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     神 殿

 そこは墜落した神が深い闇に覆われて
 道ばたの丈高い草の中に横たわっている、
 そこは暗い木立ちが梢をそよがせ
 崩れ落ちた神殿の墟
(あと)に悲しくたたずむ。
 神々の聖なる御息所
(みやすどころ)、年古る糸杉は冷ややかな
 うたを奏でる、この暑い埃だらけの苦悶の道のかたわらに
 わたしの重い荷物を降ろさせたまえ!

 あなたはわたしを知らないでしょう、何年ものあいだ
 この聖所の静けさから遠ざかり、神々を求めて
 国々をさまよい、神々を愛し、また罵り、
 不信心の詩
(うた)の数々をささげ、
 その禁じられた異郷の道から立ちもどってきた者を:
 かつていちづに信じ、やがて背を向けたこの神の森に
 わたしの重く荒んだ頭をば休ませたまえ。






 「墜落した神」とは、太陽に近づきすぎて失墜したイカロスのような伝説中の存在かもしれませんが、あるいはむしろ、ニーチェによって「神は死んだ」とまで断じられたキリスト教の神かもしれません。いずれにせよ、この“御息所”でのひとときは、作者にとって最終的な安息にはほど遠く、ヘッセの迷いと彷徨はつづくのです。

 この詩が書かれたのは 1939年4月、第2次大戦勃発の直前でした。3月にヒトラーのドイツはチェコを占領・併合し、4月にムッソリーニのイタリアがアルバニアに侵攻しました。

 ドイツでのナチスの政権掌握によって、ヘッセの本の出版が困難になり、印税をスイス・フランに換金することも難しくなりました。



「ヘッセはナチスが政権をとって以来、それに対する怒りと反対をかくさなかったが、〔…〕ドイツ国内の彼の読者や友人に対する配慮から、あからさまな反対運動には加わらなかった。〔…〕ドイツから彼の所へ来る手紙は憎悪と中傷に充ちているものもあったが、若い人たちの手紙の大部分はヘッセの忠告と助力とを求めていた。」

「1928年から 1939年にかけて、それまで外部的事情に妨げられていた『ガラス玉遊戯』
〔の執筆――ギトン注〕がようやく前進して、〔…〕  9月に戦争が始まったときヘッセは初めてバーデン〔毎夏の保養先――ギトン注〕へも行かず、『ガラス玉遊戯』の理想国カスターリエンに専念した。」








 このヘッセ最後の長編小説は、「まずヨーロッパ文化の伝統とそれがジャーナリスティックな現代に至って、その間相つぐ戦乱に疲れ果てた世界の人々が新しい文化国家カスターリエンを作り、そこでその象徴的遊戯であるガラス玉遊戯を作り出すまでの過程を、いわばヨーロッパの文化の発展を批判しつつ述べる序の章に始まって、」カスターリエンで“ガラス玉遊戯名人”となった主人公が、やがて「その地位を捨てて、俗世間の有能な青年にその精神を伝えようとする物語である。」

「この老年の作品の中に示された瞑想、易経の神秘的知恵、及び西欧の数学と音楽とはヘッセのもつ矛盾や内面的動揺やその生活の永遠の紛争と、二元性との一切を統一する法則性に形成することを助けたのである。
〔…〕『シッダルタ』のインド伝説はその終末に於いては道教の教えに向かったのである。そして、『ガラス玉遊戯』は更に明白に中国的思考の著しい影響を示している。」

井手賁夫『ヘッセ』,1990,清水書院,pp.172-174,179-180.



 

 『ガラス玉遊戯』に描かれたカスターリエンは、俗世間から切り離され、選ばれた天才だけが入ることのできる桃源郷ですが、そこで最高の地位に上りつめた主人公が、最後には俗世間に戻って、平凡な世間の人以上に平凡な、あっけない死にかた――とるにたらない事故死を遂げる結末を、ヘッセは書きました。⇒:ガラス玉演戯(世界文学案内)

 朝日に魅せられて湖水に飛びこんだ少年を追って飛びこみ、誤って水死してしまう主人公の死は、いちじるしく個人的で好感が持てます。また、BL的でもあります。

 選ばれた選良が集まってつくる“理想国”という設定には、ギトンはどうも抵抗を感じるのですが、最後の結末がそうなっているのなら読んでみたいかな‥‥と思ったしだいです。





     風 景

 みずうみと森、丘が織りなす
 遠い子どもの頃のようなけしき
 このひろい世界の隅々まで、おだやかに
 神の手にいだかれ安らいでいる。

 わたしはじっと魔法にかかったように
 何時間でも眺めている、
 古い衝動は眠りこみ
 古い恐怖は眠りこんでいる。

 しかし私にはわかる、いまは圧し沈められている
 それらは、やがて起きあがってくることが:
 私はみどりにおおわれた野を
 見知らぬよそ者として歩いてゆかねばならないのだ。


 

 

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