな”ことはできなくなってしまいます。それは、“気ままな旅(ワンダー, Wandern)”のほうから見れば、もはや旅ではなく、単に自分のいる場所から離れて遠ざかることにすぎません。

 それでも、あらためて“気まま旅”の良さを取り戻そうとするには、思いめぐらして緻密に練り上げた旅の「技術(テクニック)」が必要なのです。たとえば、できるだけ乗り物を避けて、脚で歩くこと、自動車を使うとしても、アウトバーンは避けて古い小道を行くこと、できるだけ旅の計画を持たず、ホテルの予約をしないこと‥ そういったさまざまな要諦が必要になるのです。

 計画的でラクな旅行をしたがる伴侶や子供や友達を連れて行かないことも、要諦の一つかもしれませんねw



 なにかある一定の目的をもって、それを実現してゆくことが人生の目的であるかのように生きること、それが私たちの社会での“オトナの生き方”なのでしょう。それは、目的のない“気ままな旅”とは正反対の歩き方です。

 自由経済、株式会社、官僚制、‥‥といった近代の社会システムが、こうした生き方を不可避にしてしまったのかもしれません。しかし、それは、あらゆる人間の社会において当然な“オトナの生き方”であったわけではありません。そうでない社会は、近代以前にはいくらでもあったのですし、こんにちでも、地球の表面の半分以上の面積を占めているにちがいありません。

 そこでは、たとえ休息している時でも、「愛すべき彼方にむかっていつも途上にある」ことを自覚した、“賢者”の生き方が尊ばれるのです。


 




 


 私たちは、どこに向かっているのか? 現代の私たちは、いつも不安です。豊かな生活、日夜増え続ける膨大な知識とテクノロジー、世間なみの安定した家庭と社会的地位、あるいは心から信ずることのできる宗教や政治思想‥‥そうしたものはみな、ほんとうは不安で不安でたまらない私たちが、その不安を埋めようとして、“補償”を得ようとして、追い求めるものにほかなりません。しかし、どんなに追い求めたところで“補償”は“補償”でしかない、不安がなくなるわけではありません。なぜなら、私たちには、豊かさでも地位でも宗教でもない大切なものが欠けている、そのために不安が起きているのだからです。

 古い社会の人々は、おそらく、私たちとは違っていました。かれらには行く手が、彼方が、いつも見えていたのだと思います。たとえ物質的には不十分で、精神的にも、狭く限られた乏しい境遇の中にあったとしても、めざす世界だけはいつもはっきりと、疑いようもなく見えていたのです。それは“進歩”とはまったく別のものでした。





      夜の歩行

 どこへゆくの? どこへゆくの?
 やわい夜が湖の畔
(ほとり)で、なまぬるい睡眠を
 眠る;岸にひろがる平野
(ひろの)の森と河と人間たちを
 すっかり憔悴させてしまった。

 ひとつの響きがいま
 鈍い地の底から湧きあがり
 気圏のなかにしなやかに
 ひろがっていった:竪琴
(ハープ)のように
 やわらかく、吊鐘のように重々しく。

 どこへゆくの? どこへゆくの?
 ひとつの音が鈍い地の底から
 わたくしを呼んでいる;それは
 まっくらな階段を上へ上へとわたくしを
 昇らせさらに憧れの彼方へとみちびく…
 そしていきなり止んだ、音は消えてしまった。

 夜の鳥がさわがしく
 羽ばたいて過ぎた
 向うの丘のうえはすっかり
 沈黙の闇に溶けこんでしまった、もはや
 さわめくことも問うことも誘いかけることもない。



 

 

 

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