詩文集(37)――アジアへの旅

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スエズ運河を往く船(『アラビアのロレンス』より)


 





      アフリカから故郷(ふるさと)を振り返る

 故郷にあるのはよいことだ
 なじんだ屋根の下のまどろみ
 子どもたちと庭と犬、ああそれなのに
 さすらいの旅から還ってまだいくらもたたないのに
 はるかな岸辺がまた新たな誘惑となっておまえに迫ってくる
 故郷を想うことは在るにまさる
 高き星空のもとで
 おのれの憧れとともにあることは。
 故郷に憩うことができるのは
 いつも冷静沈着な心臓を持つ者に限る:
 さすらう者はつねに期待を裏切られ
 労苦と旅の重みを担うのだ。
 まことにどんな旅の苦しみも
 故郷の谷での平安にまさる
 故郷の喜びと気づかいの輪のなかで
 賢者だけが幸せ築くすべを知る。
 つねに求めつづけ、見いだすことは決してないのだとしても
 あたたかくきっちりと、おのれを傍らの杭に縛りつけるよりはよい、
 なぜなら、この地上ではたとえ幸せの瞬間においても
 わたしはいつも客人
(まれびと)、決して市民にはなれないのだから。





 これから何回かにわたって、1911年の“アジア旅行”で書かれたヘッセの詩をとり上げたいと思います。

 作品の日付を見ると、旅行は、この年9月初めから12月までの半年足らずのものであったようです。ヘッセの母方の祖父は宣教師として、生涯の過半を南インドでの伝道に捧げていること、また、父方の祖父は、ロシアで医師として生涯を過ごしたこと、こうしたヘッセの家系から見ると、ヘルマンの“海外体験”は、きわめてささやかなものにすぎません。

 旅程を見ても、地中海からスエズ運河と紅海を通ってセイロン島(スリランカ)に渡り、スマトラ島、シンガポール周辺をめぐった後、またセイロン島に戻り、そのままヨーロッパに戻っています。旅行中に身体を壊したために、インド本土には上陸する機会がないままでした。



 同じ時代のヨーロッパ人としても、たとえば“アラビアのロレンス”などは、アラビア半島で現地の人に混じって活躍したのと比べて、ヘッセの“アジア体験”はあまりにもつまらない気がしてしまいます。文学者でも、フランスのアンドレ・ジッドなどは、もっと濃厚な現地体験をしているように思います。

 ジッドの『地の糧』↓には、南の国々の、あの濃厚な原色の緑、大きくて分厚い樹々の葉、苛酷なまでに雲一つない深い青空、乾いた崖と岩石だけがつらなる不毛の大地‥‥白い雲にとざされた私たちの温帯の世界とはまるで正反対の、何もかもを明らかにしないではおかない、あの熱帯の世界が影を落としているように思われます。

 またそこには、肌の色濃い少年たち、若者たちとの性愛の交わりを、ギトンは感じとらないではいられないのです。

 

 

 

 




 

 


「行為の善悪を《判断》せずに行為しなければならぬ。善か悪か懸念せずに愛すること。

 ナタナエル、君に情熱を教えよう。」


「君の欲望をすべて瞬間のうちに置きたまえ。」


「夕暮れを、一日がそこに死んでいくのだと思って眺め、朝明けを、万物がそこに生まれてくるのだと思って眺めよ。

 《君の目に映ずるものが刻々に新たにならんことを。》

 賢者とはよろずのものに驚嘆する人を言う。」


「まず感覚を通して得た知識でなければ私には知識とは無用なものなのだ。」


「ナタナエル、過ぎし日の水をもう一度味わおうと望んではならぬ。

 ナタナエル、未来のうちに過去を再現しようと努めてはならぬ。各瞬間ごとに類いなき新しさをつかみたまえ。」


「ナタナエル、すべての人の不幸は、みなが常に眺める側に立ち、またその見ているものを自分に従属せしめるというところから来ている。 一切の物が大切なのは、我々にとって大切なのではなく、物自身にとってなのだ。願わくば君の目が眺められた物であるように。」


「ナタナエル、君の似ているものの傍らに《とどまって》はならぬ。けっしてとどまってはならない。ナタナエル、周囲が一度君に似通ったら、また君が周囲に同化したと気づいたら、君にとって得になるものはもう失われているのだ。

 周囲を捨てなければならない。君にとって、《君の》家庭、《君の》書斎、《君の》過去ほど危険なものはない。一切の事物から、ただそれがもたらす教育だけを受け取りたまえ。そして事物から流れ出る悦楽がやがて教育を枯渇せしめるように。」


「私の魂よ! いかなる思想にも恋々と執着してはならぬ。いかなる思想をも、沖を吹きまくる風に投げてしまうがよい。天国にまで思想を大事に抱えてゆく必要はない。」

 


(アンドレ・ジッド『地の糧』より)





      紅海の夕べ

 燃え立つ沙漠からのがれて
 よろめいて吹く毒の風
 暗黒のなかで、微動もしない海が待つ
 そらを埋めるせわしない鴎
(かもめ)たちが
 焦熱の黄泉
(よみ)を往くわれらのみちづれ
 そらの端
(はし)で力なくよぎる稲妻
 この呪われた地は、雨の恵みを知らぬ。
 しかし、いま中天にかかる
 明
(あき)らけく清(さや)かな雲ひとつ、
 それはわたしたちが望みを喪うことのないように
 この世界のなかでじっと孤独に耐えるように
 神がそこに置いたのだ。

 かぎりなく広がる荒涼の大地
 最も暑い地上の場所でわたしが遭遇した
 蒸し暑さの地獄をけっして忘れることはない;
 そこに浮かんでほほえみかけていたあの雲を
 重苦しい焦熱の一点の慰めとしたく思う
 この人生の真昼どき、わたしに近づいてくる焦熱のただなかで。



 

 

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