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     旅の途上で

クヌルプの思い出に 
 

 悲しむな、もうじき夜になれば
 青ざめた野山のうえで寒そうな月が
 こっそりと笑いかけてくるだろう
 ぼくらは手をつないでやすらうとしよう

 悲しむな、やすらぎの時はもうじきだ
 ぼくらの小さな十字架は明るい街道のわきに
 ふたつ並んで立つだろう
 そして雨は降り雪は積み
 風は往ったり来たり

  ――――――――


     悪い時

 ぼくらは会話もとだえ
 歌を口ずさむこともなくなり
 足どりは重い;もう
 夜になろうとしているのだ

 手をつないで行こう
 まだぼくらの道のりは長そうだ
 雪だ、雪がふりだした!
 異国の冬は厳しい

 ぼくらのまえに灯りと、いろりの
 火が見える時はまだ遠いのか?
 手をつないで行こう!
 まだぼくらの道のりは長そうだ





 ヘッセの小説『クヌルプ』は、1908年に第2章「クヌルプの思い出」が先に発表されました。↑上の詩「旅の途上で」は 1907年の作で、「クヌルプ」の最初の構想は、このようなものでした。

 

  ちなみに、『クヌルプ』は、ヘッセの作品のなかでもっとも早く日本語訳が出た小説で、石川啄木編集の『スバル』創刊号(1909年1月1日発行)に、前年ドイツで発表された第2章の翻訳が掲載されたそうです。

 のちに全体が発表された現行『クヌルプ』は、「クヌルプの生涯の3つの物語」という副題がある3章構成で、各章は順に、皮なめし匠、作者、ドクトルの3人の友人のクヌルプとの交友体験として書かれています。先行して発表された第2章は、作者=語り手がクヌルプの放浪の旅に同行する話です。その冒頭部分から引用してみますと↓



「まだ陽気な青春時代のさなかだった。クヌルプはまだ生きていた。私たちは、彼と私は、そのころ焼けつくような夏の時期に豊かな地方をさまよい、苦労をほとんど知らなかった。一日中、黄色い麦畑にそってぶらぶら歩いたり、涼しいクルミの木の下や森のふちに寝そべったりした。晩になると、私は、クヌルプが農民たちにいろいろな話を語り、子どもたちに影絵をして見せ、娘たちにたくさんの歌を歌ってやるのに耳を傾けた。〔…〕  ある午後、忘れもしないが、私たちはある墓場のそばを通り過ぎた。つぎの村から遠く離れて、小さな礼拝堂とともに、見捨てられたように畑の間にある墓場で、〔…〕入り口の格子門のそばに2本の大きなクリの木が立っていた。」

ヘルマン・ヘッセ,高橋健二・訳『クヌルプ』,新潮文庫 より


 

 語り手とクヌルプは、扉の閉っている墓場の塀を乗り越えて中に入るのですが、初夏の栗の木と言えば、咲いた花序から特有のにおいを出しています。人間の精液の匂いに似ているという人もいます。

 クリにかぎらず、大きな樹木は、それぞれ特有のにおいを持っていますが、そのなかでクリは、わりあいに軽くさわやかな甘い匂いだと思います。若者の男どうしの淡い逢瀬にはふさわしい香りという気がするのですが。。。



 


栗の花(オマキ平,奥多摩)       






 しかし、クヌルプの放浪生活は、友人・他人からは趣味でやっているように見えても、本人にとってはそうならざるをえない宿命なのだと思います:


「主人公クヌルプは、ヘッセの作品の例にもれず、アウトサイダー、はぐれものである。〔…〕定職も地位も富みも得ず、孤独の流浪のうちに路傍に倒れる失意の人である。しかし、文学において、ひとの共感を呼ぶのは、得意の人ではなく、失意の人である。そこにより多く、おごらぬ、つつましい愛すべき人間が感じられるからである。」

高橋健二・訳『クヌルプ』,「解説」



 

 クヌルプは、少年時代にはラテン語学校に通っており、のちにドクトルとなった友人とも机を並べていたのですが、13歳の時に年上の女性を恋し、告白したところ、学生なんか頼りにならない、職人さんの方がいいと言われたので、学校を辞めて徒弟になってしまいました。ところが、彼女はクヌルプを裏切って他の職人と恋仲になってしまったので、クヌルプは徒弟修業にも身が入らなくなり、流浪の人となってしまったのです。



「最初の恋人に裏切られてから,クヌルプは人間が信じられなくなり、ぐれてしまい、〔…〕さだめない旅の職人にしかならなかった。が、行くさきざきで農民たちに話をきかせ、子どもたちに影絵をして見せ、娘たちに歌を歌って聞かせた。みんなクヌルプに宿をかし、ごちそうをし、親しくするのを喜びとした。彼はみんなの間に一脈の明るさとくつろぎと楽しさをもたらした。〔…〕いわば人生の芸術家になった。それでよかったのである。そういう人間も、神は必要とされるのである。」

高橋健二「解説」



 

 ところで、第2章の終りの部分で、クヌルプは、語り手に別れも告げずに突然居なくなってしまったこと、そのために語り手が受けた大きな衝撃が描かれています:



「見まわすと、クヌルプがいなかった。〔…〕呼んでも、口笛を吹いても、さがしてもむだに終わったとき、ふいに彼は私を捨てたのだということを悟った。〔…〕

 私はひとりぼっち幻滅して立っていた。彼を責めるより自分を責めずにはいられなかった。そして今こそ、クヌルプの意見によるとすべての人がその中に生きている孤独、しかし私はついぞどうしても信じる気になれなかった孤独を、自分で味わわねばならなかった。孤独は苦かった。〔…〕孤独はそれ以来もう完全に私から離れようとはしない。」

高橋健二・訳『クヌルプ』より

 

 これは、↑上の最初に出した詩とは、少し違うような気がします。

 詩のほうでは、作者はクヌルプ―――あくまで作中の人物。モデルがあったかどうかは判りません―――と、どこまでも手を取り合って旅して行くように描かれています。しかし、小説のほうでは、気ままにどこかへ居なくなってしまう。それを作者は、裏切られたと感じ、自分を激しく責め、孤独に沈むことになる。

 小説のほうがリアルなのかもしれません。クヌルプという独特の性格をもつ人物も、リアルな世界の中に置いて生きさせなければならない。クヌルプが、リアルな世界の中で作者以外のさまざまな人と関わりを持ち、影響を受けて自分の道を進んで行ってしまうのを、作者が止めることはできないのです。生きている以上、クヌルプと手に手をとってどこまでも行きたい語り手、あるいは作者だけのものにしておくことはできません。

 しかし、詩の中では、作者は自分の感情や願いをそのまま、まっすぐに語ることができ、そこに何の制約もない。リアルな限界は現れない…。現実社会の都合の悪い部分が隠されてしまう――のかもしれませんが、そのかわりに、願いや希望、自分の意志それじたいを、いわば普遍的に語ることができます。それが、散文に対する詩の長所でも短所でもあるのだと思います。

 

 小説でのクヌルプは、リアルな世界のクヌルプかもしれませんが、その世界の“リアル”さは、作者の時代や社会観念に制約されています。ちがう時代の私たちから見れば、詩のほうがむしろリアルかもしれません。ヘッセと同じ時代でも、もしヘッセよりも制約のない眼で世の中を見ている読者がいれば、その人にとっては、ヘッセの散文よりも詩のほうがリアルでしょう。

 

 詩は普遍的に語ることができる―――とは、そういう意味だと思います。詩は、時代を超え、作者個人の制約を超えて、私たちとつながることができるのです。





     7月の子どもたち

 ぼくらは7月に生れた子どもたち
 白いジャスミンの香りをひたすら愛し
 花ざかりの庭を眺めつつ歩いてゆけば
 夢また夢の深みの中へとしずかに迷いこむ

 ぼくらの兄弟は深紅
(スカーレット)の罌粟(けし)の花
 燃ゆる花びらはちらちらとまたたく驟雨
 麦秋の穂波に、火照
(ほて)る土塀に明滅し
 たちまち風に吹きさらわれてしまう

 7月の熱い夜のようなぼくらの人生は
 夢いっぱいの輪舞をくりひろげないではいられない
 かずかずの夢、熱い取入れの祭りに身をゆだね
 熟した穂と紅い罌粟で編んだ輪を手に持って



 

 

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