詩文集(1)

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     青天の霹靂

 遠く遠く逝ってしまった少年の日々の
 記憶がいきなりわたしを襲うたびに
 それは太古の英雄伝説の
 はれやかに謳い上げる常世

 

 その隈なきひかりにまなじりを落とし
 わたしは欝な思いに沈むのだ
 無知と軽率のあまり犯してしまった
 重すぎる罪を悔悟する囚人のように。


 

 フランスの誰だったか‥‥、たしかサルトルが言うのには、人間には2種類があって、ある人々にとっては幼き日々こそが甘美な憧れの対象であって、二度と還らない日々はいつも脳裏に輝いている。しかし、別の人々にとっては、自分の幼かった時代に、反吐をもようさずに回顧できるような記憶は何一つ無い。だから、この後の種類の人々は未来へ未来へとより良い日々を求めて突進するほかは無いのだと。そして、サルトル自身は後者で、たとえば友人のメルロ=ポンティなどは典型的に前者なのだと。

 世間でも、また出版界に現れる文章の世界でも、自分の幼少時代の思い出を誇らしげに語るのは、いつも前者の人々に限られています。そりゃそうでしょうw “唾棄すべき幼年時代に対する呪詛”など誰も聞きたくはない。後者の人々は口をつぐむほかはないのです。

 ちなみに、この区別は、その人の幼少時代が物質的または精神的に恵まれていたかどうか、事実として情愛に育まれて育ったか、虐待を受けながら育ったか、ということとは別です。あくまでもその人自身が大人になってからどう思うかの違いなのです。たとえば、軍医の父のもと裕福な旧家の長男として恵まれた生い立ちを過ごした中原中也は、  


「私は希望を唇に噛みつぶして
 私はギロギロする目で諦めていた……
 噫、生きていた、私は生きていた!」

                       『山羊の歌』「少年時」


 と歌っています。中也は、後者に属する人なのでしょう。逆に、生まれ落ちてすぐに私生児として施設に預けられ、愛情のある養父母に迎えられるもそこを跳び出して放浪の挙句、矯正少年院と刑務所で少年時代を送ったジャン・ジュネは、そうした日々を、ひたすらに甘美な情景の中に思い起こしています。かれは前者の人なのです。

 じつは、上にあげたのは、ヘルマン・ヘッセの詩をギトンなりに翻案したものです(決して正確な訳ではありません)。ヘッセもまた、裕福な牧師の家庭に生まれ育っていますが、彼の思い出は、どちらかと言えば後者のほうでしょう。

 “幼少時代の思い出は美しいもの”だと世間ではふつう言われますし、そういうものだと思っている人も多いでしょう。嫌がられるのを覚悟で、あえてそれに反論する人も世間にはいないわけですが、じっさいには、後者の人も相当数が存在する。両者のじっさいの人口比は、前者が多数派で後者が少数派だとさえ言えないくらいだと思います。

 ‥‥と書いてきたのでおわかりのように、ギトンは後者に属します。




     ひとりの友に

 なんということだ、きみにはぼくが理解できるのか。
 ぼくときたら、この海のはるかかなたにある
故郷
(ふるさと)のことばで語っているのに。そしてまた
 ぼくがひそかにぼくの神々に祈っているときに
 きみは誰にも見えないすがたで傍らに立ち
 その温かい手をぼくの祈る手にじっと重ねているのだ。

 ヴァイオリンに弓を滑らせ柔らかな一弾きを奏でるとき
 ぼくはきみの指が触れてくるのをしばしば感じている
 また病気で伏しでもしようものなら
 ぼくはこの苦しみをきみが感じはしまいかと
 いつも気が気ではないのだ。

 

 

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