*渋谷区立松濤美術館 | 美術館巡りの小さな旅

美術館巡りの小さな旅

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めっきり寒くなった秋の午後、久しぶりに渋谷区立松涛美術館へ。

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いつもここへ来るときは曇りで、かつ日の傾きかけた時刻だな、と思いながら、住宅地に馴染む落ち着いたエントランスを眺める。

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けれどなんとなく、曇った空の色と少し肌寒い空気感が、この建築に合うような気もして。


外観を撮ろうとカメラを構えていたら、ちょうど美術館から出てきた男性2人がそれに気づき、邪魔にならぬよう立ち止まってくれた。

慌てて「すみません」と言うと、2人ともニコリと笑顔で返してくれて、展示の感想を言いあいながら駅の方へ歩いて行く。

こんな些細なことにもほっこりする、そんな静かで穏やかな松濤の街。

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ピンヒールのポインテッドパンプスで疲れていた足も、なんだか元気になって、いざ館内へ。

神秘に包まれた、エジプト美術が待っている。


現在開催中の展示
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「古代エジプト美術の世界展
 ―魔術と神秘 ガンドゥール美術財団の至宝」
渋谷区立松濤美術館
2015.10.6(火)~11.23(月・祝)
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館内に入ると、空気が変わる。

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ほの暗い照明と、幻想的な天井。
洞窟とまでは言わないが、私の中のイメージはそれに近い。

この建物については以前の記事で触れたので詳細は割愛するけれど、やっぱりこの落ち着いた空気が好きだ。
(以前の松涛美術館の記事はこちら*)

楕円の円筒状の建物の真ん中には吹き抜けの空間があり、そこには通路が渡されている。

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ここから見上げる空が好き。
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以前も展示室以外は撮影OKだったけれど、念のため受付の方に確認して許可を得る。

すると、首から下げる「建物見学許可証」的なものを渡してくださった。

その後展示室で鑑賞していたら、別のスタッフさんが私を探しにきてくださって「建物のことが色々書いてありますのでぜひ^^」と美術館パンフレットまでわざわざお持ちくださった。

こうした気遣いがなんとも嬉しい。

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さて、現在の展示は「古代エジプト美術の世界展―魔術と神秘 ガンドゥール美術財団の至宝」。

六本木の森アーツセンターギャラリーで「黄金のファラオと大ピラミッド展」(記事はこちら)が開催中のため、若干そちらに注目が集まっている感があるけれど、同じエジプト美術といえど双方毛色が全く異なる。
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特にこの「古代エジプト美術の世界展」は、”魔術と神秘”とあるように、とにかく妙なオーラと神秘性を纏っていて、なんだかドキドキしながら鑑賞できた。

いくつかの美術館を巡回しているこの展示だけれど、この松濤美術館の雰囲気にすごくマッチしているというか、ここで開催されることでより魅力が増している気さえする。

同時に作品数も、またひとつひとつへの丁寧な解説文も含め、かなり見応えのある展示だ。


こんな写真撮影コーナーも。
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3つに分かれた章から、印象に残った作品をいくつか。

第1章「ヒエログリフの魔術」

ヒエログリフということで、書写の創案者であるトト神や書記官などの像も面白かったけれど、やはり何と言ってもレリーフ群が秀逸だった。

石板に彫られたヒエログリフたちが持つ力は、その文字が読めずとも、音が分からなくとも、書かれている事が現実になる、あるいは本当に魔術で以て何かしらの効果が目の前に立ち現れそうな強い神秘性を湛えていた。

数千年を経ても、
●「ニアンクネストの墳墓から出土した捧げものを運ぶ担ぎ手たちの別のレリーフ」(古王国時代)
のようにかつての彩色が一部残っているもの、

●「墳墓へ副葬品を運ぶ担ぎ手たちを率いる祭儀神官」(新王国時代)
のように規則的に、またはリズミカルに並んだ人々が美しいものなど、目の前の石版が静かに刻んできた時を想い、ただただその深淵な文字の世界に魅せられる。

エジプトといえばパピルス紙に描かれたものももちろん素敵なのだけれど、この「石」に「彫る」という行為には、一層強い力が宿る気がする。

職人が、一文字ずつ時間をかけ彫り込んだり削ったりする過程を思えば、苦労や時間はもとより、ものすごい情念や、それこそ魔術がかかっていてもおかしくないような。

気が遠くなるような時を経ても、綺麗にならされた石の質感、削り取られたノミ跡、今でいう”エンボス加工”のような滑らかにぷくりと浮き上がった凸面などは、掘られた当時と姿をほとんど変えずそこにある。

ところどころ欠けながら、色を失いながら、あるいは後継者争いや宗教対立で故意に一部を削られたりしながらも、くっきりと今も読み取れる形で残っているだなんて、奇跡のように思えてしまう。

それらが、今回の展示ではガラスケースを通さず、至近距離で見られたことも嬉しい。

また、
●「サウホルの角像」(第3中間期)
など、「黄金のファラオと大ピラミッド展」でも衝撃を受けたブロック・スタチュー(角像)がここにもあって(記事はこちら)、やっぱりこの形態はつっこみどころ満載だなと微笑ましく眺めてしまった。


第2章「素材の魔術」

木材は再生、鉱石は精錬で姿を変えることから神が変身を繰り返すさま、黄金や白銀は神の身体を構成していると考えられたことから神性を持ち、ファイアンス(古代エジプトの釉薬的なもの)はその輝きから太陽の特性を持つ等、素材にも多くの想いや魔術がこめられた。

この章ではあらゆる素材を活かした遺物を観る事ができたが、印象的だったのは、

●「カエルの壷」(初期王朝・蛇紋石)
のまだら模様のように、素材の柄や質感、色味をを見事に利用してそれぞれの特徴を引き出した動物作品たち。

定番の猫、トキをはじめ、羊やカバ、ワニ、ウサギなどなど、多種多様な動物の姿が見られた。

同時にアミュレット(お守り的なもの)がこの章には豊富で、あらゆる動物や神々の小さな(1cmに満たないようなものも)作品が沢山並んでいたのも面白かった。

ただ、
●「一対のライオンの頭部像」(末期王朝・着色された石膏)
の、あまりにゆるすぎる落書きレベルの顔の描き込みには気が抜けて、

●「おそらく聖なる船から出土した雄羊の頭部像」(第3中間~末期王朝・白と黒の石とブロンズで象嵌された木)
の、最早ホラーとしか思えない(!)死んだ目をした羊には戦慄したりもした。

更に、太陽を空に転がすと考えられていた昆虫スカラベのモチーフも色んな素材で作られていたが、エジプトを舞台にした映画「ハムナプトラ」でおびただしい数のスカラベが人を襲い食い殺すシーン(!!)を思い出してしまい、それもまた恐怖。
(実際はただのフンコロガシの一種なので、そんな凶暴なことはしない)

最終的に、
●「雄羊の頭部をもつスカラベ」(末期王朝・ヘマタイト)
まで来ると、最早昆虫なのか哺乳類なのかなんなのか、想定の斜め上をいく古代人のイマジネーションに驚かされるばかりである。

そんなわけで第2章は、素材の違いはもちろん、小さなアミュレットの細かな細工・技術に加え、なかなかインパクトがあるものも多くいろんな意味でどきどきした章だった。


展示は地下から始まっているので、途中で階を移動する。
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地下から眺めた吹き抜け、通路と空。
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第3章「色の魔術」

既出の「黄金のファラオと大ピラミッド展」の記事(こちら)で、古代エジプト美術の吸い込まれるような青色(エジプシャンブルー)について触れたけれど、やはり古代エジプト美術における色の重要性は計り知れない。

とはいえ、古代エジプトの色の表現、それを指す用語は基本的には4色のみ

緑・青・紫などをさす「ワジ」、赤やオレンジ、黄をさす「ジェセール」、白をさす「ヘジ」、黒は「ケメト」と言ったそう。

確かに、あれだけ神秘的で、細かで、豪華な壁画や副葬品の装飾を思い出してみても、色のバリエーション自体はそう多くなかったことに気付く。

非常に限られた色味のなかで、あれだけの煌びやかさと、神々しさを表現していたのかと思うと、改めて驚かされる。

その証拠に、この展覧会の目玉でもある、
●「マミーボード(ミイラに被せられた木製の蓋)」(第3中間期)
は全面隙間無くびっしりと細かな模様や絵が描き込まれているのだが、使用された色の数でいえば、確かに少ない。

けれど、とんでもなく豪華で、同時に、ハッとするほどに神秘的な魅力を湛えているのである。

その人形の棺の顔は、静かで穏やか。

通った鼻筋に、上品な口元はうっすら微笑んでいるようにも思える。
眉尻と目尻は下がり、優しげな眼差しをどこか遠くの、悠久の時を見通すように向けている。

そのマミーボードを観たとき、確かに魔術というものは、少なくとも古代には確実にあったのではないかと思わされる。
それほどのオーラと神秘性を纏っているのだ。

これだけの時を経て、色彩がここまで綺麗に残っている保存状態の良さでまでも、この遺物にかかった魔術か呪術のせいではないかとさえ思ってしまう。

このマミーボードをまじまじと眺める(これもガラスケースを通さず観られる)ためだけでも、もう一度展示に足を運びたいと思うほど。

同時に、
●「人形の棺の箱部」(第3中間期)
も色彩が美しく残っていて驚かされた。


…全体を見終えてみて、まずその見応えに圧倒されっぱなしだった自分がいた。

魔術、神秘。
そういったものを「ヒエログリフ」「素材」「色」という観点から観ていく切り口の面白さもさることながら、とにかく、これだけの作品をこの至近距離で観られるのはかなり貴重で有難いことだと思う。

記事の冒頭で触れた、感想を言い合いながら去っていった男性2人組も「思っていたより良すぎてびっくりした」という旨を話していたのだけれど、それは本当だった。

黄金のマスクや巨大なピラミッドのような華やかさはないかもしれないけれど、とにかくその作品ひとつひとつと対峙する際の密度、それぞれの遺物の持つ意味やオーラを体感する意味では、相当ハイレベルな美術展。

本当に魔術にかかってしまったかのような気持ちで、展示室をあとにした。

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以前の記事でもご紹介した館内の階段。

手すりの曲線、あたたかみのある壁、ライトの光と影。

地下までを見降ろしてみたり。
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地下の吹き抜け空間には水がたまり、噴水が輝く。 
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受付で建物見学許可証を返還して、美術館をあとにする。

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外に出るとすっかりあたりは夕闇に覆われていたけれど、建物や周囲の落ち着きから、気持ちは穏やか。

神秘的なエジプト魔術の名残が、なんだか心地よい。


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「古代エジプト美術の世界展
 ―魔術と神秘 ガンドゥール美術財団の至宝」
渋谷区立松濤美術館
2015.10.6(火)~11.23(月・祝)
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こちらの展示は今度の月曜日まで。

松濤美術館の建築と、古代エジプトの神秘的な空気。
空間と作品のベストマッチっぷりを体感しに、ご興味のある方はぜひ足を運ばれてみてください^^*


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いつも、美術館めぐり―Artripをご覧頂き、有難うございます♪

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