KEYの新宿店は新宿駅から20分くらい歩く。
その間に新星堂や石橋楽器などがあるので、楽器屋めぐりしている人の
最後にたどり着く場所になる。といわれている。
大抵は、がっかりした品揃えをみて帰る。新宿店の売り上げは
通販が結構しめていたし、CREWSのギターとか
そういうマニアックなもので売り上げを建てていたと思う。
たった、3ヶ月でしたが、強烈な思い出と
楽器販売業界にはそこそこ詳しくなりました。
これとは別に就職活動で島村楽器を受けたときは、
社長の挨拶で「プレイヤーはいらない」といっていましたが、
労働する上でプレイヤーはいらないのは、スタジオで
働いても同じことを言われたので、
プレイヤーはいい加減なやつが多いからなんでしょうね。
当時の楽器業界は
代理店様に嫌われてはいけない。というのがひとつあって、
山野楽器しかギブソンを正規で卸していなかった。
新宿の店長はアホだったので、山野楽器から
卸してもらえるのは、木目がそんなにいいものじゃない
ものばかりだと、当時の社員がぼやいていました。
それに対してえらく文句を言っていましたが。
それも、原因はこの店長はギターが売れないと、
まっさきにありえないほどの値下げするから
山野楽器との取り決めの価格設定なんか無視。
だから、山野楽器は新宿のKEYにギブソンを卸したくなかったんですって。
店長が値下げしまくるから。良い木目は池辺とかよそに持っていく。
だって新宿の河阪は、一本売れても3000円くらいしか
お店が儲からないような値下げ方をしていました。
売るためには安くするという頭しかない。
バーゲンも買ってもらうためにどうしたらいいのかを勉強しない。
それどころかバイトに聞いて失敗したらバイトのせいにする。
それを社長に言う。
新宿店の店長は、昔ブルースバーをやっていたらしいです。
それがつぶれて、
ブルース喫茶になったけど、高い豆を仕入れてやすくコーヒーを出していたら、
つぶれて、次にヴィンテージギター専門店をやって、つぶれるときに
KEYの社長に在庫ごと拾ってもらえたらしく、だから
店長は名ばかりで、お店任されているくらいの人間でした。
当時の社員は、河阪は店長だけど、社員くらいの給料しか
もらえてないよといっていました。
というのもコイツは本当に精神疾患があるんじゃないかという感じで
河阪はバーゲン広告に間違えて50000円のギターを8000円って記載してしまい
焦っていたけど、客が来ないから売れず。よく店に来ていた自分の友達に売ってた。
修理依頼で店においてあったお客のギターをお店の商品と勘違いし
勝手に売ってしまったり、高級ギターを丸椅子の上において
倒してネックを折ったり、私は三ヶ月しかいなかったですが、
話題には事欠かない人でした。
ある日、河阪が「売り上げがよくないから陳列をこういう風に変えようと思うが、
お前はどうおもう?」とバイト二ヶ月目の私に聞いてきたので、
私にはわからないし、とりあえず「それでいいと思います」と答えたら、
河阪はかっとなって「じゃあ、だめだったときにお前が責任取れよ!」と恫喝されました。
クズの見本みたいな、こんな卑しい人間に私は今まで出会ったことが
ありませんでした。
バツ1の子持ち、再婚して持ち家あり。新宿の大手楽器屋の店長といったら
なかなかの人物を想像しますが、実際は無能で
威張り散らす、社員程度の給料しかもらえていないおっさんでした。
まだ音楽の販売業界をちょろちょろしている形跡がありました。
でも、私がもしも、いろんなことに気がつかず、
プロミュージシャンになって運よく先輩や偉い人に人生の指南をしてもらわないまま
40歳になっていたら、つまり自分のアスペ気質に気がつかずに
普通に就職してサラリーマンになっていたらこうなったであろうとも考えられます。
大学を出たものの大学というのは、本当に勉強だけに行く場所だったので、
私は人の気持ちについて理解できないまま社会に出ました。
もちろん、サークルにもいきましたしゼミも参加しました。
私は三ヶ月でクビになったから、楽器屋という職業では無能ということになります。
1年後KEYを訪れると、そこにはもう知っている人はいませんでした。
こういうところも東京だなと感じました。
たった3ヶ月だけど、濃厚な時間だったゆえに今でも鮮明に
覚えているので、ここに書き出しました。貴重な経験だったし、
私としては怒られて成長していくところもあるので、
よかったと思います。その期間は機材も安く買えたし、経験としては
もうやりたくないし、やらないけど。思い出にはなりました。
ちなみにこの地点ではプロになりたいとは考えていませんでした。
生活するのに必死だったし、大学を卒業したばかりで
新生活にワクワクしたり不安になったりしていました。
でもまだ若かったので、バンド(好きな音楽)をこのまま続けれたらいいな!
ってくらいの思いしかありませんでした。
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