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ライン河畔バハラハとシュターレック城


 



      幼年時代から

 わたしの幼年時代から
 あるひびきが吹き寄せて来る
 かつてそれは至福を約束していた――
 それ無くして生はあまりにも重苦しい:
 魔法の響きが聞こえてこないとき
 わたしは光なき闇に立つ
 まわりじゅう不安と謎ばかりだ。しかし
 たとえ手に入れたものが苦痛ばかりだとしても
 そのあいまあいまには至福にみちた
 やさしい響きが聞こえている
 どんな悲哀も罪悪感もおまえを
 損なうことはできなかった
 なつかしい音のひびきよ
 わたしの棲み家
(か)の光よ
 もうけっして消えないでくれ
 その青い瞳を閉じないでほしい!
 さもなくば世界は
 あらゆる美しい輝きをうしない
 星々はつぎつぎに落ち
 わたしはたったひとり立ちすくむことだろう。





 前回から引き続いて、ドイツの“黒い森”にまつわる伝説の話。

 前回とりあげた伝奇童話作家ハウフ(1802-1827)と同時代ですが、まったく対照的な作風で知られるのがハインリヒ・ハイネ。

 ロマン派の詩人として知られるハイネですが、ユダヤ人であったハイネは、中世のユダヤ迫害の歴史に取材した伝奇小説を手がけたこともあります。しかし、格闘の結果は、迫害の歴史以上に悲惨だったかもw ライン中流域の古都バハラハ(Bacherach, Bacharach)のユダヤ教司祭(ラビ)を主人公とした『バハラハのラビ』は、冒頭の古城の描写、ユダヤの“過ぎ越しの祭り”のしめやかな行事次第、また深夜のライン河遡行など、場面ごとの描写は詩的ですばらしいのですが、ストーリー作りと人物の心理表現に致命的な欠点があって、結局未完のまま放棄された作品……という評価がもっぱらのようです。

 “祭り”の最中に“ポグロム”(非ユダヤ人によるユダヤ人に対する虐殺暴動)の起こる前兆を知ったラビは、親族の晴れ着に赤ワインの飛沫を引っかけて秘かに危険を知らせようとするのですが、そのふるまいが、まるで虐殺を喜んでいるかのようだと批評されている(レクラム文庫版「解説」による)。そして、親族がポグロムの犠牲になるのを放置してラビひとりは、妻を無理やり引っ張って小舟でライン河を遡り、フランクフルトへと避難してしまう。フランクフルトのゲットーに到着したラビのようすが、これまた大喜びの態で、とても迫害の犠牲者とは思えないありさまなのです。親族も同胞も皆殺しにしてくれてありがとう、あ~せーせーしたっ(^皿^) とでも言いたげな...←

 これを見ても、ハイネという人は、どこまでも場面ごとの風景描写にすぐれた抒情詩人であって、小説を書くのはちょっと無理だったのだ……というのがもっぱらの評判になっています。

 加えて、ハイネ自身の同族観――ユダヤ人観が次第に変化して行くことも、迫害を批判する小説の執筆を困難にしたと言われています。ハイネは青少年期には、ルードウィヒ・ベルネらユダヤ人作家の影響を強く受け、ユダヤ民族主義の色彩が濃いのですが、次第にユダヤ共同体からは離れてゆく傾向を見せます。まぁ、彼の詩を読んでいれば、離れたくなる気持ちはよく分かるのです。裕福なユダヤ人家庭の娘に次々に求婚しては、ことごとく振られているのですから... 当時のユダヤ人は、一般のドイツ人以上に現世的・実利的で、詩人のような“何を考えているか判らない人種”は敬遠されたのです。

 ともかく、ハイネの生涯から私たちが学べることは、マイノリティーとして生きることの困難さだと思います。マイノリティーの一員として生きる以上は、マイノリティーを批判するな……などと言うのは無理な話。だからといって、全否定してしまったら、自分で自分の首を絞めることになります。。。



 ちょっと脱線しましたね。

 

 さて、ここでは、『バハラハのラビ』のような歴史小説ではありませんが、古い伝説へのハイネの関心がうかがわれる『ハルツ紀行』を取り上げたいと思います。

 ハルツ(Harz)は、ドイツ中央山地とも呼ばれる地方で、その地名は、中世ドイツ語のハルト(Hart: 森林の山,森におおわれた斜面)に由来します。ここは、シュヴァルツヴァルトと同様に、針葉樹主体の森におおわれた山地なのです。そして、以下で引用するハイネの詩文にもあるように、伝統的にハルツの樹種を代表するのは樅(モミ)ですが、現在では高地はトウヒの植林、低地はブナ属の混合林です。(wikipedia: Harz(Mittelgebirge)

 シュヴァルツヴァルトよりも北方なので霧が多く、“ブロッケンの妖怪”現象が有名ですが、妖怪伝説、魔女伝説にも事欠きません。伝説に彩られた風土の一端は、↓以下のハイネの詩文でも見ることができます。




「その日ぼくは、長いことあちこち歩いてから、クラウスタールで友達になった坑夫の伝言を届けるため、その兄の住まいにたどりついた。ぼくは彼の小屋に一晩世話になり、そこでつぎのような詩を体験したのだった:


        Ⅰ

 山の上に小屋は立ち
 そこに老いたる坑夫棲む
 傍ら騒
(ざわ)めく青き樅
 耀くものは黄金
(きん)の月

 小屋のひとつの肘掛けは
 ふんだんの彫刻に目をみはる:
 そこに座すのは幸せ者だ
 幸せ者とはぼくのこと

 その足台に娘が座り
 腕を乗せるはぼくの膝
 両のひとみは碧い星
 その唇は紅き薔薇

 大空のごと見開いて
 ぼくを見つめる碧い星
 その子の百合の指先は
 真紅の薔薇をもてあそぶ

 だいじょぶ、母さん見ていない
 糸を紡ぐに懸命だ
 父さん向うでツィターを奏で
 謡うはむかしの言い伝え

 

      〔…〕

 いっそう騒めく樅の枝
 紡ぎ車はぶんぶん唸り
 あいまを縫ってツィターの響き
 古き謡
(うたい)にまじりつつ 〔…〕

 

 





「      Ⅲ

 戸外
(そと)では月が傾いて
 樅の後ろに身を隠す
 室内
(なか)ではぼくらを照らすランプが
 もう消えかかって真っ暗だ

 ところがぼくの碧い星は
 いよいよ明るく輝きだした
 真紅の薔薇も灼
(いちしろ)く燃え
 いとしい娘は物語る:

 『
〔…〕

 でも猫は魔女
 嵐の夜に這いだして
 魔物の山、崩れた古い
 塔に登ってゆくのです

 むかしそこには城があり
 賑やかに鎧兜は輝いて
 ぴかぴかの騎士に婦人に御供
(おとも)
 ゆらゆらゆれる炬火の舞い

 ところがお城と人々を
 魔法にかけた悪い魔女
 瓦礫の山が残されて
 梟
(ふくろう)の棲みかとなりました

 でも亡くなった叔母さまは言いました
 正しき時刻に正しき言葉
 真夜中どきに城跡の
 正しき場所で唱えれば

 瓦礫の山は甦
(よみがえ)
 ひかり輝く城となり
 武者や婦人や御供たち
 みな愉しげに踊りだす

 正しき言葉を唱えた者は
 お城と人らの主
(ぬし)となる:
 太鼓に喇叭が轟いて
 若き栄光を讃
(たた)えます』

      
〔…〕

 いま音無き部屋の物はみな
 ぼくを親しげに見つめている
 机も棚もいつの日か
 ぼくはどこかで会っていた

 親しそうに生
(き)まじめに柱時計は語りだし
 やっと聞こえる微かな音で
 ツィターがひとりで鳴りはじめ
 夢のなかにでもいるようだ

 そうだ、いまこそ正しき時だ
 此処が正しき場所なのだ
 さあ賭けてもいい、ぼくの大胆な唇が
 正しき言葉を言い放つ

 見たまえ、夜明けが来たように
 真夜中どきが顫えだす
 沢と樅は騒めき立って
 古い山が目を覚ます

 ツィターの音
(ね)、小人の唄が
 山の裂け目から響き出し
 まるで狂った春のように
 花咲く森が噴き出でる

      
〔…〕

 ところが可愛い娘さん
 もっと変ったのはぼくらのほうだ
 炬火の耀き、金色
(こんじき)、錦(にしき)
 ほのかな光にとりまかれ

 きみは愉しき王女さま
 この小屋掛けは城となる
 武者と婦人とお小姓どもが
 凱歌をあげて踊りだす

 ところがぼくは、このぼくは
 きみとお城と人々を
 わがものとした栄光を
 太鼓と喇叭に讃えらる


 日は昇り、靄は三度目の鶏の声を聞いた幽霊のように消え去った。ぼくはまた山を上り下りし、ぼくの前には美しい太陽がかかって、たえず新たな美しい風景を照らし出して見せるのだった。
〔…〕

ハインリヒ・ハイネ『ハルツの旅』より(拙訳)
井上正蔵訳、舟木重信訳を参考にしました。


 

 


 ここでちょっと注釈しておきたいのが「ツィター(Zither)」という楽器です⇒:日本チター楽友会HP。リンク先で詳しく解説されていますが、ツィターは、竪琴を小さくしたような楽器で、ギターのようなフレットが付いています。フレットの部分でメロディーを演奏しながら、小型のハープのような 30本以上の伴奏弦で伴奏します。もともとはチロルの民俗楽器だそうですが、ドイツ中・東部からスイス、オーストリアに広く伝わっています。

 ツィターで演奏される曲で、世界的に有名になったのは、映画『第三の男』の主題曲。どなたも御存知のメロディーではないでしょうか?↓



 

 

 

 


『第三の男』ハリー・ライムのテーマ


 


 もっとも、古いものはフレット部分が無くて、全体が小型のハープのような構造になっています:
 

 

 

 

Zither: Sounds of Silence


 

 

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