小説・詩ランキング

 



 




     砂丘にて

 まねき寄せる海の音
(ね)にゆられて
 おまえはしずかに辷
(すべ)るように、おまえの人生を溯(さかのぼ)る、
 おまえの荒々しい運命が咆え猛るのを聞き
 おまえの奥深い苦悩が解けてゆくのを感じる。

 かつておまえを炎のように燃やしたもの
 かつておまえを魔法のように衝き動かしたもの
 それらがいま吹き飛ばされ、こなごなに砕かれる、
 なにもかも、砂に寄せる波のたわむれだったのだ。

 えみを浮かべて、おまえは過ぎ去った時を眺め、
 消えてゆく嵐を見つめ、そしてじっと待つ
 いまや運命がおまえをやさしく揺らし育
(はぐく)んでくれるのを、
 それともまた、既にもまさる激しい嵐をもたらすのを。




 “ゼー”という同じ語が、女性ならば海を表し、男性ならば湖を指します。しかし、それならば海はやさしくなよやかで、湖は荒々しいのかというと、まったく逆です。ドイツ人にとって海とは北海であり、嵐がしばしば船を難破させる北方の荒い海なのです。ワグナーの「さまよえるオランダ人」のイメージです。しかも、海の底にはどんな魔物が潜んでいるかもわかりません。映画『ブリキの太鼓』で、北海の海岸に打ち寄せた瓦礫のゴミのあいだから、にゅるにゅると這い出して来るウナギを獲って食べる場面、食べた女性が嘔吐のあまりトイレで流産し死んでしまう場面を思い出さないでしょうか?

 アルプスの湖水は、鏡のように静かで、波立つことがありません。‥‥いや? たしか『ウイリアム・テル』に、嵐で激流のようになった湖水を渡って行く場面があったような‥‥? まぁ、それはおいときましょうw





 北海海岸の砂丘といえば、アンデルセンの『砂丘の物語』もそうでした:



「今でもユラン地方〔デンマークのユトランド半島部――ギトン注〕には、巨人塚や、しんきろうや、砂深いでこぼこ道が縦横に走っている褐色の荒野が、何キロもひろがっているのです。西の方の大きな川が峡湾に流れ込んでいるあたりには、牧場と沼地がひろがっていて、その先は高い砂丘で限られています。のこぎり状の峰をもったアルプス連山を思わせるその砂丘は、海に向かってそばだっています。」



 砂丘と海のあいだは、波浪に浸食された粘土質の絶壁になっています。

 台地の上は砂だらけの荒地で、そこに、わずかばかりの草をもとめて、牛や馬や羊が放牧されていました。海岸には、貧しい漁師の家と納屋が、吹き寄せられたように散らばっています。漁師の小屋は、浜でひろった腐りかけの木材や舟板の破片でこさえたものです。それらは難破船の残骸で、遠い昔から、この荒海では毎年かぞえきれないほどの船が難破し、船の残骸と人の屍を浜に打ち上げているのです。それは、いわば、この地方の“自然の恵み”でした。毎年獲れすぎるほど寄せて来て、大部分は浜辺で腐ってしまうニシンの群れにも劣らないほど豊かな“資源”だったのです。





「砂丘は、巨大な砂の大波が急に動きを止めたかのように立っていました。ハマクサやハマムギの青緑色のこわい茎だけが、白い砂地にいくらかの色の変化をそえていました。〔…〕風がいっそう強くなって、身を切るように寒くなりました。みんなが砂浜をこえて帰って行くころには、砂や先のとがった小石が、風に吹きまくられて顔にぶつかりました。海は白い波頭を高くもち上げました。その波頭の背を強い風が切るたびに、しぶきがさっと舞い上がりました。

 日が暮れると、空にわめくような、訴えるようなざわめきがいよいよひどくなりました。それはまるで、幽霊の群れが絶望の叫びをあげているようでした。」

 








 主人公のイェルゲンは、この海岸の沖で難破した外国の船に乗っていた貴族の子でした。母親は、船に乗っていた人のなかでただひとり生き残ったのですが、漁師の村でイェルゲンを産むと同時に息を引き取ったのです。漁民たちも、もちろんイェルゲン本人も、両親がどこの国の人なのかさえ、知ることはできませんでした。しかし、ちょうど子どもを亡くしたばかりの漁師の夫婦がいたので、この肌の浅黒い子をひきとって育てたのです。

 じつは、イェルゲンはスペインの高位の貴族の子どもだったのですが、彼自身それを知りませんでした。しかし、彼には、海の向うの世界へ行ってみたいという、抑えがたい衝動がありました。たくましい少年に成長したイェルゲンは、雑役夫として年季奉公の船に乗りこみました。そして、船が停泊したスペインの街で、そうとは知らぬ自分の邸宅の大理石の正面階段に腰かけて休んでいたところ、すぐに邸宅の守衛に追い立てられてしまいました。そして船に戻り、また殴る蹴るは当たり前の水夫たちに虐待されながら、奉公をつづけます。

 西ユラン海岸の漁師の家に帰って来ると、まもなく養父母が亡くなり、イェルゲンは小さな家を相続することになりました。そこで、まえから思いを寄せていた少女に求婚したところ、少女は、自分はイェルゲンの親友のほうが好きだが、イェルゲンには持ち家があるから、イェルゲンと結婚すると言うのです。それを聞いたイェルゲンは、親友に家を格安で売払ったうえ、自らは放浪の旅に出てしまったのです。

 ところが、旅立ちのまぎわに親友はならず者の男に殺されてしまい、イェルゲンに殺人の疑いがかかって、彼は冤罪の獄につながれることになります。追手が来た時、イェルゲンはすでに渡し船に乗って、隣りの地方との境界の瀬戸の中ほどまで漕ぎ出していたのでした。昔のことですから、隣りの領地へ行ってしまえば、簡単に捕まえることはできなくなります。ところが、イェルゲンは、岸で追手の人たちが大声で呼び戻しているのを見て、自分を捕まえに来たとも知らず、船頭とともにオールをふるって急いで漕ぎ戻し、捕縛されてしまったのです。

 イェルゲンを虐待した水夫たちにしろ、邸の玄関から追い払った守衛にしろ、親友のほうが好きだと言った娘にしろ、濡れ衣を着せて捕縛した村人たちにしろ、とくにイェルゲンを憎む理由があったわけではありません。意地悪をしたのでもありません。彼らとしては、それぞれの立場では当然の、あたりまえの行動をとったにすぎません。イェルゲンの被った仕打ちは、いわば、彼が生まれた時の海の嵐と同じようなものだったのです。

 アンデルセンが持ち出した別の喩えで言えば、何の罪もないウナギが、たまたま人間に出会ったというだけで、捕らえられてブツ切りにされてしまうのと同じことです。

 ひとことで言えば、“不条理”が―――アンデルセンはそれを「運命」と呼んでいますが―――彼を責めさいなんでいるのであり、抗うすべはないのでした。彼が善意を尽くせば尽くすほど、善意はより大きな仇となって返ってくるのです。



 北の荒海にも、ときには暖かい陽ざしが笑いかけてくる日がないわけではありません。イェルゲンが捕らえられて1年後に、真犯人の男が捕まり、イェルゲンは釈放されます。たまたまその町に来ていた知り合いの商人が、事情を聞いてイェルゲンに同情し、温かく迎え入れます。こうしてイェルゲンは、商人のブレネ氏とともに北方の旧都スカゲンに赴き、ブレネ家の一員として暮らすことになります。ブレネ氏の娘の一人クララが、とくにイェルゲンを気に入って親切にしてくれるのでした。

 しかし、明るい太陽の照らす日々は、そう永く続くものではありません。クララが冬を過ごしに行ったノルウェーの親戚の家から、イェルゲンが彼女を連れて帰る途中、船が難破したのです。イェルゲンはクララを助け出す一心で腕に抱えて泳いだのですが、波に揉まれて別の沈没船の船首に頭を打ちつけてしまいます。失神して流れ着いたイェルゲンの腕の中で、クララはすでに死体になっていました。

 イェルゲンは、命だけはとりとめたものの、脳をやられて痴呆状態となり、記憶は無く、ただ生きている状態でした。老齢だったブレネ夫妻も、まもなく亡くなりました。




「それは春さきの、あらしの季節でした。〔…〕

 ある日の午後、イェルゲンはただひとり、部屋のなかにすわっていました。ふと、心のなかに一条の光がさしました。と同時に、少年のころ、よく砂丘や荒野の上に彼をかり立てた、あの落ちつかない気持ちにおそわれました。

 『ふるさとへ! ふるさとへ帰ろう!』と、イェルゲンは言いました。だれも聞いている人はいませんでした。イェルゲンは家を出て、砂丘へやってきました。砂や小石が顔にぶつかり、まわりに渦をまいて、舞い上がりました。イェルゲンは教会に向かって歩いて行きました。砂は壁をうずめ、窓も半分かくれていましたが、正面の通路の砂は吹きとばされていました。会堂のとびらには錠がおろしてなくて、押すとすぐ開きました。イェルゲンは中にはいって行きました。

 あらしはスカゲンの町の上を、ひゅうひゅううなりながら走って行きました。だれの記憶にもないほどの台風、それこそ、恐ろしい神の怒りでした。けれども、イェルゲンは神の家のなかにいました。外はまっくらな夜になりましたが、イェルゲンのうちには明るい光がさしていました。
〔…〕オルガンが鳴りひびいているようでしたが、それは、あらしと海鳴りのとどろきでした。イェルゲンは座席に腰かけました。すると、ろうそくがともされました。〔…〕その時、会堂のとびらや門が残らずひとりでに開いて、死んだ人たちがみな、その当時の盛装をこらしてはいってきました。〔…〕

 ――死んだ肉体だけがただ一つ、まっくらな教会のなかに横たわっていました。その上をあらしはたけり、飛砂が渦をまいていました。

   ――――――――

 次の朝は日曜日でした。教区の人たちやお坊さんが、礼拝のために教会へやってきました。
〔…〕教会の前にきてみますと、とびらの前には、砂の吹きだまりが大きな丘となって、うずたかく積もっていました。」


 お坊さんたちは、砂に埋もれてしまった教会堂に入るのをあきらめて、他の場所に新しい会堂を立てることにしました。


「イェルゲンは、スカゲンの町のなかにも、砂丘にも、どこをさがしても見つかりませんでした。たぶん、砂の上まで押しよせてきた大波にさらわれたのだろう、と人々は言いました。

 イェルゲンのからだは、偉大な石の棺、教会そのもののなかに葬られていたのです。
〔…〕

 堂々としたドームも、砂でおおわれました。〔…〕その上を、人々は歩いて塔のところまで行くことができます。この塔はお墓をかざる巨大な墓碑のように、砂のなかからそびえ立って、何マイルも遠方から仰ぐことができます。

 どんな王さまも、これほどりっぱな墓碑は立てられたことはありません。だれもこの死人の平和を乱すことはできません。だれもそのことを知っている者はいませんでした。今もありません。――ただ、あらしが私のために、それを砂丘の間でうたって聞かせてくれたのです。」

大畑末吉・訳『完訳アンデルセン童話集』,5,1981,岩波書店. より
 






     小舟の夜

 日は落ち、遠くの山は暮色にけむる
 なめらかな湖水が濃い紅
(あか)に染まる
 着飾った舟が滑るように擦れちがう、賑やかなうたの声……
 ぼくらはいつやすむのか、わたしの小舟よ?

 うたの音
(ね)は消え、長い影を曳いて
 夜のはじめが高い頂きから降りて来る
 最終便の汽船がカンテラの灯りをつけて
 遠く去ってゆく。小舟よ、ぼくらはふたりだけになった。

 夜が冷え込む。わたしはやすらうこともなく
 雪嶺
(せつれい)の謎めいた耀きへと駆りたてられてゆく
 さぐるように幽
(かす)かな指さきで、死神が
 船底をたたいている……なにを震えている、小舟よ?

  ――――――――



     カロンの入り江 
(自作)

 木の葉のように踊る小舟たち!
 わたしの舟はびくとも揺れぬ……なぜだ、渡し守?

 聖なる宮へと向かう小舟たち、楽しげに歌いシャンパンをあける騒々しき人々!
 わたしの舟はすべるように渡る、音もなく……なぜだ、渡し守?

 舳
(へさき)に立つおまえのシルエットがゆっくりとこちらを向く
 ほっそりとした撫で肩の影、おまえの表情は見えぬ

 「どうだった、楽しかったか?」
 幾千載も経た少年の声がしじまに響く

 「もうたくさんだ。なにも良いことはなかった‥」
 わたしのうしろからつぶやく、わたしの、わたしでない者の声:

 波もない暗い水面に、もうせんに世を去ってしまった幾人もの
 友人たちの顔がうかぶ。鈍色
(にぶいろ)のそらをつかもうとするかのように
 虚空に突き出される渡し守の櫂……

 舟はしずかに回転する
 もとの岸辺へと漕ぎだす昧爽のカロン

 がっくりと首を垂れるわたし
 つぶやくように告げるカロン

 「おまえはまだ渡すわけにゆかぬ‥」




 

 

 よかったらギトンのブログへ⇒:
ギトンのあ~いえばこーゆー記

 こちらは自撮り写真帖⇒:
ギトンの Galerie de Tableau