今年の梅雨は、やけに週末の晴れが多く、思った以上に外出しやすかった。
それに比べて9月は、やけに週末に雨が多く、なかなか出かける気になれなかった。
9月下旬、何週か見送ってようやく訪れた晴れの休日に、朝から電車に揺られて箱根の湖へ。
水面の煌めきと富士山を一望できるその最高の立地に、さぁっと心が洗われる時間。
今回は、箱根 芦ノ湖のほとりにある成川美術館について、ご紹介させてください…*
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小田原駅(箱根湯本駅も可)からバスに揺られて、到着したのは元箱根港のバス停。
すぐ目に入るのは、秋の高い空のもと、きらきら輝く名所・芦ノ湖である。
箱根観光といえばすぐに名前のあがる同湖だが、いつも箱根湯本周辺か、ポーラ美術館や彫刻の森美術館のある強羅・仙石原エリアのほうへ足を運びがちなこともあり、訪れるのはこの日が初めてだった。
(ポーラ美術館の記事はこちら、箱根 彫刻の森美術館の記事はこちら)
水面の煌めきにつられてすぐさま湖へと走っていきたくなるが、まずは目的の美術館へ向かう。
バス停からすぐの所にある坂を上り、いくつかの屋外エスカレーターを乗り継ぐと…
ようやくその入り口に到着!
成川美術館は、昭和63年に開館した、現代日本画をコレクションの中心とする個人美術館。
平山郁夫、山本丘人らをはじめとして、現時点での画家の有名・無名を問わず、個性豊かな戦後の日本画約4000点が収蔵されている。
常に新しい日本画を開拓していった文化勲章受章画家・山本丘人の作品に示されるように、「これから」の日本画を発見し、切り開いていくことに力を注ぐ同館。
公式サイトのなかの、「美術館も画家も生きています」という一言に体現されるように、現代日本画の面白み、今現在の日本画の歩みと変化をリアルタイムで感じながら見つめることができる美術館である。
いざ入館。
展示室のある廊下の正面奥に構えるのは、窓が広く取られた展望ラウンジ。
吸い寄せられるように進むと、そこからは見事な芦ノ湖の絶景が!
湖のほとり、なんとも絶好のロケーション。
右手に目をやると、同じ景色を堪能できるミュージアムカフェも。
ラウンジのソファに腰かけ、しばらくその景色に癒されてから、いざ展示室へ。
印象に残った作品をいくつか…*
※館内は作品も含め撮影可・ブログ掲載可(一部撮影不可の作品あり)とのことでしたが、著作権に配慮し、個々の作品写真の掲載は控えさせて頂きます。
●山本丘人「風渡る」1970年、成川美術館蔵
うら寂しい海岸を、少し高いところから見下ろすような構図。
白んだ波も、砂浜も灰色で、冬の寒い時期の海にも見えるが、解説によるとこれは初夏の海らしい。
写真を撮るときのように、手前にある植物(枇杷)があえて画面に映り込むように配置され、その葉っぱごしに海景が見える。
特段絶景というわけでも、変わった光景というわけでもない。
けれど画面に漂う底知れない寂寥感が、ずしんと心の奥へと沈み込む。
ある意味異様な、静かなドラマ性を持った作品。
●山本丘人「地上風韻」1975年、成川美術館蔵
朝靄がかったような、乳白色にほんのり覆われた情景。
画面には満開の藤棚が広がり、その下でこちらに背を向け椅子に腰かける女性は、全身真っ白な衣装に身を包み、どこか儚げで、神秘的な空気を纏っている。
女性が見つめる先はぼんやりとした霧に覆われ、その先に何があるのかはどんなに目を凝らしても窺い知ることはできない。
藤が咲いているということは初夏の光景なのだろう。
けれど早朝はきっとうすら寒い。霧の粒が肌にまとわりつくような、夏の朝の感覚をふっと思い出す。
丘人が、冬の朝に初夏の藤の光景を想像して描いたという本作は、確かに、夏を描いてはいても冬の面持ちが混在している。
そのミステリアスな女性の姿も、寂しげで、ぴんと張ったような空気感も、どこかひんやりとした冬の匂いを感じさせる。
それは、上記の作品「風渡る」を観て、夏の光景であるにもかかわらず冬を感じたのと共通していて、私が個人的にそう受け取ってしまう癖があるのかと、これまで気付かなかった自分の傾向を知った気がして面白くもあった。
●山本丘人「路上の天使」1975年、成川美術館蔵
上記「地上風韻」に登場したのと同一と思われる女性が描かれた作品。
先ほどこちらに背を向けていた女性は、今度は森の中の道をこちらへ向かって歩いてきている。
道の両脇の草木はセピア色のようなくすんだ色彩でまとめられ、その奥に見える空の青と、葉を黄色く染めた遠くの木々だけがやけに鮮やかに描かれハッとさせられる。
森の中を真っ白な衣装をまとった女性が一人で歩いているというのもなんとも不思議な光景であるが、上記2作品とは異なり、そこに孤独や寂寥感といったものを、私はあまり感じなかった。
それは手前から奥の空へと抜けるように描かれた構図がなんとも心地よく、また現実といい具合にかけ離れた抒情的な光景だからかもしれない。
穏やかで神秘的、静謐な空気が画面を覆う。
不思議な世界観だが、決して不穏ではない。
…以前「小川美術館」で目にした、有元利夫の作品群に似た感覚を覚えた(記事はこちら)。
●堀文子「六月の渚」1968年、成川美術館蔵
どんよりと雲が垂れ込める、一面セピア~灰色がかった砂浜。
その波打ち際に置かれた、青いアジサイの活けられた花瓶。
個人的にそのアジサイの佇まいと色彩は、この夏目にした山口蓬春の作品「まり藻と花」(1955年、山口蓬春記念館蔵)を彷彿とさせた(山口蓬春記念館の記事はこちら)。
そうしてパッと見は暗い背景の中鮮やかなアジサイの青が目を引く美しい作品に見えるが、一瞬考えればこの絵が何かおかしいことに気付く。
まずは、このシチュエーション。
”ありえない”とまでは言わないが、今にも雨の降りだしそうな天候の砂浜の波打ち際に(花瓶は海水にさらされていて、さざ波が今にも花瓶にかからんと押し寄せている)、直に花瓶を置くことがあるだろうか。
さらに、モチーフのサイズ感がまるでわからなくなるような、異様な遠近法。
確かに、手前(目の前)におかれたアジサイは大きく見えるだろう。けれどそれが背景の砂浜に対して、あまりに大きすぎるというか、その描かれ方が極端というか。とにかく妙な違和感を覚える。
眺めている内に、目の前の花瓶とアジサイ自体がものすごく巨大なのではないかとすら思えてくる。
そして、6輪活けられている(ように見える)アジサイは、少し頭をもたげる形で、色は美しいがその咲き方にはあまり覇気がない。
見つめれば見つめるほど、独特の世界観にとらわれ、錯覚を起こすような、不思議な作品。
解説には、「日本画が不得意としてきた奥行の表現」という言葉があったが、確かにこの作品ではその極端なまでの遠近法が奥行を強調し、非常にインパクトのある画面となっていた。
●堀文子「春炎」1970年、成川美術館蔵
再び、独特の世界観にのみこまれる。
「春炎」の名の通り、春らしい淡く明るい色彩の花々が散らされた空間。
その中でもくもくと煙を上げるのは、紛うことなく燃え盛る炎である。
のちに作者・堀文子氏が、描かれた花は作者自身であり、それを燃やす事で従来の自分と決別するのだと述懐している。
炎があがっているという穏やかならぬ状況ではあるが、その柔らかな色味と写実的すぎないタッチのせいか、落ち着きや客観性のようなものを感じる。
炎や煙の蠢きや勢いを感じるというよりは、アニメーションのコマの1つのような、ぴたりと静止した画面に漂う静けさに、冷静で明確な「決別」の意志が体現されているよう。
そうした強い思いを、激しく荒々しいタッチではなく、淡い色彩のどこか可愛らしさもあるような描写で表すのが、なんとも斬新で興味をひかれた。
●堀文子「この広き野」1989年、成川美術館蔵
目にした瞬間に、好きだと思った作品。
色味が、とか、タッチが、とかいうのではない。
理屈もわからず、ただ好きと思った作品。
青空には雲がまばらに浮かび、小高い丘はいくつも連なる。
遠くに見えるポプラの木と、手前に広がるポピー(と思われる)の花畑。
絵本にでも出てくるかのような、どこか懐かしい光景である。
ある意味、あまりに「きれい」で「理想的」すぎる、「夢のような」景色。
空と雲と、丘と、木と、花畑。
まっさらな心で子供が思い描くような、ちょっぴりメルヘンチックな世界。
そこには「現実」を思い知ることも、シニカルな視点も、捻りもない(ように見える)。
…けれどこの作品が、こうも心をとらえるのはなぜだろう。
青空と、ポピーの鮮やかなピンクオレンジとのコントラスト(そちらに気を取られていると、脇に咲いた水色の花にも気が付いてハッとする)、絶妙なバランスで遠くに配置された木々…それらはもちろん印象的なのだけれど、いつまでもこの視界を保っていたいと思うほどに、惹きつけられる何かがこの絵にはあった。
毎年私は、その年に観たなかで最も印象的だった「展覧会」と「作品」を年末に自分のなかで決めるようにしているのだけれど、今年1番の作品を選ぶなら、きっと私はこの絵を思い浮かべるだろう。
絵の中で、丘をなぞるように風が吹き、ポピーの花々が一斉に揺れる様子が目に浮かぶ。
どこまでも、そんな想像が広がっていく作品。
またこの絵に会いに、ここを訪れたい。
展示を見終えたら、美術館奥の庭へ。
眼前には遮るもののない視界がざっと広がり、湖面がきらきらと陽光を反射しながら、遠く対岸まで連なる。
その先には富士山も見え、まさに絵に描いたような絶景だ。
特等席のベンチに座ってぼんやりしていると、せわしない日常がゆっくりと洗い流されていく。
緑豊かな庭を散策したら、美術館をあとに。
今回は初めて元箱根港と桃源台とを結ぶ「海賊船」に乗る予定だったので、船の時間まで湖の畔にあるベーカリーで軽く食事をとることに。
…けれど、この日は久々に晴れた絶好の行楽日和。湖畔の好立地に建つこのベーカリーは、TVで紹介されるなどかなりの話題スポットだったらしく、それはそれはものすごい混雑具合だった。
伝票に欲しいパンと個数を記入し、番号札をもらって受取りを待つという形式だったのだけれど、店内を埋め尽くす人の波で、まずパンが見えない。笑
やっとの思いで伝票に記入しレジへ行くと、この間に売り切れてしまったパンがいくつかあったほどの人気ぶり!
確かに、ベーシック、スイーツ系、惣菜系などどのパンも種類豊富でどれもとてもおいしそう!どれにするか悩んでしまうのもわかる。
また、ここには足湯に浸かりながら湖を眺められるなんとも贅沢なイートインスペースがあるが(上図)、当然満席のため、やっとの思いで買えたパンを持って近くのベンチでゆっくり食べることに。
湖畔でピクニック気分で食べるパンはなんとも美味しい…♡
(食べかけのパンで失礼します…^^;)
そうこうするうちに出航時間になったので、海賊船に乗船!
以前から、なぜ落ち着いた風情の芦ノ湖をすすむ船をファンタジックな「海賊船」というコンセプトにしたのか不明だったけれど(笑)、いざパイレーツ感満点の装飾が施された船を近くで見ると否応なくテンションが上がっている自分に気づき、変な疑問は抱かないようにした。
風を切りながらすいすい湖面を進む船から、箱根の山々や秋晴れの空を眺める。
日帰りとはいえ、なんともゆったりした心地よい時間である。
対岸の桃源台に到着したらバスを乗り継ぎ、向かうは愛してやまないポーラ美術館。
(同館の記事はこれまでに何度か書かせて頂いているので、今回は割愛致します。以前の記事はこちら)
その後、強羅駅へ向かい、有名な豆腐カツのお店「田むら 銀かつ亭」さんへ。
以前訪れた際は行列で諦めたのだけれど、今回は夜の開店時間より前に着いたので、自動の整理券を取って待機。オープンと同時に入店することができた。
アツアツの豆腐カツは、一見ボリューミーだったけれどしつこくない。
とても美味しくてぺろりと完食。
夕飯を済ませたら、登山鉄道で箱根湯本へ戻り、「箱根湯寮」で温泉に浸かってから帰途へ。
日帰りとはいえ、美術館2館、念願の芦ノ湖、海賊船、名物の豆腐カツ、そして温泉と、充実した1日を過ごせた。
次は、今回訪れられなかったパワースポット・箱根神社や、いつも行く機会を逃している箱根美術館、岡田美術館も訪れたい。
箱根には何度足を運んでも、まだまだArtripしたいエリアがある。
また、必ず近いうちにやってこよう。
しっかりリフレッシュできた心と体でロマンスカーに揺られる帰り道は、充足感に満ちて、なんとも心地が良かった。
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いつも、美術館巡り―Artripをご覧いただき、有難うございます♪
このブログでご紹介している美術館一覧はこちら*