兼六園や金沢城址と並び、いまや金沢観光の目玉としてすぐあがってくるのは、きっとこの美術館だろう。
アートファンならずともその名を一度は耳にしたことがあるはずの、きらきらしたスター的存在の同館。
地域に開かれ、人々を巧みに巻き込みながら現代アートの世界へ誘う不思議な建物。
今回は、金沢Artrip②として、金沢21世紀美術館をご紹介させてください…*
(金沢Artrip①―石川県立美術館の記事はこちら)
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県立美術館(記事はこちら)をあとにしたら、緩いカーブを描く坂を下る。
ひらけた平らな土地に出たら、すぐに金沢21世紀美術館が見えた。
以前訪れたのは、早5年ほど前だろうか(当時の記事はこちら)。
その時は訪れた時間が遅かったので、あまり展示はしっかり見られなかった。
今回こそはゆっくりじっくりその魅力を堪能しようと、美術館へ向かう足も自然と早まる。
街中の、芝生に囲まれた白くて円くて平べったい建築。
手掛けたのは、言わずと知れた妹島和世+西沢立衛/SANAAである。
その、街と地面に馴染むフラットな風貌と正面や裏が定められていない出入り口、ガラスを多用したシースルーデザインからして、誰でも入りやすい、オープンな空間であることがわかる。
美術館の発信するアートの波が、その建物から、周りの芝生広場、そして街全体へと、同心円状に波及・拡張していくような、そんな拠点。
周囲を歩いていると、野外作品含め、気付けば館内に迷い込んでいたというような、無意識にアートを身近に感じられる美術館だ。
以前からその人気ぶりはかなりのものだったけれど、北陸新幹線の開通を経て金沢が以前にも増して注目を集めるようになると、一層その名はアートファン以外にもぐんぐん浸透、今では金沢観光の定番に数えられるほどの大人気スポットとなった。
美術館が一般的な観光の定番スポットになるというなかなか珍しいこの現象、アートファンからすると喜ばしいことこの上ない…!
(数年前訪れた青森の十和田市現代美術館(記事未執筆)も、地域に開かれて、街を巻き込んだアートが展開されているという点で、とても近い存在に思える)
そしてもちろん、観光客だけでなく、野外作品やレストラン、ショップなどの無料で利用できるスペースは、地域の人々の間にもアートに触れる機会を多く提供して、交流の場としても力を発揮している。
とにかく、街の活性化や観光の面でも、もちろん美術の世界でも、とても先進的な存在。
美術館サイトにある、「ミュージアムとまちとの共生により、新しい金沢の魅力と活力を創出」していくという部分が、着実に実現・体現されている気がする。
この美術館の中心は「21世紀」という名前がついている通り「現代アート」である。
美術館のコンセプトに”世界の「現在(いま)」とともに生きる美術館”と掲げられているように、まさに現在生み出されているアートに触れやすい、キャッチーでポップな仕掛けが満載だ。
…なんて前置きばかり長く熱くなってしまったので、さっそく美術館へ。
芝生エリアには、野外作品が点在している。
館内は、ファミリーから女子グループ、老若男女、国籍を問わない人々で、賑わいに賑わっていた。
企画展、常設展(恒久展示作品)ともに鑑賞したが、今回は後者からいくつかご紹介…*
まずは、一番人気といっても過言ではない、あの作品へ。
●レアンドロ・エルリッヒ「スイミング・プール」2004年
※写真撮影は可ですが、ブログ等への掲載は不可のため、こちらをご覧ください。
ある展示室の一角に、地下への階段がある。
その階段を降りて薄暗い通路を抜けると、見えてくるうっすら青い光。
引き寄せられるようにその光のほうへ向かうと、真っ青な箱庭のような空間に出る。
頭上を見上げると、天井は四角く切り取られていて、真上に空が見える。
梅雨の真っただ中だというのに、この日はすこぶる天気が良かった。
快晴の空からじりじりと照りつける太陽の光が急に強く意識に立ち上ってくる。
自分と空との間には水が張られていて、光を通してきらきら揺らめく水面の模様が、自分の顔から、体から、足元まで、すべての表面を照らし、たゆたっていた。
名前の通りこの作品は、「プール」をイメージしたもの。
鑑賞者は、地下からこのプールの底に入り込み、水底から、水面を通して空を見上げる構図となる。
もちろん地下の空間に水はなく、天井部のガラス板に水が薄く流されているわけなのだけれど、この作品が面白いのは、水中にいるのを疑似体験できるところだけでなく、プールサイド、つまり地上からもこのプールを覗き込むことができる点にある。
地下から見上げた鑑賞者にとって、地上からプールを覗き込む鑑賞者は、ある意味今見ている作品の一部として目に映る。
その逆もしかりで、地上にいる鑑賞者にとっては、地下=水底にいる鑑賞者は、プールの一部と化して見える。
鑑賞者同士が双方向に相手を作品として捉える、あるいは自分が作品の一部になるという体験ができるのだ。
こうした双方向参加型の作品が、オープンな美術館にぴたりと沿うように恒久展示され、アートファンから観光客まで、国籍・年齢を問わず人々を引き寄せているのだ。
…そして、至極個人的なことだけれど、私は昔からカナヅチで、水泳が大の苦手だ。
泳ぎがどうこうという以前に、とにかく水に顔をつけることが怖くて、子供の頃は学校の水泳の授業の度に恐怖に慄き、プールに入りたくないと登校前に号泣し親を困らせたものだった。
水の何がそんなに苦手なのか、理由は自分でもよくわからないのだけれど、水が顔にあたる感触に加えて、水中に潜ったときの、ゴポゴポ、ゴウゴウと自分を包み込む音が、恐怖を倍増させていたのだろう。
プールサイドにいる人々の喧騒はその音に遮られ遠くなり、水中で自分が他の世界と遮断された、たった一人の世界にいることを実感させられる。誰の声も、助けも届かないのではという孤独感が、言い知れない恐怖を与えていたのかもしれない。
今回のこの作品では、当然水中に潜っているわけではないので、上記のような音はしない。
ただ穏やかに、静かに、水面に光があたり、それが模様となってゆらりと水中をたゆたう様子を眺めていられる。
心地よい無音と、光の妙の世界に沈み込んでいられるのだ。
喧騒が遠くに聞こえるような他者との断絶も孤独感もなく、同じく地下にいる鑑賞者とも、地上からこちらを見下ろす鑑賞者とも、双方向のつながりを感じられる。
そういう意味で、本当のプールとは真逆の性質をもった作品のような気もするけれど、この空間にいればいろいろなものが流されていくような、浄化されていくような気にさせられた。
ちなみに、水面の光の反射と揺らめきがとても美しい作品なので、日差しのある晴れた日の鑑賞だと、作品の魅力を最大限に感じられる気がします^^
(実はワケあって翌日も再訪したのですが、その日は曇りだったため光のゆらめきはあまり見られませんでした…^^;)
●オラファー・エリアソン「カラー・アクティヴィティ・ハウス」2010年
カラフルな野外作品。
以前訪れたのが夜だったこともあり、なんとく、さまざまな色をしたパネルが並んでいたな、という記憶しか無かった作品だった。
けれど、今回はじめて日中に目にすると、さまざまな色が並んでいるように見えていたのは間違いだったことに気づく。
使用されている半透明のガラス製カラーパネルは三原色のシアン、マゼンタ、イエローのみで、そのパネルの重なりによって、その他の色が生み出されているのである。
シンプル・単純といえば単純な仕掛けだが、観る角度や場所(パネルどうしの間に入る事もできる)によってその変化を楽しめるのはなかなか奥深い。
天候や時刻によってもきっとその色の見え方は変化するのであろう。
野外にあってこその面白みを享受できる作品だ。
●アニッシュ・カプーア「L'Origine du monde」2004年
→写真は掲載できないため、こちらをご覧ください。
展示室はコンクリートの壁で覆われ、正面には奥から手前へ傾斜のかかった壁が見える。
その壁には黒い楕円形が描かれている。
…いや、本当にそうか?
そのそもこの楕円形は本当に描かれているだけなのか?穴が空いて窪んでいるのか?それとも盛り上がっているのか?
黒く見えているのは、黒で塗られているから?
凹で影になって黒く見えているだけ?
目を凝らして見つめている内に、それがまったくわからなくなってくる。
手を伸ばして触ってみることもできないので、なんとももどかしい。
サイトの作品解説を読めば実際どうなっているのか(そもそも黒の塗料は使用されていない!)わかってしまうけれど、まずはそれを見ずにこの空間に足を踏み入れてみて頂きたい。
人間の錯覚や視力の限界を思い知らされること請け合いです。笑
その他、コレクション展、企画展も鑑賞して同館をあとにする。
(この時期は、
●女性作家たちによる手芸作品を通じてジェンダー、そして「わたしたち」について考えるコレクション展1「Nous ぬう」(会期終了)
●北京でも東京でもソウルでもないアジアのどこかの国「西京」に入国するところから始まり、架空なようで架空ではないような「西京」国のあり方や文化から、今私たちが生きる国や時代を考えさせられる企画展「西京人—西京は西京ではない、ゆえに西京は西京である。」(会期終了)
などが開催されていました^^)
そして、久々に同館を訪れた感想は、やはりなにより、人が多いということ!
よほど話題の展覧会が開催されていたり、貴重な作品が世紀の来日でも果たさない限り、平常時の美術館がここまで賑わうということはきっとなかなか無い。
年齢・国籍を問わない人・人・人の波に、鑑賞中面喰いっぱなしだった。
もちろん、こうした賑やかで、人々の交流や行き来の場となった美術空間を目にするのも嬉しいし、逆に静けさに包まれてゆっくりと作品と対峙できる美術館も好き。
それぞれに魅力があり、それぞれに楽しみ方がある。
けれどとにかく、前者のなかでもこの金沢21世紀美術館は特別というか、ものすごい事例なのだということを改めて実感させられた。
土地柄・場所柄、タイミング、コンセプト、建物…いろんな要素があいまってこうしたキラキラ輝く存在になった同館。
今後もそんな新しくてわくわくできる存在であってほしいなと、個人の勝手な希望を抱いてしまう。
そんな大賑わいの館内を出たら、最後に建物の周りをもう一度ぐるりと歩いてから、駅へと戻った。
その後は加賀温泉郷へ移動して友人たちと合流、わいわい温泉女子会を楽しんで一泊し、翌日帰途に。
次に金沢を訪れたら、今回展示替え期間中で訪れられなかった金沢市立中村記念美術館へもぜひ足を運びたい。
コンパクトなエリアに魅力がぎゅっと詰まった金沢、機会がございましたら、ぜひ足を運ばれてみてください…*
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いつも、美術館めぐり―Artripをご覧いただき、有難うございます♪
このブログでご紹介している美術館一覧はこちら*