*府中市美術館 | 美術館巡りの小さな旅

美術館巡りの小さな旅

カメラ片手に美術館を巡るお出かけや旅行をArtripと呼んで、ご紹介しています*


閉館時間の17時を過ぎたばかりだというのに、美術館を出るともう空は暗く、そのあたたかな灯りは真冬を思わせた。

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昨年の夏に訪れた時とはまったく違う風情がそこにあって、新緑が輝いていた木々はすっかり葉を落とし、公園を行きかう人々もダークトーンのアウターに身を包んでいる。

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この日、私はプライベートである大きな決断をして、それはそれは悲壮な気持ちでいた。
長年悩み続けて、ずっと踏み出せなかったことに、ついに向き合おうと決めた日だった。

油断をすると涙がこぼれてしまいそうだったから、その日の景色はよりアンニュイな表情を持って目に映ったのかもしれない。

…そんな心情だったからこそ、この日、この展示を観にきた。 

柔らかなパステルカラーに包まれた、女性たちの姿。
その画には、ただ可愛らしいだけではない、スモーキーな心情も垣間見えて。


今回は、現在「マリー・ローランサン展」を開催中の、府中市美術館をご紹介させてください…*

(昨夏、同館を訪れた際の記事は、こちら。文体の違いに自分でびっくり…!)


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「マリー・ローランサン展」
府中市美術館
2015.9.12(土)~12.20(日)
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美術館に着いたのは、午後の柔らかな日差しに包まれた時刻だった。

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約1年半ぶりに訪れた府中市美術館。
やっぱりこのアプローチを歩く時の、わくわく感がいい。
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同館は、「都立 府中の森公園」の中に建つ、2000年開館の美術館。

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1階部分は無料で利用できる市民ギャラリーや美術図書室が並び、その吹き抜けの開放的な作りが心地よい。

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※館内、1階は撮影可。


まずは企画展「マリー・ローランサン展」から。

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”フランスカワイイ”という若干無理のあるゆるいコピーが印象的だったけれど、垂れ幕とチケットに踊るドットはまさにフランスカワイかった。
(買ったばかりのパステルグレーのネイルとも合っていて嬉しい)

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そのキュートさにうきうきしながら、展示室のある2階へ。


マリー・ローランサン(1883~1956年)は、20世紀前半にフランスで活躍した女性画家。

彼女の名を聞けば、きっと多くの人が、少女の夢を結晶化したようなダスティパステルカラーに包まれた柔らかな画面を思い浮かべるだろう。

けれど今回は、彼女がその画風に行き着くまで、そして、その後の変化も併せて辿っていける展覧会。

その軌跡は、こちらが思っていた以上に変化に富んでいた。


それは、彼女の1905年頃、1908年、1927年の「自画像」(マリー・ローランサン美術館蔵)を見比べるだけでも伝わってくる。

1905年の自画像は、反対する母を説得し画塾に通い始めた彼女が、その教えに忠実に描いた作品。

肌の質感、明暗、背景の処理…確実で正確な形態の把握とこなれた筆致。

純粋に「わ、上手い…」と口にしてしまうようなその肖像は、あの柔らかで平面的なのちのスタイルからは想像がつかない。

色素の薄い白い肌にラフにひとつに結われた髪と黒いリボン、それに合う黒の洋服。
まさにその姿はザ・フレンチシックファッション。
個人的にとても好みの肖像画だった。

それが、画塾でジョルジュ・ブラックと出会ったことをきっかけに、ピカソ、詩人アポリネール(恋人となる)と関わるようになった1908年の自画像では、あからさまにフォービスムやキュビスム的な影響が出始め、とても同一人物が描いたとは思えないものに変化する。

たった2,3年での激変。
観たもの一つ一つに刺激を受けて、それが絵に直結していく…そんな純粋な女性の姿を想像した。

そして面白いのは、キュビスムに影響を受けたような作品を描いても、彼女はその理論や考え方の支柱というものは全くと言っていいほど気にしていないこと。

「優雅な舞踏会 あるいは 田舎での舞踊」(1913年)に観られる格子模様など、配置や分割、幾何学的な画面を自分の作品にもただ描いてみた、理屈は考えず、単純に目に見えて興味を引かれたモチーフや描き方を取り入れてみた…そこに難しい理論的支柱が無いというところが、彼女らしさにつながっている。

そんな様々な影響を受けるなかで、彼女は自分のスタイルを模索していく。

そうして生まれたのが、少女の夢を結晶化したような、少しくすんだパステルカラーと、柔らかな輪郭が踊る「ローランサン・スタイル」の作品たちだった。

1927年に描かれた自画像は、陶器のような白い肌や、薄いグレーの使い方、平面的な色ののせ方など、まさにそのスタイルの発揚を感じさせるものとなっている。

それは、彼女でしかない、彼女にしか描けないスタイル。

このスタイルでかなりの人気を博すけれど、彼女はそれにはこだわらず、陰影をつけるようになったり暗めの色を使用したりと、その後もまだまだ試行錯誤が続けられていった。


以上、ざっくりと自画像で彼女の画風の変化を追ったけれど、以下、印象的だった作品をいくつか…*

●下看板左「らっぱをもって」1929年、マリー・ローランサン美術館蔵
(看板では丸く切り取られて配置されているけれど、実際には四角い作品です)
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”ザ・ローランサン”な柔らかな画面。
黒めがちな少女たちの瞳はこちらの心をやんわり捉えて離さない。

左奥の少女は少し寂しげな雰囲気を纏っていて、少女たちのどこか儚げな脆い側面に、少しの不穏さがよぎる。

ローランサンの作品には、女の子が子供の頃憧れたような、ファンタジックな可愛らしいモチーフも登場する。

少女の夢や砂糖菓子のようなきらめきの中にふと垣間見える危うさが、作品の魅力を増しているのだ。


また、ローランサンといえば、薄いグレーやパステルピンク、オフホワイトなどの色味を想像しがちだけれど、個人的には彼女が時折取り入れるイエローが堪らなく好き。

●マリー・ローランサン「アンドレ・グルー夫人(ニコル・ポワレ)」1937年、マリー・ローランサン美術館蔵
●同「プリンセス達」1928年、大阪新美術館建設準備室蔵
●同「三人の若い女」1953年頃、マリー・ローランサン美術館蔵

これらに使われたイエローは、スモーキーな世界の中で、はっとするような鮮やかさを携えている。

そして決まって、オレンジがかった黄色から、暗く影になった黄色、クリームがかった黄色などが併せて使用されて、絶妙なニュアンスを生む。

他に多彩な色が踊る中でイエローはアクセント的に輝くことが多いが、上記「アンドレ・グルー夫人」では黄色いドレスを纏った女性がシンプルに描かれ、画面のなかのかなりの面積をイエローが占めていた。

夫人のグレー味を帯びたふんわりした白髪と絶妙にマッチするイエローは、鮮やかでありながら、そこはやはりローランサンらしく、まろやかなテイスト。

ローランサン自身は”黄色は苦手”と言っていたそうだが、彼女なりの黄色の取り入れ方に、私は妙に惹かれる。

 
●マリー・ローランサン「家具付の貸家」1912年

ローランサン・スタイルが確立されつつあることが伺える作品。
キュビスムの影響も、ギザギザの線や格子模様に見え隠れする。

貸家の2つの窓から見える室内の光景が描かれ、映画やドラマのように、それぞれの想いや生活が垣間見える。
(あまりに定番の例えだけれど、ヒッチコックの「裏窓」的な感覚)

グレイッシュな画面や描かれた人物たちの悩ましい表情は、恋人アポリネールと破局したばかりだった彼女の心情が如実に現れていて、事情や境遇はまったく違えど、この日の私の沈みがちな気持ちにすっと馴染む気がした。

その他、「読書する女」(1913年頃)の、大人の女性がアンニュイな雰囲気で視線を落とし読書する様、その現実的なモチーフと、背景の幻想的なピンクの対比も印象的だった。


…周囲からの影響もふんだんに受けつつ、少女が夢見る世界を独自のスタイルで描き出していったローランサン。

途中、亡命生活や離婚も経験するが、晩年は静かに絵を描き続けて過ごしたという。

そして、ローランサン・スタイルで売れっ子になったあとも、変化を恐れず好きな絵を、理論にとらわれず好きなように描いた彼女は、知らず知らずのうちに、それまでの美術の”重厚さ””威厳”などが良しとされたあり方を大きく変えていった。

そんな彼女の純粋な軌跡と変化の過程を観られる、とても充実した展覧会。


企画展を見終えたら、常設展「江戸時代から現代まで」へ。

印象に残った作品をいくつか。

●清水登之「チャイルド洋食店」1924年
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府中市美術館といえば、個人的にはこの作品!

そのざわめきが聞こえてきそうな、活気のある店内。

焼き上がるパンケーキにはしゃぐ子供、緑のコートが洒落た女性に、忙しそうな奥の厨房。

時刻は、何時頃だろうか。
朝の慌ただしさにも見えるし、昼食どきの賑わいにもみえる。

量感のある多数の人物の描き方が印象に残りながらも画面がうるさくならないのは、上部に白く掲げられた「Childs」の文字にすっと視線が誘導されるからかも。

(試しに手を前に出し、片目を閉じて「Childs」の文字を隠して絵を眺めてみたら、絵の印象がぼやけた気がした)

広くはない画面に巧みに配された人物たち、そのファッション、レストランの内装、食べ物、小物たち…
ひとつひとつ眺めていたら、いつまでも鑑賞していられる大好きな作品。


●高橋由一「墨水桜花輝 の景」1874年
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絵画についてこう言うのはよくないかもしれないけれど、手前の桜はくっきりと、奥の景色はぼんやりと描かれた、一眼レフで撮影したかのようなピントの合わせ方が印象的(ここではあくまでピントのことで、写実的という意味ではない)。

桜の、黒光りするような枝の質感、そこに明かりが灯るかのようにぽっと咲く白みの強い花びら。

画面を対角線でずばっと区切る大胆な構図なのに、いい意味で地味で落ち着いた画面。
静かにその良さが染み入ってくる作品だった。


●長谷川利行「カフェの入口」1930年
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観た瞬間に、「好き!」と思った作品。
何分ぐらい、この絵の前にいただろう。

カフェというか、何らかのお店や建物の前であることが辛うじてわかる画面。

勢いのある筆致が画面中を行きかい、ずっと眺めているとだんだん何が描かれているのかわからなくなってくるような感覚。

店の前に描かれた植物たちが、画面のニュアンスを面白いものにしている気もする。
特に右手の鉢植えがなんとも可愛らしくて、ほどよいコミカルさ、ゆるさで味を出してくれていた。


続いて「牛島憲之記念館」(同フロア内)へも。

生前、牛島氏がよく府中へスケッチに出かけていたことから、遺族から寄贈された約100点の作品が所蔵されている。

個人的にはセピアがかったひと気のない荒涼な大地に、タンクや煙突などの工業的なモチーフが点在する作品にいつも見入ってしまう。

その静かで神秘的な風景は、どことなく小川美術館(記事はこちら)で観た有元利夫の作品を思い出したりもする。
(記念館内には牛島氏のアトリエが再現されたコーナーもあるので、そちらも必見です^^)


展示を見終えたら、併設のカフェへ。
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頂いたのは、府中市美術館のキャラクター「ぱれたん」のパンケーキ*
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パンケーキというよりは、懐かしいホットケーキという感じでほっこり。

(ココアをセットで頼んだら、かなりの濃厚さにびっくり。チョコ好き、甘いもの好きの方はココアもぜひ一緒に^^)


ショップをじっくり見るまえに、野外の作品へ。

●若林奮「地下のデイジー」
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デイジー(雛菊)をかたどった彫刻作品。

こうして観るとなんてことなく見えるかもしれませんが、今見えているのは作品のほんの一部。
実は地下3mまで、これと同じ厚さ2.5cmの鉄板が120枚(!)積み重ねられているのだ。

目には見えないけれど、確かにあるその積み重ね。

”今”という時間や時代が、多くの時間や記憶の上に成り立っていて、そこを今踏みしめていることを実感する作品。

(館内にもこの作品についての説明があるけれど、普通に歩いていると通り過ぎてしまいそうなひっそりとした作品なので、ぜひ配布されている地図を頼りに探してみてみてください^^)


館内に戻り、ショップを見たり、帰りのバスの時間までロビーで時間をつぶしていたら、あっという間に日が落ちて閉館時間。
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美術館を出るころには、館内の照明が煌々と灯り、冬を思わせる枯れ木のシルエットを際立たせた。


…この時期から1、2週間、プライベートで大きな変化が起こって、悩んで、苦しんで、自分で決めたことなのに躊躇ったりして。

その間も美術館には足を運んでいたけれど、ブログにまではなかなか手をつけられず。

ようやく落ち着いてきたので、またしっかり記事を書いていきたいと思います*

今年も残すところ1か月!
悔いのないように過ごしたいですね^^*


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「マリー・ローランサン展」
府中市美術館
2015.9.12(土)~12.20(日)
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企画展「マリー・ローランサン展」は今月20日まで!

ローランサン・スタイルができる以前の、意外なローランサン作品も見られますので、ご興味のある方は是非足を運ばれてみて下さい^^


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いつも、美術館めぐり—Artripをご覧頂き、有り難うございます♪

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