詩文集(2)

テーマ:

小説・詩ランキング


     春

 あの褐色の小径
(こみち)を踏みしめて、彼がふたたびやってくる
 南風吹きすさぶ澄明の頂
(いただき)をあとにして:
 美しい少年の降り立つところ、凍てついた泉がいのちをふきかえす如く
 色とりどりの花は開き、鳥の歌はいっせいに起こる

 彼はまたもやわたしの心を誘惑し
 その透きとおったなめらかな底には
 ああ わたしを招いている広やかな大地と豊かな産物と
 そして愛らしいはるかな故郷さえ瞬いているのだ



 これもヘルマン・ヘッセの翻案。春を男の子に喩えているのは、「春」が男性名詞だからですw(くりかえしますが、 決して正確な翻訳ではありません)

 その春の少年が、“嵐で透きとおった峰々から降りて来る”というのがおもしろいと思いました。北国の「春」は、こんなにも激しいものなのです。それはまず高い山脈の頂きを占領して冠雪を削り取り、とがった氷の岩壁を裸にしてから、着実に麓へ向って進んで来ます。そして、森と草原は絨毯のような草木の花を敷きつめられ、騒がしい鳥の声がどっと起こります。まるで、冬になる前にあった世界の、予定されていた続きであるかのように。

 北国の春は5月。日本でも、東北、北海道の5月はそういう季節です。東京で言えば、桜の開花したちょうどいまが、それにあたるのだと思います。







     春の少年

 5月の花をどっさりと満載して
 木々は真白なヴェールで飾られているのに
 華やいだ快楽のすべては
 こんどやってくる風が吹き散らしてしまうだろう

 おまえの若やいだ日々も、少年よ
 おまえのはしゃいだ悪ふざけの数々も
 それがどんなに優美なものだとしても
 一瞬にしてしぼみ、暗黒にひきずりこまれてゆく

 苦痛と暗黒のなかでこそ
 甘い果実は産み出されるのだが
 熟した果実にはどんな痛みも
 また嘆きのひとすじも失われてはいないのだった。

   ――――――――――――――

 

 

     くさはら

 去年のかれ草のやわらかな野は
 まるくうねりつつ谷へと落ちてゆく
 上のほうではまだなにもかも氷りついているのに
 谷底ではあちこちリンドウが咲き
 プリムラの黄金
(きん)の花穂がまぶしい

 それはわたしになつかしい歌のように
 天使の華奢な腕を伸ばし触れようとする
 まるで少女が歌うようにひかり、そして愛らしく
 わたしの痛みは、あの古傷は
 そのとき忘れられた悪夢の中に沈む
 きょう一日のあいだ
 一年にたった一日のあいだだけ
 
 おお 春のなしとげる奇蹟の
 なんと不可思議なことか




 プリムラはサクラソウの仲間。日本の高山にも、ハクサンコザクラなどサクラソウ属は多いですが、みなサクラソウと同じピンクの花、まれに白花があります。きんいろ、ないし黄色いサクラソウは、たいへん珍しい。スイスではふつうなのでしょうか?

 

 

 よかったらギトンのブログへ⇒:
ギトンのあ~いえばこーゆー記

 こちらは自撮り写真帖⇒:
ギトンの Galerie de Tableau