なんかせつないぞ(′・ω・`)

なんでだろ

一度なくして、もういらない忘れようって思ったものでもさ、ふいに自分に近づいてくると喉から手がでるほど欲しくなる。


自分は欲張りだ。

いろんなものを欲しがるくせに結局はその全部を受け入れるわけでなく、一番都合のよいものだけ自分のものにしようとする。

あの時、もっと違うものも…とかよくかんがえるくせに、どっかでこれさえあればいいんだ、一生これを大事にするんだって意地を張る自分がいる。

それでうまくいくわけなんてないのにね(′・ω・`)

確かにたくさんのものを一気に愛することよりひとつのものを一心に愛することの方が労力かかんない気がする。

だって愛は平等に与えるのが一番難しいものだから。

だけど、ほかの全部を捨ててひとつのものに全力をそそぐのって本当に危ない綱渡りみたいなものだよね。

その人がその手を離したらもう自分は落ちてくだけ。

悲しいな

絶対離さない誰かを見つけるのってほんと大変なんだなー

そして、その人が見つかったとして、その人を信じれるかも別の話なんだもんね(′・ω・`)

信頼なきゃまず綱渡りできない。相手のもとに近づくことすらできない。

相手を信用できて、相手もこっちを想って離さないでいてくれたらふたりは0距離になれるんだよね。

危ない綱が二人を縛って離さない運命の綱になる。


いつかそんな恋愛出来たらいいな(′・ω・`)

まだまだ先でいいけど。
自分にとってたいせつなものってなんだろう?

よくわかんなくなってきた。

誕生日が近づくにつれて、自分の予定を見て、何にもないの再確認して。

だけど何か入れるわけでもない。

なんか大事な用事が入るかもなんて。

そんな大事な人がいるわけでもない。

自分のこと心から思ってくれるのも一握り。

そしてこっちからの愛とリンクするのは奇跡みたいなもん。

なのにどっかで何か期待しちゃう。

自分いやだなぁ。

きっと一人なんだよ。

でもたいしたことない人と一緒にいるくらいなら一人がいい。

そしてどっから大事とか決めれないし、その決めること自体失礼だから、だったら誰も選ばない。


一人で一番大事な自分を一番祝ってあげよう。

そうしてたいせつなものをちゃんと見つけられる大人になろう。

誰かにやさしくしようとするとき、何かいいことをしようとするとき。


それに理由や、なんかしたごころが疑われるのなら、私は偽善者だ。といいたい。


偽善者って聞こえわるいけど、なんか楽だよね。


自分から偽善者っていっちゃえばさ、すごいもう周りの目とかなんにも気にしないで生きられる気がする。


だって、誰かの目を気にしていいことするのってめんどくさい。


周りからあいつ偽善者だって思われるより、自分で言っちゃった方が楽。


そしたらのびのび行動できる。


よいことするのにもはや後ろめたさ感じなくなるのってすばらしい。


誰かに、特に異性にやさしくすると、変に誤解されがち。


けど、自分が「偽善者だからー」っていっとけばもう何にも誤解生まれないし、楽。


結局自分は逃げてばっかだな。


そうやって偽善者っていうことで、いざ自分がひどいことした時に


誰かに「やっぱあの人普段はみんなにいい顔するくせにほんとは・・・」


みたいなこと言われるのこわいだけ。


だったら逃げの道を作っとくのが私にとって得策。


生きてくための糧?みたいなもん。


でも、偽善者ってすばらしいよね。


どんどんいいことしていいんだもんね。


よいことしたあとに


「やっぱ自分いい人ー」って笑っていえるし、、それに対してみんなも飽きれてつっこんでくれる。


そんな感じが好き。


楽。


なんかいいことして、誰かに感謝されて。


それで終わったら、なんか居心地わるい。


むしろ恩着せがましいことするのがきらい。


笑ってちゃらに、対等になりたい。


偽善者でありたい。


しょうがねえなーって言いたい。


偽善者これからも極めよう。笑