詩文集(5)――いなびかり

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     呪われたぼくら

 移り気な雲はいきなり青ざめて
 稲びかりが森の地平を透かし出す
 夜の幻影がおまえを幾千の
 悪夢の中へと追いやる、蒸しあつく
 重苦しい晩夏の宵のまぼろしだ。
  それというのも俺たちは炬火の光明に照らされて
 乱れ散る薔薇の桂冠を被せ合ったのだから、
 おまえは甲
(かん)高い官能の笑い声をあげたのだから。

 おまえは眠れぬ夜々を運命の宣告のような
 時の鐘を数えてすごすがよい。重苦しい
 熱病のような不安の中で、あの夜以来俺を苦しめている
 あらゆる苦悩がおまえを苛
(さいな)むがよい。
 あの夜俺はなつかしい城と園
(その)と並木路に別れを告げて
 黒い馬に乗り異郷へと永
(とこしえ)に追いやられたのだ。







 前回にひきつづいて、インゼルの詩集に並んでる詩篇を訳してるんですが、同性愛の性愛の詩‥ということで考えてみると、ちょっとした違和感を感じないでもありません。ぼくらの“しとねの交わり”は、こんなに重苦しい、熱苦しいことばっかりかなぁ!?‥というクエスチョンマークです。

 彼我の体格の違いということは、考えてよい気がします。“おとこ”らしくない(のがいい!!←)きゃしゃな腕や、柔らかく薄い胸板を愛で合って、かろやかに交わるぼくらとは違い、がっしりした体格の筋肉質の男どうしが組んずほぐれつ交わったら、重苦しくも暑苦しくもなるんじゃないかなとw

 しかし、そればかりでなく、これは 100年以上も前に作られたという、時代環境の違いも無視できません。100年前と言えば、あっちの国々でもまだ宗教の戒律は厳格で、“ソドムの快楽”にふける自体が、死してのちまで許されることのない大罪とされていたでしょう。そんな迷信は乗り越えたつもりでいる人も、心の奥では怖れの気持を吹っ切れないでいたかもしれません。ヘッセは、キリスト教からはしだいに離れて、仏教に関心を深めていき、シャカの時代の若者を描いた名作『シッダールタ』を書いたりしているのですが、‥それでもやはり彼は牧師の息子ですからねえ。。。

 現代ドイツやスイスのゲイたちが、ヘッセの詩をどう評価しているのか、知りたいところではあります。(ネットを通じて訊いてみることもできそうですが…、まぁおいおいとw)





 しかしそれでもなおかつ‥、ギトンの感想を言わせてもらえば、ヘッセは、著名な作家の中では、同性愛として第一級だと思います。ゲイ界で評価の高いイギリスのE.M.フォースターより、ヘッセのほうが、ギトンはいいと思います。詩人のなかでは、オーデンより好きです。ジャン・ジュネとは‥、あれはいわば最高峰で、聳えてる方向も違うので、ちょっと比べられませんw

 どこがいいのかと言うと、そのものズバリでなく、どこかワンクッションあるというか、いったん自分の世界から離れて、メルヘンのガラスを透して見ているようなところがいいんです。そこを批判的に言えば、同性愛者として不徹底だとか、宗教的・社会的な制約を超克しきってないとか、いろいろ言えるのかもしれませんが、たとえ不徹底だとしても、その結果として、むしろいいものができたと思いますw

 たしかに、ヘッセは生涯に2回結婚(むろん女性と)しています。

 少なくとも詩や小説や芸術の世界に関するかぎり、不徹底だから悪いとか、乗り越えていないから価値が低い‥というようなことは、決して言えないと思います。あの“社会主義リアリズム”の御用作品や“ナチス芸術”に、後世に残るようなものがぜんぜん無いことでも、それはわかります。

 (もちろん、たまにはよいものがあります。エイゼンシュテイン+プロコフィエフの映画『アレクサンドル・ネフスキー』は映像も音楽もすばらしい。ショーロホフの『静かなるドン』は、じつは党公認のあからさまな剽窃ですが、剽窃された作品が良かったのか、ノーベル文学賞を受けています。ナチスの全裸ショタ彫刻の数々は、いまでは二重の意味で御法度ですがw,秘蔵したくなる作品ばかりです)


 ギリシャの神殿の円柱にほどこされた彫刻のように、破風の重さに耐えて世界を支える神人のゆがんだ表情にこそ、末永く後世の人を感動させる生命の閃きがあるのだと思います。



     いなびかり

 稲びかりは熱病のように遥かに、
 おまえの髪につけたジャスミンが
 はにかんだ星のように青じろく
 ふしぎな光をちらちらと投げる

 息もつかせぬなまめかしい夜よ

 おまえのあやしくもふしぎな力に
 星の出ない重苦しさに、ぼくらは
 キスと薔薇とを犠牲に捧げている

 祝福も光輝もないキスの数々に
 ぼくらは口を重ねるやいなや悔いてしまうのだ――
 悩ましげに身をおどらせながら
 熟しすぎた花弁を散らす薔薇の数々を。

 一滴の露さえ結ぶことなく過ぎる夜!
 祝福も涙も見えない愛欲のつらなり!
 けれどやがて近づいて来る遠い嵐を
 ぼくらは恐れつつ待ちうけているのだ。

 

 

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